ページの先頭です

社会動向レポート

英国キャメロン政権の「大きな社会」とは何か

社会保障 藤森クラスター
主席研究員 藤森 克彦

英国のキャメロン政権では、「大きな政府」でも「小さな政府」でもない、「大きな社会」を構築するとしている。英国の「大きな社会」の議論から日本への示唆を考えると、日本ではボランタリー部門の強化と社会保障の強化を共に進める必要があろう。

はじめに

「私は、『大きな社会(big society)』の構築に情熱をもっている。…この思想は、私が保守党党首になり野党時代を通じて語ってきたことであり、また、今回の総選挙で訴えてきた考えである。…今日は、「大きな社会」の実現に向けて、現実的なステップを説明したい」1—— 英国のキャメロン首相は、保守党・自由民主党による新政権樹立から2ヶ月が経った2010年7月に、上記のように語った。キャメロン政権は、「大きな政府」でも「小さな政府」でもない、「大きな社会」を目指していくという。

「大きな社会」の概念については不明確な点も多く、現在様々な議論が続けられている。一方で、英国政府は2010年10月に「大きな社会」の実現に向けた戦略を発表した。そこで本稿では、キャメロン政権がこれまで発表してきた政府文書などを参考に、「大きな社会」の内容とそれをめぐる議論、日本への示唆を考えていく。

1.「大きな社会」とは何か

「大きな社会」とは、より多くの権限をボランティア団体、コミュニティ・グループ、地方政府などに与えて、貧困や失業など英国が抱える社会的課題に対応していく社会をいう2。ここでの「社会」には、家族、地方政府などの幅広い集団が含まれるが、英国政府が最も重視するのは、政府文書で頻繁にとりあげられている「ボランタリー部門(voluntarysector)」3だと考えられる。

ボランタリー部門とは、公益を追求し、外部に資産や利益を流出しない民間非営利団体の総称である4。チャリティ、社会的企業、コミュニティ・グループなどの団体が含まれるが、中核となるのは「ジェネラル・チャリティ(general charities)」である5。同チャリティは、政府から独立したチャリティ委員会において「公益性」の審査を受け、チャリティとして地位が認められた団体をいう。チャリティの事業目的は、「貧困の予防又は救済」「教育の振興」「若年、高齢、不健康、障害、経済的困難またはその他社会的弱者の救済」など13項目に定められている(2006年チャリティ法第2条)。チャリティになれば、税制優遇措置の対象になる6

なお、日本でチャリティといえば無償でサービスを提供する団体と考えられがちであるが、英国のチャリティではサービスの対価として料金を課すことができる。ただし、高額な利用料金は低所得者層を利用者から実質的に排除することになるので、基本的には「公益性」の点から認められない7

英国には、こうしたジェネラル・チャリティが17万1千団体も存在する(図表1)。同チャリティの総収入は332億ポンド(約4.3兆円、1ポンド=130円で換算、以下同じ)にものぼり、63万4千人が有給労働者として働いている(2006年度現在)8

図表1 英国のジェネラル・チャリティの概要

図表1 英国のジェネラル・チャリティの概要

2.なぜボランタリー部門が重視されるのか

では、貧困や教育などの社会的課題の解決に向けて、なぜボランタリー部門が重視されるのだろうか。換言すれば、政府部門や営利企業と比べて、ボランタリー部門には、どのような長所があるのだろうか。

まず、営利企業では、対価を支払う顧客のニーズには敏感に対応できる。しかし基本的には営利目的なので、支払い能力が乏しい低所得者層を顧客とすることは難しく、こうした人々が排除されがちになる。また、採算が合わなければ、公共性の高い事業であっても撤退の可能性が高い。

一方、政府部門は営利目的ではないので、支払い能力の低い人々を排除することはない。しかし、官僚機構のもとトップダウンで現場の実情に合わない意思決定がなされたり、縦割り行政で非効率な運営になりがちである。この結果、現場の抱える複雑で多様なニーズに柔軟に対応しきれない。

これに対して、ボランタリー部門の多くは地域住民に近いため、住民のニーズや地域特有の課題を見つけやすく、実情を踏まえた柔軟な意思決定がしやすい。また、先述の通り、チャリティでは、公益性の観点から低所得者層を排除することが認められない。さらに、特定分野を扱うボランタリー部門が多く、専門性も高い。

なお、ボランタリー部門を重視する姿勢は、キャメロン政権が初めてではない。ブレア労働党政権(1997-2007年)でも、「第三の道」という政策理念の下、市民社会の活性化に向けてボランタリー部門を重視する施策がとられた。この点で、キャメロン政権の「大きな社会」は、労働党政権の考え方を継承する面をもつ。ただし、後述する通り、キャメロン政権では政府の財政規模を縮小する中でボランタリー部門の役割を強化しようとしており、この点はブレア政権との大きな違いと考えられる。

3.「大きな社会」に向けた具体的な政策

では、「大きな社会」に向けて、キャメロン政権ではどのような政策を考えているのだろうか。キャメロン政権が「大きな社会」に向けて発表した政府文書からは下記の三点があげられる9

第一に、コミュニティの権限強化である。具体的には、ボランタリー部門が地域内の施設等の資産を購入したり、あるいは入札して資産の運営権を得られるようにすることが提案されている。また、地方政府の支出について情報公開を義務付けて、ボランタリー部門が、競争上重要な情報にアクセスできるようにする。

第二に、ボランタリー部門がより多くの公共サービスを担えるようにする。ただし、具体策はボランタリー部門との今後の話し合いに委ねられている。また、公共部門の被用者が、被用者所有の共同組合(co-operatives)を設立して、共同組合で公共サービスを提供できるようにする。つまり、公共サービスを現場で担ってきた公務員が、「自らのボス」となって非営利団体を運営してサービスを提供するというものだ。

第三に、人々のボランタリー部門への関与を促して、社会活動を活性化することである。まず、ボランタリー部門の資金面への支援策として、「大きな社会銀行(Big Society Bank)」の創設があげられている。これは、既存の銀行の休眠口座から資金を集めて基金を作り、ボランタリー部門の資金調達に役立てようとするものだ10。現在、英国には約50万件の休眠口座があり、それらの預金総額は総計で5億ポンド(約650億円)程度にのぼるとみられている11。また、人々が寄附をしやすくするため、顧客の承諾を得た上で、レストランや商店での支払い代金に0.5~1.5%程度を寄附金として上乗せする仕組みなども提案されている。

さらに、16歳の若者が居住区や出身地でコミュニティ活動に参加する機会の提供(「全国市民サービス」の創設)や、コミュニティのまとめ役として約5千人を養成することなども提言されている。

4.「大きな社会」をめぐる議論

キャメロン政権における「大きな社会」の構想は、人々にどのように受け止められているのであろうか。ボランタリー部門からは、同部門の役割を強化しようとするキャメロン政権の姿勢を支持する声は多い。

一方で、「小さな政府」のもとでは、「大きな社会」の実現は難しいという批判も出されている。というのも、キャメロン政権では、悪化した国家財政の建て直しのために、大規模な歳出削減を始めている。政府からボランタリー部門への事業委託費や補助金も例外ではない。ボランタリー部門からは、「ただでさえ昨今の不況によってボランタリー部門へのサービス需要は高まっているのに、政府部門からの資金が縮小するのは大きな痛手だ」という声が出されている12

では、政府からボランタリー部門への資金の減少は、ボランタリー部門にどの程度の影響を与えるのだろうか。ここで、英国のジェネラル・チャリティの収入構造をみると、同チャリティの総収入のうち36.2%が政府部門からの収入—— 事業収入(23.6%)、補助金(12.6%)—— となっている(図表2)。つまり、収入の4割弱を公的財源から得ている。また、事業分野別に公的財源への依存度をみると、「就職活動や職業訓練支援(71%)」「法律相談(54%)」「教育(52%)」「住宅(51%)」「介護サービス(51%)」といった分野が高くなっている13

図表2 ジェネラル・チャリティーの財源(2006年度)

図表2 ジェネラル・チャリティーの財源(2006年度)

ただし、政府部門から収入を得るチャリティは規模の大きなチャリティが中心である14。この背景には、政府部門がチャリティに事業委託を行う際に事業の遂行能力を問うことがある。つまり、ある程度の規模をもつチャリティが選定されやすいという事情がある。

上記のボランタリー部門の懸念に対して、キャメロン政権では、ボランタリー部門と一緒になって賢い削減方法を考えていくとしている。今後、ボランタリー部門の活動や国民生活にどのような影響をもたらすか、注視していく必要があろう。

5.日本への示唆

最後に、英国の「大きな社会」をめぐる議論から日本への示唆を考えていこう。

第一に、日本におけるボランタリー部門の育成・強化の重要性である。英国と同様に、日本も多様で複雑な社会問題を抱えており、現場をよく知り、柔軟で効率的な対応を行えるボランタリー部門の活動が重要になっている。

しかし、ジェネラル・チャリティだけで17万団体も存在する英国と比べると、日本のボランタリー部門は層が薄いといわざるを得ない。例えば、全国の特定非営利活動法人数(以下「NPO法人」)は約4万1千法人(2010年9月末現在)であり、このうち国税庁の審査を経て税制優遇措置などを受けられる「認定NPO法人」はわずか187法人(2010年11月現在)にすぎない15。概念が異なるので直接比較はできないものの、日本のボランタリー部門の活動主体は、英国よりもかなり少ないことが推察される。

また、日本と英国では寄附金の規模にも大きな差がある。先述の通り、英国では個人からチャリティへの寄附金だけで99億ポンド(約1.3兆円)と推計されているのに、日本の個人寄附は約1千億円16(2009年)といわれている。

この点、日本においても、2011年度の「税制改正大綱」(2010年12月16日)では、NPO法人などの活動を支援するために個人からの寄附を促す「市民公益税制」や、NPO法人の新たな認定制度が盛りこまれている。一歩前進であるが、こうした施策に加えて、NPO法人の創業時などの資金支援制度、人的ネットワークの構築支援、施設について無償もしくは低額での貸与制度などが重要だと考えられる17

図表3 社会支出(対GDP比)の国際比較(2007年)

図表3 社会支出(対GDP比)の国際比較(2007年)

第二に、日本では、政府部門とボランタリー部門の双方の機能を強化していく必要がある点だ。政府部門の役割として、日本の社会保障に費やす費用(対GDP比)を国際比較すると、日本は英国よりも低い水準にあり、社会保障の点からは既に「小さな政府」となっている(図表3)。しかも日本の高齢化率は2割を超え、主要先進国の中で最も高い。税や社会保険料を引き上げて財源を確保しながら社会保障を強化することが求められる。

一方、現場ニーズに即したサービス提供が行えるように、政府が独占してきた公共サービスについて、NPO法人などに事業委託することの検討も必要であろう。その際、NPO法人の自律性を損なうことのないように、対等な立場で両者が協働していくことが求められる。

そして、政府部門とボランタリー部門は、異なる機能をもつ点にも留意が必要だ。政府部門は、負担能力に応じて税・社会保険料を徴収し、所得の多寡に関係なく人々のニーズに応じて社会保障給付を行うという「所得再分配機能」をもつ。これは政府のみがもつ「強制力」である。「政府の規模」を縮小すれば、こうした所得再分配機能は低下する。寄附金などを財源とするボランタリー部門は、この機能を若干補完することはできても、代替することは難しい。

こうした両部門の違いを認識しながら、日本ではボランタリー部門の強化と社会保障の強化を共に進めていくことが重要であろう。

  1. ‘Big Society Speech’,19th July 2010(Number10.gov.uk)
  2. Cabinet Office,(2010a)Building the Big Society,18 May 2010,p.1.
  3. 正式には「ボランタリー・コミュニティ部門(voluntary and community sector)」であるが、本稿では「ボランタリー部門」と省略する。
  4. 伊藤善典(2006)『ブレア政権の医療福祉改革』ミネルヴァ書房、pp.226-227.
  5. 英国の「チャリティ(広義)」には、宗教団体、大学などが含まれるが、「ジェネラル・チャリティ」はチャリティから宗教団体や大学などを除いたものである。詳しくは、National Council for Voluntary Organizations(2009a), The UK Civil Society Almanac 2009 ―― Executive Summary, 2009参照。
  6. 伊藤(2006)、p.229.
  7. 同上、p.231
  8. National Council for Voluntary Organizations(2009), The UK Civil Society Almanac 2009 ―― Executive Summary.
  9. Cabinet Office(2010a)や、HM Government(2010),Building a Stronger Civil Society ―― A strategy for voluntary and community groups, charities and social enterprises, October 2010などを参照。
  10. Cabinet Office(2010a), p.5
  11. Guardian, 19th July 2010
  12. National Council for Voluntary Organizations fears cuts, BBC News, 17th July 2010
  13. National Council for Voluntary Organizations(2009b), The State and the Voluntary Sector, 2009
  14. National Council for Voluntary Organizations(2009a)
  15. 内閣府(https://www.npo-homepage.go.jp/)及び国税庁(http://www.nta.go.jp/tetsuzuki/denshisonota/npo/meibo/01.htm)による。
  16. 閣議決定『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』(2010年6月18日)p.82。
  17. 新しい公共円卓会議(2010)『「新しい公共」宣言』2010年6月4日などを参照。

参考文献

邦文文献

  • 「新しい公共」円卓会議(2010)『「新しい公共」宣言』2010年6月4日
  • 「新しい公共」円卓会議HP(http://www5.cao.go.jp/entaku/
  • 「新しい公共」推進会議HP(http://www5.cao.go.jp/npc/suishin.html
  • 伊藤善典(2006)『ブレア政権の医療福祉改革』ミネルヴァ書房
  • 上野千鶴子、中西正司編(2008)『ニーズ中心の福祉社会へ』医学書院
  • 閣議決定(2010)『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』(2010年6月18日)
  • 国税庁HP(http://www.nta.go.jp/tetsuzuki/denshisonota/npo/meibo/01.htm
  • 内閣府HP(https://www.npo-homepage.go.jp/
  • 中島智人(2010)「英国新政権の市民社会政策」公益法人協会『公益法人』39巻8号、2010年8月
  • 中島智人(2010)「英国におけるチャリティへの寄附事情」公益法人協会『公益法人』39巻5号、2010年5月
  • 中島智人(2007)「新チャリティ法とチャリティの公益性判定」公益法人協会『公益法人』36巻3号、2007年3月
  • 藤森克彦(2002)『構造改革ブレア流』TBSブリタニカ

英文文献

  • Cabinet Office (2010a) Building the Big Society, 18 May 2010.
  • Cabinet Office (2010b) Draft Structural Reform Plan, June 2010.
  • Cabinet Office (2010c), Supporting a Stronger Civil Society, Oct. 2010
  • HM Government. (2010), Building a Stronger Civil Society ─ A strategy for voluntary and community groups, charities and social enterprises, October 2010
  • Institute for Fiscal Studies (2010), Press Release New IFS research challenges Chancellor’s‘progressive Budget ’ claim, 25th August 2010
  • National Council for Voluntary Organizations (2009a), The UK Civil Society Almanac 2009 ─ Executive Summary, 2009
  • National Council for Voluntary Organizations (2009b), The State and the Voluntary Sector ─ Recent trends in government funding and public service delivery, 2009
  • National Council for Voluntary Organizations & Charities Aid Foundation (2009) , UK Giving 2009, Sep.2009
  • Polly Toynbee (2010), The Big society is a big fat liejust follow the money, Guardian, 6th August 2010
  • The Conservative Party (2010), Big Society Not Big Government, March 2010
  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
  • レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。

広報室
03-5281-7548

メールマガジンお申し込み

みずほ情報総研メールマガジン、「ケミマガ」化学物質管理関連サイト新着情報メールマガジンを無料配信

RSS配信コンテンツ

ニュースリリース、ソリューション、コラムなどの最新情報をRSSで配信

みずほフィナンシャルグループ

  • みずほフィナンシャルグループ
  • みずほ銀行
  • みずほコーポレート銀行
  • みずほ信託銀行
  • みずほ証券
  • みずほインベスターズ証券
  • みずほインベスターズ証券

グループ会社

ブランドコンセプト

ページの先頭へ
ページの先頭へ