干潟・浅海域における酸素の生成・消費メカニズム―生態系モデルによる解析― (1/3)
正会員 博(工) みずほ情報総研 相馬 明郎
正会員 博(農) 独立法人港湾空港技術研究所 桑江 朝比呂 氏
理修 YS環境情報研究所 関口 泰之 氏
正会員 工博 独立法人港湾空港技術研究所 中村 由行 氏
1.はじめに
干潟・浅海域の創生は、赤潮、貧酸素化の改善、さらには、豊かな生態系の回復に繋がる施策として期待されている。閉鎖性海域における干潟・浅海域の機能を正確に予測・評価するためには、(1) 湾全体を、干潟・浅海域と湾央域が時空間的に相互に連携した生態系として捉える全体論的視点と、(2) 干潟・浅海域内部における生物・化学・物理過程の1つ1つを解明していく、という還元論的視点はともに重要である。本研究では、干潟・浅海域と湾央域を連結した内湾複合生態系モデル(相馬ら、2005)を東京湾に適用し、全体論的見地から検証を終えた後、未だ明らかにされていない干潟・浅海域における生物代謝を、酸素の生成・消費過程から還元論的に解明することを目的とした。 なお、ここでは、干潟・浅海域を、底生藻類の光合成に有効な光が海底に到達する領域と定義し。潮汐の干満に伴い干出・冠水する場はこれに含まれるものとする。
2.内湾複合生態系モデルの概要
内湾複合生態系モデルの考え方・定式化・数理構造については、相馬ら(2005)、 Sohmaら(2008)に詳しい。ここでは、その概要を示すことにする。
内湾複合生態系モデルは、干潟・浅海域-湾央域および底生系-浮遊系を連結し、それと同時に底生系の生物代謝についてはその鉛直微細構造まで表現した世界で最初のモデルである。本モデルで取り扱う物理・化学・生物過程は、貧酸素化に関連する現象にとって重要と考えられるものを選択したもので、その1つ1つは、最新の科学的知見から可能な限り精確に定式化するよう試みられている。また、本モデルでは、物理、化学、生物過程の1つ1つを断片的に捉え、それらの重ね合わせで(積み上げで)生態系を表現するのではなく、各過程を機構的に相互作用させ、その絡み合いから成り立つ生態系の自律的応答/フィードバック現象を表現し、これらによって決まる“生態系全体としての動態”あるいは“湾全体としての動態”を表現できる数理構造を持たせている。
モデル化に際し、最新の科学的知見を持ってしても不明瞭な素過程については、いくつかの仮定を課さざるを得ない。しかし、モデルが貧酸素化の原因として着目されている複数の素過程を複合的に捉えた結果を出力するという事実は、部分・部分で探求しても解明できなかった素過程が、系全体のバランスを見ることで逆説的に推定・解明されるという可能性も示唆し、研究の未到達領域ではこうした方法が有効である。
内湾複合生態系モデルは、流動モデル、浮遊生態系モデル、底生生態系モデルから構成され、各生態系モデルは、湾央域、干潟・浅海域のいずれにも適用できる。浮遊系における輸送過程は、流動モデルで計算された移流・(渦動)拡散過程によって輸送される。底生系内及び浮遊系―底生系境界層における輸送過程は、分子拡散、生物攪拌(Bioturbation)、潅水(Bioirrigation、巣穴効果含む)、沈降、巻き上げであり、これらは生態系モデルの中で定式化されている。生態系モデルで取り扱った酸素の生成・消費に関わる生物・化学過程は、植物プランクトン・底生藻類の光合成、植物・動物プランクトン、底生藻類、底生動物(懸濁物食者、堆積物食者)の呼吸、デトリタスの好気的無機化、硝化、還元物質(マンガン(Ⅱ)+鉄(Ⅱ)+硫化水素:Oxygen Demand Unit : ODU)の酸化である。本モデルで表現した酸素の生成・消費メカニズムを図-1 に示した。浮遊系、底生系における生態系ダイアグラムについては、Sohmaら(2008)を参照されたい。

図-1 内湾複合生態系モデルで表現した底生系、浮遊系における酸素の生成・消費メカニズム(相馬ら、2005)
3.モデルの適用
内湾複合生態系モデルを用いて、現状の東京湾における平年的な季節変動(1年周期性の変動)を計算した。この計算をcontrol計算 (基準計算)とし、施策効果など、生態系応答を評価する基準とした。計算条件の詳細は、Sohmaら(2008)を参照されたい。control計算では、流動モデル、生態系モデルの規定関数(外生変数)は1年周期関数で与えた。この周期関数は、1998から2002年までの観測データより平年的な季節変動状況を表現したものである。空間分解能は、流動モデルは2km×2km格子で東京湾を区分した。生態系モデルでは26ボックスで東京湾を区分した(図-2)。また、底生生態系内部の鉛直分解能についてはマイクロミリメータースケールの空間分解能を持たせた。計算タイムステップは、内湾複合生態系モデルが取り扱う (a) 浮遊系流動場、(b) 湾央域浮遊生態系、(c) 湾央域底生生態系、(d) 干潟・浅海域生態系では、それぞれ着目すべき現象の時間スケールが日周期から季節周期へと亘り、各系で異なっているので、最も短い時間スケール(日周期)の現象が捉えられる時間分解能:タイムステップ(0。2 h)を設定した。

図-2 計算領域と空間分解能。(i, j)はボックスの座標を示す。

図-3 湾央域浮遊系(左,(i, j) = (6, 4)),底生系(右,(i, j) = (5, 4))における酸素濃度の季節変化(8月の値はほぼゼロ)
4.モデルの検証
湾央域、干潟・浅海域における各モデル変数の観測値と計算値を比較し、計算による観測の再現性を確かめることでモデルの検証を行った。計算値は、浮遊系―底生系、湾央域-干潟・浅海域が互いに依存しつつ、自律的に相互作用した結果である。例えば、浮遊系-底生系境界付近の栄養塩濃度の計算値は、浮遊生態系で生成された有機物が海底に沈降・蓄積し、底生系で無機化されて、栄養塩が浮遊系へ回帰するというメカニズムをモデルで表現した結果から得られており、浮遊系-底生系間には、なんら強制関数(境界値)を与えていない。
図-3に湾央域での酸素濃度の季節変動、図-4に盤洲干潟 (i、 j) = (8、 6)での酸素濃度の日変動の計算値と観測値の比較を示す。図-3の観測値は1998年から2002年、図-4の観測値は2003年に観測されたものである。一方、モデルは平年的な状況を計算しているため、特に、図-4で酸素の日変動を見る際は、潮汐(水深)と光強度の位相関係が8月の観測時とほぼ一致する、同月(8月)の計算期間(日は異なる)を抽出し、観測値と比較した。酸素以外のモデル変数の季節変動、日変動、空間分布の再現性も酸素と同程度である。再現性の結果と考察の詳細は、Sohmaら(2008)を参照されたい。

図-4 盤洲干潟 (i, j)= (8, 6)の浮遊系(左),底生系(右)における酸素濃度の日変化(観測値,計算値とも8月の値)
- *本稿は、土木学会論文集B2 (海岸工学),Vol. B2-65, No1, 2009に掲載されたものです。
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