社会動向レポート
製品含有化学物質マネジメントのアジアへの展開
環境・資源エネルギー部
シニアコンサルタント 菅谷 隆夫
製品に含有される化学物質(製品含有化学物質)の規制が、環境に配慮したものづくりにおける新たな課題となっている。それらの規制に対応するためには、従来の「もの」の流れと同様に、サプライチェーンの川上から川中、川下まで、含有化学物質が適切に管理された「製品とその情報」が授受されることが必要となる。しかし、長く複雑で国際的にも広がるサプライチェーンにおいて、それを実現することは容易ではない。
EUのREACH規則への対応等のために、アジア諸国においても、製品含有化学物質のマネジメントへの取り組みが本格的に開始されたり、見直されたりしている。これまで我が国において蓄積・共通化してきたノウハウをアジア諸国にも普及させることで、調達する原材料や部品、現地生産する製品等のマネジメントレベルを向上させ、製品含有化学物質に関連する規制遵守を確実、かつ効率的に実現する好機となっている。
1.製品含有化学物質規制の潮流
環境に配慮したものづくりにおいて、製品含有化学物質規制への対応が新たな課題となっている。製品含有化学物質とは、文字通り、製品に含まれ、その一部となっている化学物質のことである。例えば、パーソナルコンピュータであれば、液晶ディスプレイ、筐体、キーボード、マウス、ケーブルなどの表面や内部に存在する化学物質で、特に人の健康や環境への影響が懸念される化学物質に焦点が当てられている。
2006年、欧州連合(EU)は、使用済みの電気電子機器について、リサイクルを容易にしたり、最終処分時に人の健康や環境に影響を与えないようにするため、特定有害化学物質6物質(鉛、水銀、カドミウム、6価クロム、PBB(ポリ臭化ビフェニル)PBDE(ポリ臭化ジフェニルエーテル))を最大許容濃度を超えて含有する製品の上市を禁止するRoHS指令(2002/95/EC)を施行した。使用済み自動車については、2003年よりELV指令(2000/53/EC)の中で、同じ重金属4物質の含有を規制している。食品容器や幼児用玩具などの特定製品の分野では、以前から含有化学物質も規制されていたが、電気電子機器や自動車といった広範かつ複雑な組立製品に対する規制はなかったため、短期間での対応を迫られた産業界への影響はきわめて大きかった。
経済のグローバル化が進む中で、EUの製品環境規制は、EU以外の国・地域向けの製品についても、製品含有化学物質への配慮を事業者に促す誘因となっている。また、電気電子機器に関しては、多くの国々にRoHS指令と同様の製品環境規制を導入させるような影響をもたらしている(図表1参照)。その結果、製品を輸出せずに、日本国内のサプライチェーンに製品を供給する事業者でも、これらの規制への対応を求められる状況となっている。
図表1 世界各国に影響を与えているEU RoHS指令
(RoHS指令と同様の規制を導入している国・地域の例)

製品含有化学物質の規制には、もう一つの流れがある。持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)における合意「化学物質が人の健康と環境にもたらす悪影響を最小化する方法で使用、生産されることを2020年までに達成する」ことを目標とした国際的な化学物質管理への取り組みであるSAICM(Strategic Approach to International Chemicals Management)への対応においても、化学物質のライフサイクル管理のために、成形品(アーティクル、電気電子機器や自動車、それらの部品等も含む)に含有される化学物質まで管理対象範囲が拡大されている。
このSAICMに沿ってEUでは2008年より、新たな化学品規制のREACH規則(EC 1907/2006)を施行している。REACH規則は成形品に対して、発がん性などの懸念のある認可対象候補物質(REACHのSVHC)が含有される場合、条件に応じて、欧州化学品庁(ECHA)への届出や供給先への情報提供、消費者からの問い合わせ対応などの責務を課している。
国際的に広がる製品含有化学物質の規制は、製品環境規制と化学物質管理の2つの流れに基づくものとなっているが、政策手段の観点からは、図表2のように整理することができる。ものづくりに関わる事業者は、製品含有化学物質規制を把握し、適切に対応することを求められている。
図表2 製品含有化学物質規制等の政策手段

2.製品含有化学物質マネジメントのアプローチ
現在のものづくりは、サプライチェーンを通じて「分業」されており、それによって効率的に、迅速に、また安価に製品を生産することが可能となっている。しかし、製品含有化学物質の課題は、そのようなものづくりの方法に一石を投じているともいえ る。
一般に、製品にどのような化学物質が、どれだけ含まれているかという情報は、供給者にしか分からず、一方で、供給した製品がどのような用途にどれだけ使われているかは、供給者には分からない。「分業」によるものづくりにおいて、製品含有化学物質をマネジメントするには、このような「情報の非対称性」による困難さが内在されていることを前提に、関係者が積極的に働きかけなければならない。
図表3 一つの化学物質のライフサイクル全体をマネジメントするとは?

万一、規制に違反すれば、直接的な罰則のみならず、製品の回収、ブランドや企業価値の喪失などの多大な影響を被る可能性がある。
従来、必ずしも十分に注意を払ってこなかった含有化学物質にまで配慮した製品を供給するには、これまでのものづくりの仕組みを、対応可能なやり方に修正することが不可欠である。それは、これまでの取り組みで培ってきた製品含有化学物質規制対応のノウハウや、日本の製造業の強みといわれる「擦り合わせ力」を活かすことで可能なはずである。
サプライチェーンを通じたものづくりにおける規制対応には、製品含有化学物質をマネジメントするための「考え方と尺度」、製品含有化学物質情報の「伝達方法」の共通化が有効である。調達品や自社製品を化学的な分析によって確認することも不可能ではないが、今後、規制対象の物質の拡大が見込まれる状況においては、実践的とはいえない。
製品含有化学物質情報の伝達方法については、最終組立製品の業界を中心に共通化の取り組みが進められてきた。自動車分野では、IMDS(International Material Data System)aと呼ばれる国際的なデータベースが構築されており、日本自動車工業会(JAMA)と日本自動車部品工業会(JAPIA)が策定したIMDS互換の伝達方法と併せて広く運用され、デファクト・スタンダードとなっている。電気電子機器分野では、日米欧の関連団体により、JIG(Joint Industry Guide)bとして対象物質や伝達すべき情報項目が共通化され、それに基づく情報伝達方法もグリーン調達調査共通化協議会(JGPSSI)によって運用されている。
さらに、これらの製品分野ごとの取り組みとも連携を図りながら、サプライチェーンの川上(化学品)から、川中(部品等)、川下までの円滑な情報伝達の実現を目指した業界横断的な団体、アーティクルマネジメント推進協議会(JAMP)c による情報伝達方法の普及も図られている。
図表4 製品含有化学物質規制への業界等の対応事例

製品含有化学物質情報の伝達方法は、効率を考えると統一されることが理想的であるが、製品分野ごとに法規制や背景、取り組みの経緯などが異なるため、共通化されたいくつかの情報伝達方法に収束した姿を想定した方が、当面は現実的である。
情報伝達方法について考える際は、個々の製品分野の事情等に加えて、他の方法に乗り換える「スイッチングコスト」が大きいことに留意する必要がある。一つの情報伝達方法を採用して情報の授受を行うためには、業界内でのコンセンサス形成、サプライヤへの情報伝達方法の説明、サプライヤからの調達品の情報入手、自社製品の含有化学物質情報の整備、社内の担当者に対する研修等によるスキル確保、社内の情報システムの構築等が必要であり、コストがかかる。そのため一度、情報伝達手段を選択した業界や事業者が別の方法に乗り換えるのは容易なことではない。
日本の事業者は、早くから製品含有化学物質情報の授受による関連規制のコンプライアンス管理に取り組んできたため、共通の伝達方法の必要性も認識して具体化してきた。その結果、日本国内では、情報伝達方法については、いくつかの方法が協調的に運用される状況に転じつつある。
サプライチェーン全体で用いられる情報伝達方法が限られた方法に収束すれば、情報授受は円滑化・効率化される。一定の時間はかかるが、情報のやりとりが進み、情報量が増大する。そうすると次は、不適切な情報の混入などにより情報の信頼性の問題が顕在化してくることになる。情報が蓄積されると、材質や製品分野ごとに含有される可能性のある物質に関する知見が得られ、他の製品との比較も可能となり、含有物質の情報の不備や実際の製品との相違などが明らかになるケースが出てくる。情報伝達手段の共通化だけでは、情報の信頼性の問題は残ったままとなってしまう。
この製品含有化学物質情報の信頼性の問題に対処する取り組みが、製品含有化学物質マネジメントである。マネジメントを推進するには、共通の「考え方と尺度」や、実践のための拠り所が必要であることを認識し、電気電子機器の製造者等が中心となって、共通指針の作成や普及に取り組んできた。さらに、製品含有化学物質マネジメントの標準化にも取り組んでおり、化学、鉄鋼、非鉄、電子部品、自動車部品、電気電子機器、自動車などの主要な業界団体が参加する委員会で、国内での規格化の方向が確認されている。引き続き、国際標準化に向けた取り組みについても検討される予定となっている。
以上のように、我が国の体系的かつ統合的な製品含有化学物質マネジメントへの取り組みは、国際的にみても先進的なものとなっている。
3.アジア諸国との協調
サプライチェーンは国境を越えて、アジアを中心に広がっている。特に、日本との結びつきが強いアジア諸国の事業者の多くは、これから製品含有化学物質マネジメントに本格的に取り組もうとしている段階である。
タイやマレーシアにおいては、日本国内で検討・実践してきた製品含有化学物質に関する取り組みについての有効性の実証や導入・普及のための事業が一昨年から行われており、考え方を十分に理解し、主体的に取り組みを進める事業者もでてきている。また、アジアの一部の国々では、日系の企業が取引関係のあるサプライヤ等に対して説明や研修を行い、共通の方法による情報伝達も開始されている。
製品含有化学物質関連規制への対応においては、マネジメント上のリスクに応じた適切な対応を取ることが重要であるが、リスクにとらわれすぎて萎縮し、原材料や部品の調達先を減らしたり、変更したりするだけの対応は考え物である。中期的な視点に立って、国際的に展開するサプライチェーンに、日本で実践してきたマネジメント方法を積極的に普及させ、自社製品の信頼性を高めることが必要である。これまで日本企業が培ってきた実績のある方法を、製品含有化学物質のマネジメントに取り組もうとしている国や事業者が採用できることは、採用側にも十分にメリットがあるはずである。
サプライチェーンには、国際的にも通用する製品含有化学物質マネジメントの標準が必要である。サプライチェーンのように多数の事業者が参加する共通の場におけるマネジメントや情報伝達の方法には、ネットワーク外部性が存在するので、利用者は、普及すればするほど、そのメリットを相互に享受できる。製品含有化学物質マネジメントの共通の方法が、アジア諸国にも広がるサプライチェーンで浸透すればするほど、供給・調達時の製品含有化学物質に関わる供給者・調達者双方の負荷は、軽減されることになる。
そのような状況を実現するためには、アジア各国の政府や現地の企業と積極的に連携していくことが望ましい。日本で実践してきた製品含有化学物質マネジメントの方法が、広く早く受容され、普及することが重要であり、形式にこだわりすぎずに効果を見据えた判断や戦略が求められる。
4.今後の課題
製品含有化学物質に関する規制は当面、対象となる化学物質数、対象となる製品、国や地域のいずれの面でも、拡大し続けることが予想される。そのため、ものづくりに関わる事業者は、製品の製造には直接関わらない商社も含め、難しい課題を突きつけられ続けることになる。
製品含有化学物質マネジメントは、事業者の組織内で関係する部署の多さや万一の不適合発生時の影響の大きさを考えると、経営の問題として戦略的に取り組むべき課題といえる。サプライチェーンを通じたものづくりでは、製品含有化学物質マネジメント上のリスクをゼロにすることは困難である。リスクが存在することを前提に、継続的かつ柔軟に取り組むことが必要となる。
現在サプライチェーンで使用されている製品含有化学物質情報の伝達方法が、短期的に統一されるような状況は想定しにくいが、製品固有の事情等に対応した業界・目的ごとの数種類の方法にまとまり、相互に連携するような状況は間違いなく実現しつつある。そうなれば、情報技術により伝達方法間の変換可能性が高まることなどにより、複数の伝達方法が並存することの問題は最小化させることができる。そのような状況においては、「この製品は含有化学物質が適切にマネジメントされているのか、含有化学物質情報は製品が含有する化学物質を正しく示しているのか」という信頼性の問題が、一層クローズアップされるであろう。EUのRoHS指令の改正で導入予定のCEマーキングなどの根拠としてより重要な位置付けとなることも考えられる。
サプライチェーンにおいて、ものづくりに関わる事業者は、この信頼性の問題にマネジメントで応えるための準備を進めておくことが重要である。まず、組織内において製品含有化学物質の仕組みを構築し、それに基づいて、顧客やサプライヤともコミュニケーションを図り、関係を構築することが望まれる。これは、一朝一夕にできることではない。国内での取り組みをみると、製品含有化学物質情報の授受については、どの事業者も一様に取り組んでいるようであるが、製品含有化学物質のマネジメントとなると、先進企業と未着手の事業者の差は大きい。この差は、製品含有化学物質規制に継続的に対応していく過程で、その確実さや効率に、徐々徐々に、そしていずれ大きく効いてくることになるだろう。これから製品含有化学物質マネジメントに取り組む事業者は、共通化された指針等dを参考に、まず現状を把握し、不十分な部分からでも取り組みを始めることが重要である。
製品含有化学物質規制コンプライアンスに確実かつ効率的に対応しながら、如何にして製品を供給し続けるか、それが製品含有化学物質マネジメントの本質である。
参考資料
- aIMDS、http://www.mdsystem.de/
- bJIG、http://www.db1.co.jp/jeita_eps/green/greenTOP.html
- cJAMP、http://www.jamp-info.com/
- d「製品含有化学物質ガイドライン(第2版)」、2008年3月、アーティクルマネジメント推進協議会・グリーン調達調査共通化協議会共同発行、
http://www.db1.co.jp/jeita_eps/green/greenTOP.html
http://www.jamp-info.co.jp
- *みずほ情報総研株式会社は、同ガイドラインの解説資料として、「製品含有化学物質管理の手引き(第2版)」を発行している。
http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/book/environment/0906_tebiki.html
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