タイの大洪水から「適応策」を考える
2011年12月28日 環境・資源エネルギー部 吉川 実
はじめに
過去50年で最悪ともいわれる今回のタイの洪水によってサプライチェーン(部品供給網)が寸断され、製品の生産停止を余儀なくされる事態が世界的に広がった。日本のメーカーも自動車や電機、精密機械などを中心に、業績の見通しに暗い影を落とし始めている。本稿ではタイの洪水の原因について概観し、被害の軽減や対応のための方策(「適応策」と呼ばれる)について検討したい。
洪水の原因
2011年10月にタイで発生した洪水について、多くのメディアによりさまざまな原因が取りざたされている。たとえば、タイ政府のダム運用に関するミスマネージメントやインフラの整備不足、都市化の影響などが挙げられる。これら人為的な原因に目を奪われがちであるが、まずは、なぜ例年の2倍近い雨がタイ周辺で降ったのか、気候学や気象学の観点から原因を探っていきたい。
まずは身近なところから、日本の気候・気象にも大きな影響を及ぼす現象をあげてみよう。最も有名なものは、エルニーニョやラニーニャ現象であろう。エルニーニョ現象は太平洋の東部・ペルー沖での水温が平年より上がり、太平洋の西部で下がる現象であり、ラニーニャ現象はその反対である。これらの現象は大気循環に変化をもたらし、現象から遠く離れた場所においても大雨や干ばつなどの影響を与えることがある(テレコネクションという)。今年はラニーニャ現象が発生したが、ラニーニャはタイが位置するインドシナ半島に大雨をもたらすといわれている。
さらに本年はダイポールモード現象(Indian Ocean Dipole)が発生した。ダイポールモード現象はインド洋の東部の海面水温が平年より下がり、インド洋西部のアフリカ大陸沖で上がる現象であり、インドシナ半島に大雨をもたらすとされている。今回、ラニーニャとダイポールモードの2つの現象(大気海洋相互作用)がそれぞれ発生したことが、タイの大雨の原因と考えられている。なお、ダイポールモードの発生そのものは異常気象ではないが、最近になって頻繁に発生するようになっており、地球温暖化との関連が指摘されている。
被害の軽減のために
今回のような極端な降雨や、その他の地球温暖化に伴って懸念されている異常気象の発生に対してどのように対応すれば被害が軽減できるのであろうか。今回のタイの洪水を事例に、どのような適応策がありえるのか、途上国の政府や自治体、途上国に進出している企業の適応策について検討してみよう。
<途上国の政府や自治体>
・インフラの整備
堤防や排水設備を築くなど防災インフラを整備することが必要であろう。今回、タイでは長期的な政争により灌漑(かんがい)や治水対策が後回しとなり、そのことが洪水の要因となったとの指摘がある。インフラ整備は時間を要するものであるため、今後、政府や自治体が中核となって長期的な都市計画ビジョンの中で堅実にインフラ整備を進めていくことが必要である。
一般にインフラ整備には多大なコストを要する。先進国の最新技術のみならず安価で普及が容易な従来型技術やメンテナンス負荷の少ない技術など、国や地域の事情にあった対策を選択することも考慮すべきである。たとえば、土砂を袋詰めした“土のう”のような従来から使われている技術の活用や組み合わせも国・地域(地形)によっては効果的な場合があるものと考えられる。
なお、防災インフラ分野において、日本は世界一ともいわれる技術を有している。日本はこの分野で積極的な国際貢献を行うべきであるが、その際には日本が適応技術分野で世界のイニシアティブをとっていくための戦略や、我が国企業の途上国適応市場への参入を促進することも念頭において進めるべきである。
・予測情報の活用
日本や先進国の研究機関が中心となって世界や地域の気候予測情報を提供している。途上国では自ら予測を行う環境を整備することが難しいため、先進国が提供するこのような情報を政府や自治体は事前に収集し、予測が当たっても外れても、いずれにも対応できるよう備えておくこと(リスクマネジメント)が必要である。予測される現象が起こった場合にどのような被害が出るのか想定し、弱点を把握した上で、ダムなどで河川の水量をあらかじめ調整しておく、川岸の補強を行う、住民等に対して情報提供を行うなど少しでも被害を緩和できるよう事前に対策をとっておきたい。
<途上国に進出している企業>
・情報の収集と事業への影響の検討
事業を計画通り実施することは企業が競争を勝ち抜く上で生命線の1つとなっている。タイの洪水の経験をもとに生産拠点などを他の国・地域に分散させることも適応策の1つであるが、現実的にはそう簡単なことではない。ここでは企業が比較的実現容易な適応策を例示したい。
企業は保有施設の周辺における過去の災害や地形等の調査、そして将来気候の情報などを収集し、今後どのような災害が発生しやすいか想定しておくことが重要である。地形はその土地の歴史を表すものであり、その形成された背景(氾濫を繰り返して形成されたなど)を理解する重要性も指摘しておきたい。それらリスクを把握したうえで、事業の各部門あるいは工程・設備にどのような被害が発生する可能性があるのか調査し、代替手段や補強、他の既存拠点で増産するなどの対策を検討しておくことがまず必要ではないだろうか。検討後、実際に対策を施すかはリスクとコストの兼ね合いや経営方針などにより左右されると思われるが、リスクの適切な把握およびリスクが顕在化した時に素早く対処できる体制を作っておくことが重要である。
将来、地球温暖化にともなう悪影響(極端な降水、干ばつなど)が増加すると考えられており、そのような状況に「適応」した方策・体制作りが、今後国や自治体、そして企業にとってキーワードの1つとなるものと考えられる。
[参考]
- 山形俊男「タイ洪水をもたらした大雨は予測できていた」(日経ビジネスオンライン、2011年11月2日)
- 気候・異常気象・エルニーニョ現象について(気象庁)


