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第3回 高齢者が納得できる医療・福祉政策とは
土屋賢二(哲学者)×山本眞理(みずほ情報総研 リサーチャー、コンサルタント)

ツチヤ教授のTalk Jam Session

哲学者でありコラムニストでもあるツチヤ教授が、みずほ情報総研のさまざまな“異業種”専門家と繰り広げるトークセッション。
それぞれの立場から意見を交わします。

土屋賢二(哲学者)×山本眞理(みずほ情報総研 リサーチャー、コンサルタント)

土屋 医療政策、医療経済に関する業務がみずほ情報総研の中にあるというのはちょっと驚きだったんですが、具体的にどんなことをやってらっしゃるんですか。

山本 私は主に、医療・福祉分野の政策、ビジネスモデルの立案に関するリサーチやデータ分析などを担当しています。たとえば、公的介護保険制度は3年おきに制度や報酬の大きな見直しが行われますので、厚生労働省や保険者である地方自治体では審議会を立ち上げて検討を行います。その際、議論の下地となる現状分析や予測データなどの客観的な資料が必要になりますので、実態を調査して、制度を変更した場合に必要なサービスの量や保険料などのシミュレーションを行います。また、制度変更後の影響分析や効果測定などの事後検証も重要な業務となっています。

近ごろでは、医療・福祉サービスの情報公開が進んでいますが、これは、国の政策形成の過程で、患者や家族、医療・福祉関係者、一般市民や学識者などのステークホルダー間で社会的合意形成を図ることが重視されているためだと思います。その際、どのくらい税金を使うのか、自助努力とのバランスをどうするのか、マクロな観点での枠組みを決めるための情報が必要になります。一方で、利用者が個別のサービスを選択するためのミクロな観点での情報も必要となります。私たちの役割は、主にそのマクロな観点での合意形成を支援するコーディネーターのようなものだと思います。

土屋 ただ、合意形成といってもすごく難しいのではないですか。税金を納める側とそれを運用する側、そしてサービスを受ける側とで考え方はさまざまですよね。個人によっても全然違ったりしますし。僕もそろそろ介護されることを考えなければいけないと思っているんですが(笑)、ただ、老人ホームにしてもどんな形式のものがいいのかとか、その人の人生観みたいなものが入ってきますよね。合意と一口に言っても、自分は他人との共同生活は苦手という人もいるし、一人ぼっちは嫌だという人もいるし、その折り合いをつけるのは難しいと思います。だから、どんな医療・福祉政策をとればいいのかは本当に難しい課題で、それを決めるためにも調査や分析が必要になるんでしょうね。

山本 そうですね。おっしゃるとおり、社会的合意形成といっても人の生き方に直結する問題ですので、一つのやり方に全員を揃えるというものではないと思います。一般的に医療は「治療モデル」、福祉は「生活支援モデル」に沿ってケアの方法を選択し、サービスを組み立てていきます。治療モデルというのは、患者に症状を聞いたり検査をしながら診断という仮説を立て、最も適した治療方法を選択して実施するプロセスです。一方で生活支援モデルは、本人の置かれている状態に適応しながら、やりたいことの実現や生活の満足度を高めるなど、個人の希望に対して援助していくプロセスです。高齢者が求めている医療や介護とは何かと考えると、治療モデルの中にそれぞれの人が求める生活支援モデルを混ぜて設計しなければならないところに難しさがあると思います。

医療や介護の利用者やその家族にはいろいろな価値観がある。選択肢の情報を集め、効果をデータで裏付けし発信したい。―山本

山本眞理 みずほ情報総研 社会経済コンサルティング部 マネジャー)

山本 最近は、元気なうちから有料老人ホームなど施設に転居する人も増えているようです。そうやって年齢や体の状況に応じて住み替えていくのか、ずっと自宅で暮らし続けて、必要になったらサービスを提供してもらうというほうを選ぶのか、高齢期になってからの暮らし方の選択肢はさまざまですが、先生はいかがですか?

土屋 僕は家の中がいづらいので(笑)、自宅にずっといるというのもあまり好きではありませんが、幼稚園のころからみんなで踊らされたりするのが嫌いでしたから、老人ホームで共同作業をやらなくちゃいけないのもちょっと嫌かなと。老人ホームでもホテルみたいなところだったら、今いるところと大して変わらないからいいかなとも思いますが、どうせ夫婦一緒に同じ部屋にいるなら、大して転居した意味がないような気もします(笑)。

老後の過ごし方は人によって考え方が違いますから、選択肢はできるだけいっぱいあったほうがいいですよね。ただ、それをどの程度税金で面倒を見るかはまた別の問題ですね。

山本 そうですね。それを考えるにあたっては、考え方の軸を何にするかが大切だと思います。たとえば、日常の生活動作などをできるだけ現状維持するというのも一つの考え方だと思います。リハビリをしてなるべく今の歩く力を維持するとか、そういう状態でいられる期間を延ばそうということです。一方で、右肩上がりを目指すという考え方もあると思います。どんな考え方を軸にするのかが、合意形成のポイントになるんじゃないかと思うのですが。

土屋 僕は自分の人生を考えると、大体右肩下がりでしたから(笑)、これからは体力もなくなるし、急に文豪になるわけではないし、急に女房の性格がよくなるわけではないので、この先暗いなと思ってしまうんですが、もし一つでも今のまま維持できたら、それはとてもうれしいですね。それを望まない人はいないと思いますよ。現状を維持することの具体的な方法みたいなものはあるんですか。

山本 介護保険では、日常生活能力や認知機能の低下を予防するための給付メニューも用意されています。また、先生も先ほどおっしゃっていたような、自分の生活を人にじゃまされずに社会と関わりを持つ機会を維持することも一つの選択だと思います。このような生活支援モデルが今後必要だと思います。

ところで、先生が以前コラムで、80歳を超えたおばあさんがバス停でバスをじっと待っているという話を書いておられましたが、たしか、先生が「あっちのバス停に行ったほうが早くバスが来ますよ」と言ったら、おばあさんが「いや、私は待つのは嫌じゃないので」とおっしゃったのでしたか。

土屋 そうです、「待つのが好きなんだ」と。

山本 そういうふうに物事のとらえ方は人や年代によって違うし、違うということに気づくことも大切なことだと思うんです。バスを待ちたいと言ったおばあさんのように、医療・介護の利用者やその家族にはいろいろな価値観があると思いますので、選択の機会を確保して、納得できることが必要だと思います。そういう選択肢の情報を集め、効果をデータで裏付けすることも重要な仕事だと思っています。

高齢者向けの仕事を作ることも、福祉の一環になるのでは。―土屋

土屋賢二 氏 お茶の水女子大学名誉教授

土屋 現状維持を目指すことを一つの軸としたとして、たとえばリハビリは結構大変ですよね。だんだん体が弱ってくると、このまま寝たきりになったほうがどんなに楽かと思うこともあると思うんですよ。寝たきりになるかどうかの境目はものすごく微妙で、最後は本人が「もういいや」と思うか、「いやだめだ」と思うかなんだと思うんです。自分の今までの生き方を見てくると、僕はどうもそういう時にがんばるタイプではない。だいたい安易な方向を選んできている。「もういいや」というほうを選ばないという自信があまりないんです。でも、そういう心理は、僕だけじゃなくかなりの人にも多分あると思うんですよね。

山本 そうですね。リハビリをすることを目的にしては続かないのではないかと思います。何のためにリハビリをするのかという、「何」というものをずっと持ち続けられるかということが重要なのだと思います。

ただ、目的をいつでも自分で用意できればいいのだと思いますが、きっとある時点で、目的を見つけるための専門的な支援や、その“バスを待つのが好きだ”というような価値感を認める社会の雰囲気づくりも必要なのではないかと思うんです。

土屋 それは確かに大きいでしょうね。生活のためであれ何のためであれ、何かやりたいこと、やるべきことがあることが必要なのだと思います。そちらの方向に力を入れるのも、福祉政策の一部になるのかなという気がします。昔はたばこ屋がよくあって、そこにはだいたいおばあさんがいましたよね。それが最近は全部自動販売機になっています。たばこ屋のおばあさんは今どうしているのかと思うんですよ。一日いくらになるかは知りませんが、少なくともたばこ屋の店番をするだけでも、その人は充実した生き方ができるんじゃないでしょうか。

山本 そこで人とコミュニケーションしたり、様子がおかしかったら話しかけてみたりというような役割があって、その日の売り上げを帳簿につけるというような仕事があって。それはとても大切なことですよね。

医療や介護サービスは社会全体のセーフティネットとして絶対に必要なものですが、その前に、たとえば今の状態を維持する励みとなるような、何かに貢献できる役割や仕事など、高齢者の社会参加といった仕組みを考えることも必要ではないでしょうか。

土屋 イギリスは非常にボランティアが盛んなんですよ。驚いたのは、昔の貴族が住んでいた屋敷を見学に行った時、それぞれの部屋に中高年のご婦人が一人ずつ、椅子に座っているんですね。何か質問するとうれしそうに説明してくれるけれど、声を掛けられないかぎり黙ってじっと辛抱強く座っています。その人たちはボランティアなんです。たまの説明以外は一日中そうやってじっと座っているのですが、それはそれで楽しいのだろうと思うんですよ。

日本だったら、ボタンを押すと説明が流れるようにするんだと思います。でもそうやって何でも自動化するのは、人間からやることを奪っているのではないかという気もするんですよね。今はとにかく安楽さを追求する社会になっているのではないかと思います。でも、そうした考え方をちょっと変えて、高齢者向けの仕事を作ることも、広い意味でいえば、福祉の一環になるのではないかという気はします。

成功につながるアイディアを集めて検証し、情報提供していくことも私たちの仕事だと思います。―山本

山本 福祉というとどうしても、困ったときにどうやって支援を受けるかというほうに目が向きがちですよね。最近では、介護や高齢者医療の現場に向けていろいろな機器や支援ロボットなどが開発されていますし、情報通信技術を活用したサービスの提供など、高齢者の暮らしにイノベーションを適用しようという挑戦が始まっています。こうした技術を使って、生活を支援したり、高齢者向けの仕事を作ることもできると思います。

日本の高齢化率は、約23%と先進国でトップなんですが、そんなに高齢化率が高いのに、GDPに占める社会保障給付費の割合は必ずしも高くありません。そのように財源的な割り当てが限られた額でもみんなが暮らせているというのは、実は日本にはとてもよいアイディアがたくさんあるからだと思うんです。世界に売り出せるような、新しい高齢社会の暮らしのモデルみたいなものを、日本は提供できるかもしれないと思います。

土屋 そうですね。ただ、高齢者も自分が何をしたいのか、はっきりわかっていない気もするんですよね。介護にしても福祉にしても、もっぱら高齢者を大切にして楽な思いをさせることを考えている。高齢者本人も何となく「安楽な」生活が一番いいという気持ちがあって、その結果、自分のやることが奪われるのだということまでは考えていないと思います。だから希望を聞くと、楽なほうがいいという答えになってしまう。

それよりも、いろいろな選択肢から自由に選べるようになって、それを選ぶほうが幸せなんだ、ということがわかってもらえるような仕組みにできるといいですよね。年を取ってくると個人差が大きくなると思います。技術を身につけている人とそうでない人、元気な人とそうでない人とか。あまり体が動かせなくても、たとえば電話で相談に乗るとか、インターネットを使って何か貢献できるとか。そういう仕事も多分結構できる人はいると思います。体が元気な人はもっと何か別の仕事をしたりとか。

そういう例をもっと増やしていって、高齢者の仕事の可能性をできるだけ増やすのは、高齢者の幸福にもつながると思います。

山本 支援の仕組みを充実させ、高齢者の不安を取り除くことは必要ですが、それによって年齢を重ねた人たちの役割や負うべき責任を全部取り去ることは必ずしもいいことではないということですよね。

土屋 少なくとも、いろいろな仕事を自由に選べる仕組みをつくることを促すような支援策はとれると思います。ボランティアが日本に根付くのは難しいような気もするんですけど、それなら日本独自の、日本人の気質に合ったような仕事を、いくつかモデルをつくって実験的にやってみて、国がそれを支援すると、世界にないような新しいやり方が提案できるかもしれません。

山本 以前、内閣府が全国の60歳以上の人を対象とした生活実態調査を行い、そのデータ分析を担当しましたが、ボランティアや地域貢献などの活動をしている人は2割程度でした。しかし、文部科学省が行った別の調査では、8割がそういった活動に参加したいと思っているんです。

土屋 そういう時こそ、なぜ参加しないのか、参加している人はなぜ参加できるのかという調査が必要になりますね。

山本 そうなんです。おそらく地域ごとにいろいろな試みの芽があるので、そういった情報を集めて、その中から成功につながるアイディアを集めて検証し、情報提供していくことも私たちの仕事だと思います。

いま、地方自治体では、医療や福祉に関してさまざまな実験的な試みを行い、モデルを作ろうとしています。そうした動きの中から成功の種を見つけ出し、他の地域へ応用できるか、全国展開できるかなどを検証する社会実験をコーディネートするような仕事をやってみたいと思っています。「高齢者がメジャーな社会」でどういう仕組みをつくっていくか、日本型の社会モデルを提案していくことが問われていると思います。

土屋賢二 (つちや けんじ) 氏
お茶の水女子大学名誉教授


1944年、岡山県生まれ。柔らかな語り口の哲学論集・講義集のほか、数多くのユーモアあふれるエッセイ集でも知られる。趣味はジャズピアノ。エッセイは『われ笑う、ゆえにわれあり』『哲学者かく笑えり』、哲学書は『ツチヤ教授の哲学講義』『猫とロボットとモーツァルト』など多数。

山本眞理 (やまもと まり)
みずほ情報総研株式会社 社会経済コンサルティング部 マネジャー


1995年、富士総合研究所(現みずほ情報総研)入社。医療・福祉分野の政策立案支援、ビジネスモデル立案・事業運営支援に関するリサーチ、コンサルティング業務を担当。九州大学大学院 医学系学府 医療経営・管理学修了(2006-2007年国内派遣)。

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