危機管理における非常時情報通信の役割(1/3)
みずほ情報総研 情報・コミュニケーション部 多田 浩之
最近、世界で壊滅的な自然災害やテロが多発しており、国際的にも、大規模・広域災害に対する危機管理が重要な政策課題の一つになっている。
大規模・広域災害やテロへの応急対応に関する問題は、9.11同時テロ事件(2001年)を契機として、大きくクローズアップされてきた。9.11同時テロ事件においては、ニューヨーク世界貿易センタービルの被災現場で救助活動に当たっていた消防士が、当該ビルの崩壊に巻き込まれ、数多くの殉職者を出した。これは、ファーストリスポンダ(First Responder:消防や警察のように、被災現場に最初に駆けつけて救助・救援活動を行う組織)が、当該被災現場で確固たる非常時指揮・命令系統を確立することができなかったこと、また、互いに異なるファーストリスポンダ間に無線通信システムの相互運用性がなく、被災現場の消防士に緊急連絡が届かなかったことによる。欧米では、この問題を受けて、緊急時における指揮・統制・通信能力の向上を図る一環として、危機管理体制(非常時指揮体制)の整備及び非常時情報通信の仕様・標準化に関する検討が、本格的に行われてきた。
しかし、米国のメキシコ湾岸地域一帯に壊滅的な被害をもたらしたハリケーン・カトリーナ災害(2005年)においては、連邦政府が初動に遅れ、効果的な救援・救助活動を行うことができなかったこと、連邦・州・地方政府間で協調的な救援・救助活動ができなかったこと等により、再び危機管理体制と非常時情報通信に関する問題が表面化し、この問題が米国の国土安全保障における重要課題の一つになっている。
本稿では、これまで筆者が取り組んできた危機管理と非常時情報通信に関する調査研究や研究開発の成果を踏まえて、危機管理における非常時情報通信の定義と役割、非常時情報通信の課題と関連する研究開発の事例等について示し、国内に求められる非常時情報通信技術・サービスに関する研究開発の方向性について提言する。
1. 危機・危機管理の定義及び危機管理の本質
「危機(Crisis)」には多様な定義があるが、本来、軍事・国家安全保障分野から出てきた概念とされており、現在では、一般的に、「不測の事態が生じた際に、通常の手段や方策(技術、体制を含む)により対処することが困難な緊急事態」と定義される。
「危機管理(Crisis Management)」についても多様な定義があるが、狭義では、危機発生時における被害最小化のための応急対応活動を意味することが多い。また、広義では、通常時(平常時)、警戒時、危機発生時(緊急時)、復旧期、復興期の5つのフェーズにおける対応活動を意味することが多い。
危機管理の本質は、「市民、組織、社会等に危害をもたらすようないかなる脅威や不測の事態が起こっても、被害を最小限に抑制するために迅速かつ適切に対応すること」である。
「危機管理」に関する研究は、1962年のキューバ危機を契機として始まったとされているが、その後、自然災害、環境汚染等、非軍事的領域における社会・経済や国民生活の安全を脅かす事態についても、危機管理の概念が適用されるようになった。
2. 最近の危機の特徴と科学技術に基づく国の安全安心政策
最近、世界的に大規模・広域災害が多発しており、地域間紛争・難民問題を含めた多様な危機が大規模化・グローバル化する傾向がある(表1参照)。
表1 最近の危機の傾向と今後の懸念
現在
■自然災害
|
今後の懸念
■複合・同時多発災害
|
(みずほ情報総研(株)作成)
このような状況を踏まえて、総合科学技術会議の「安全に資する科学技術推進プロジェクトチーム」(平成16年12月~平成18年5月)(注)は、安全安心に関する科学技術政策課題に関する議論を開始し、平成18年6月に「安全に資する科学技術推進戦略」を取りまとめ、(1)大規模自然災害、(2)重大事故、(3)新興・再興感染症、(4)食品安全問題、(5)テロリズム、(6)情報セキュリティ、(7)各種犯罪、の7分野に関する科学技術研究の推進を決定した。
- (注)国民が安心して生活を送ることができる安全な社会を構築するための科学技術について調査・検討を行うことを目的として設置。総合科学技術会議有識者議員から構成される。
一方、国は、平成18年3月に、第3期科学技術基本計画(平成18年度~22年度)を発表し、当該計画の基本姿勢の一つとして、「社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術」を掲げ、「安心・安全で質の高い生活のできる国の実現」を理念の一つとして示した。また、これらの理念を実現するため、前述の「安全に資する科学技術推進戦略」を踏まえて、科学技術が目指すべき政策目標の一つとして、「安全が誇りとなる国-世界一安全な国・日本を実現」を掲げた。
平成18年3月、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会の中に「安全・安心科学技術委員会」が新設され、「安全に資する科学技術推進戦略」政策課題に対して、文部科学省として取り組むべき方策についての検討を行った。そして、平成19年7月に国民の「安全」と「安心」を確保するために、「安全・安心科学技術を支える基盤研究」と「社会的課題に対応した研究開発課題」の枠組みで、取り組むべき研究開発課題を抽出・提言した(表2参照)。
表2 「安全・安心科学技術の重要研究開発課題」
| フレームワーク | 重要研究開発課題 |
|---|---|
| 安全・安心科学技術を支える基盤研究 |
|
| 社会的課題に対応した研究開発課題 |
|
(科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会「安全・安心科学技術委員会」報告書に基づき作成)
その後、「安全・安心科学技術委員会」は、“安全・安心科学技術においては、国民の安全・安心を確保するという目的達成のために、必要な政策ツールを柔軟に組み合わせて実施するという視点が重要である”として、平成21年6月に以下の推進方策を示した中間報告を発表した。
- 国家レベルの安全確保のための科学技術の研究開発体制の整備
- 国民レベルの安全確保のための科学技術の実装への取組
- 安全・安心科学技術の共通基盤の強化
以上のように、日本の安全安心政策は、米国のように、国の安全安心に関する問題をトップダウンで分析し、解決策を検討していくアプローチではなく、安全安心に関する問題を国民の視点に立って考え、科学技術の視点により解決していく方針に基づいている。
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