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2009年11月10日 社会経済コンサルティング部 鈴木 道範
「商店街」から連想する言葉は、「アーケード街」や「シャッター通り」ではないだろうか。商店街の衰退が言われて久しいが、商店街の活性化は、いつ頃から言われてきたのだろうか。
戦後の商店街活性化の歴史をみると、商店街近代化事業が代表的である。この事業は、1968年(昭和43年)8月通商産業省の産業構造審議会中間答申「流通近代化の展望と課題」において、流通革命の結果、既存商店街の再開発や新しい商店街の形成の必要性が指摘されたのを契機に創設され、中小企業庁の補助により全国各地で商業近代化計画が策定された。その結果、昭和40年代にはアーケード、街路灯、カラー舗装が商店街の代名詞となった。
一方、商店街は、常に大型店との競争にさらされており、1974年には、大規模小売店鋪の事業活動を調整する「大規模小売店舗法」が施行された。しかし、日本市場の開放を求める外圧を契機として1991年に同法が改正され規制が緩和されたことによって、各地で大規模なショッピングセンターの出店が進み、都市の郊外開発の進展と相まって、中心市街地の衰退や空洞化が目立つようになってきた。そのため、1998年には中心市街地の活性化を促進するための「中心市街地活性化法」が制定されるとともに、都市計画の面からも規制を強化するために「都市計画法」の一部改正が行われた。さらに、2000年には、大型店を規制する考え方から転換し、大型店と地域社会の融和を図ることを目的とした「大規模小売店舗立地法」が施行され、この時点で大規模小売店鋪法も廃止された。
このように、商店街は、昭和40年代には近代化の基盤が整備され、大型店の脅威にさらされてきたものの、ようやく中心市街地を活性化しようとする政策の流れのなかで、活性化の機会を得たようにも思える。
しかし、商店街の近代化への取り組みは、ある意味、基盤面では全国画一的な商店街を作り出してきたとともに、大規模小売店舗法の保護のもと、商店街の競争力を削いできた面もある。また、近代化を進めてきた商店街組合も、組合員の高齢化が進むとともに組織の硬直化が進み、多くの商店街で活性化の出口が見えない状況に置かれている。
実際に、全国商店街振興組合連合会が中小企業庁の委託により実施した平成18年度商店街実態調査では、商店街の空き店舗率は8.98%と、前回調査の平成15年度調査の7.31%から1.67%増と、同調査で空き店舗率を把握することになってから最も高い数値となっている。これは、あくまでも回答商店街の平均であり、人口規模の小さな都市の商店街では、まさに「シャッター通り」となっている現状が容易に想像できる。
このような状況のなかで、各地で自分達の街を守りたい、地域の人たちの役に立ちたい、自身の夢を実現したいといった動機から、小さいながら商店街(あるいはかつて商店街であった場所)に店舗を開業しようとする動きが顕在化しつつあり、そこには開業を支援しようとする人も含めて熱い想いを持った人がいる。例えば、米子市の本通り商店街で、商店街に残る銀行支店跡の建物を改装した商業ビルに、カフェレストランバーなどのテナントを開業した若手経営者、また、熊本市の上乃裏通りで、取り壊し寸前の廃屋を改築した店舗や移築した土蔵の店舗など、店舗作りから経営相談、経営指導まで一貫して手がけ、お金はなくともやる気のある若者の出店をサポートしている工務店経営者などである。
このような動きは、これまでの商店街に新風を吹き込み、新たな商店街へと転換していく推進力になるもので、商店街活性化の活路を見出していく可能性が高いと言える。本来、中心市街地には、大型店にない歴史や文化、人の結びつきがある。大型店が近代化された人工的な空間であるとすれば、中心市街地の商店街は近代化で忘れ去られたものを掘り起こして、新たな価値を創造していく空間にすることによって競争力を高めることは可能であろう。今後も熱い想いを持った人の新しい動きに注目していきたい。
弊社は、本年11月より商店街起業研修事業(株式会社全国商店街支援センター委託)を全国25地域で開始する予定であり、地域の関係者の協力・連携により、研修を実際の起業に結びつけ、さらにそれを商店街の活性化に結びつけていきたいと考えている。
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