社会動向レポート
―東日本大震災を踏まえて地域づくり分野を振り返る―
低炭素社会への中長期ロードマップの再考
環境・資源エネルギー部
シニアコンサルタント 秋山 浩之
東日本大震災を踏まえて、(1)他地域の被災にも耐え得る、地域でのエネルギーの確保、(2)被害を軽減させる市街地の形成、(3)防災・減災機能とそれに必要なエネルギーの確保といった観点を加えて、温室効果ガス排出量の中長期目標を達成するためのロードマップ(行程表)を進化させることが必要だ。
はじめに
低炭素社会の実現に向けて、環境省は2009年度と2010年度の2年にわたり、温室効果ガス排出量の中長期目標(2020年25%、2050年80%削減)の検討を実施しており、当社は、必要な対策とそのロードマップ(行程表)案(以下「中長期ロードマップ」)の策定に携わってきた。そのうち地域づくりの分野では、将来の人口減・高齢化の進展を見越しながら、大都市や地方都市、中山間地などの地域性を考慮し、自動車に頼らない移動手段の拡大と地域毎に存在する再生可能エネルギー、未利用熱をできる限り活用する地域づくりの姿を描いている。
しかし、ここでは、防災・減災の観点は十分に考慮されていなかった。東日本大震災を受けて、復興に向けた様々な提言・提案が公表されるとともに、地域づくりのあり方に関する価値観の変化が起こっている。それらを踏まえて地域づくりに関するロードマップに付け加える点を考えてみたい。
1.分散型エネルギーの導入
中長期ロードマップでは、再生可能エネルギーや未利用熱を地区・街区単位で最大限導入する対策・施策が示されている。また、6月25日にまとめられた東日本大震災復興構想会議「復興への提言 ~悲惨のなかの希望~」(以下、「復興構想会議提言」)では、「(被災地における)再生可能エネルギー」の導入に加えて、「自立・分散型エネルギーシステム」を地域特性に応じて導入することが提案されている。議論が混乱しないようにここでは、「災害に強い街・エネルギー設備」ではなく、「災害で(他地域が)被害を受けても必要なエネルギーを確保できる街」を考えることにしよう。
一般に、エネルギーの種類と供給ルートを多様化することによって、エネルギーの全面的な供給停止リスクは低下する。中長期ロードマップで取り上げている未利用熱を活用した地域冷暖房(*1)や建物間の熱融通は、自家発電設備等を備えていれば、地域外からのエネルギー供給によらない自立・分散型エネルギーシステムの利点を持つものだ。さらに究極の分散型エネルギーシステムとして、個々の住宅や建築物で太陽光発電と地中熱利用を行うなどエネルギー源を多様化することも可能である。しかし、このような個別建物への自立・分散型エネルギーシステムの導入は冗長性(リダンダンシー)による過剰投資を発生させやすい。経済性を向上させるためには、スケールメリットを活かしてまとまった地区・街区単位で整備することが望ましい。導入時期については、もちろん災害時に重要な施設でのエネルギーの確保を優先的に行うべきだが、それ以外の施設では、建物・設備の更新時期に合わせてエネルギーシステムを再構築することが現実的であろう。
自立・分散型エネルギーシステムのもう一つの利点は、利用者間で需要の調整ができることである。電力網がネットワーク化されたものはスマートグリッドなどと呼ばれ、北九州市が実証事業を行おうとしている「地域節電所」などが代表的な事例である。自立・分散型エネルギーシステムを構築することにより、例えば利用時間帯での調整を「ダイナミック・プライシング」と呼ばれる価格を通じて間接的に行うこともできれば、今回の震災後に国外から賞賛された「譲り合いの精神」、言い換えれば、「シチュエーションに応じた需要者間の合理的な判断」を通じて行うこともできる。さらに、街づくりを進める段階では、病院や避難所、役所のような防災上エネルギー確保が優先される施設と優先度が低い施設、日中の需要が多い施設と夜間の需要が多い施設とを組み合わせた、空間的な調整も考えられよう。
このような発想に立って、平時と非常時の両方を想定したエネルギー確保、需要者間調整に関する合意形成とその仕組みづくりを行うことが重要である。
2.エネルギー利用とその公益性を考慮したシステムの構築
こうした需要側の調整は、エネルギー利用の仕組みについても展開することができる。例えば、中長期ロードマップでは、「成り行き供給(ベストエフォート型)での熱供給の導入」が示されている。成り行き供給とは、事前に定めたエネルギーの供給条件(温度、熱量など)に基づいて供給するのではなく、供給条件に合わなくとも、需要側のニーズがあればその時々で余ったエネルギーを供給するというもので、神戸の六甲アイランド温水供給事業で導入されている。経済産業省が設置する「まちづくりと一体となった熱エネルギーの有効利用に関する研究会」の「中間とりまとめ」(平成23年8月)では、「供給サイドと需要サイドが連携することで最適な熱供給を実現しやすくなるという観点や未利用・再生可能エネルギーを熱利用のために有効活用するという観点から、成り行き供給のような緩やかな熱供給の位置づけについて検討すべき」と、成り行き供給への期待が記されている。
上記経済産業省研究会の名称に使われている「利用」という言葉には、需要・供給といった区分を越えた展開を見出すことができる。公益事業として供給義務を負う現在の熱供給事業に加えて、成り行き供給のような「利用」の観点から構築するエネルギーシステムのバリエーションが用意されてもよい。その一例として、事前の供給条件に基づく供給と事後的な供給とを組み合わせた需要家分類の設定や、需要家側が利用組合を設置し、組合側が供給者に緩やかな供給条件を提示するなどが考えられる。
また、東日本大震災を契機に、地域のエネルギーの利用が地域・利用者の合意に基づいて選択される傾向が強まれば、「公益性」が問われる。その公益性には、低炭素社会の実現のほか、エネルギー利用の安全性・安定供給、災害時のエネルギー確保などから成る多様な組み合わせがありうる。そのとき、公益性は、硬直性ではなく、強靭と柔軟を備えた「しなやかさ」を意味するものと解すべきで、それは、エネルギー設備の信頼性に加えて、平時から醸成される需要家と供給者との信頼関係によって生み出される部分も少なくないと考える。
3.移動・輸送に係るエネルギー消費の低炭素化と災害時のエネルギー確保
次に地域づくり分野で扱った交通・物流についても考えてみよう。
福島第一原子力発電所の被害とそれに伴う原子力政策の転換によって原子力発電の供給能力が回復しない場合、その電力不足を火力発電所によって代替するとCO2排出量は増加する。中長期ロードマップで示した2020年25%、2050年80%削減という目標を達成するためには、この発電部門のCO2排出量の増加を補うため、(1)更なる自動車走行量の削減(そのための公共交通利用促進)、(2)プラグインハイブリッド車、電気自動車の導入を契機とした自動車交通における再生可能エネルギーの利用拡大が必要となる。
こうした低炭素型社会の構築という見方だけではなく、東日本大震災では、幹線道路の損壊による供給ルートの遮断や製油所の停止によって、ガソリン、軽油等の供給不足が発生し、特に被災地内の交通・物流に大きな支障を与えたことから、交通インフラの復旧と併せた移動・輸送用のエネルギー確保の重要性に関する認識が高まった。
首都圏では震災当日「自宅に帰れた人」は80%とされているものの、公共交通の停止から多くの帰宅困難者が発生(*2)した。皮肉にもこのような状況下で、中長期ロードマップで示した「歩いて暮らせるまちづくり」は、「歩いて帰れる住まい探し」という形で必要性が認識された。自動車による移動が基本となる大都市以外の地域では、災害発生後の家族の参集と安全確認のための帰宅は、幹線道路が緊急輸送車両の通行ルートに指定され自動車による通行が制限されることも踏まえて、その地域に応じた方法を考える必要があるだろう。さらに、テレワークやミニオフィスの活用など節電と組み合わせたワークスタイルの転換は、現時点では具体的な削減量を試算しづらい取組であるため中長期ロードマップには位置づけられていないが、その定量的効果が明らかになれば、取組が加速する可能性がある。
また、移動・輸送用のエネルギー確保は、モビリティの電化の進展度でその形が変わるものと考えられる。電化が進んだ段階では、発電所の停止がなければ比較的早い段階で電力が復旧できるほか、住宅などの太陽光発電が普及すれば、電気自動車などの最低限のエネルギーが確保できる。その移行期では、1家に2台以上の自動車を保有する世帯でそのうちの1台を電気自動車とすることや、カーシェアリングやタクシー・バスを組み合わせながら、図表1のような災害時の供給特性を持つエネルギー源を多様化することによって、その時々に最低限必要な移動・輸送手段が確保できないリスクを、エネルギー供給面から低減できる可能性がある。
災害に備えた多様な移動手段の確保のために電気自動車を導入することが、再生可能エネルギーの普及を加速するものであれば、低炭素社会の構築にも合致する。筆者にとっては容易なことではないが、専門家の英知を集めて電気自動車の普及が再生可能エネルギーの導入を加速するものかどうかの判断基準を明確にできれば、低炭素社会と「災害で(他地域が)被害を受けても必要なエネルギーを確保できる街」の双方を追及することは可能と考える。
図表1 エネルギーの災害時の供給特性

4.低炭素社会と災害に強い社会の追及と地域の姿の描き方
地域づくりの中長期ロードマップは、図表2のように地方中心都市を対象に将来の地域のあるべき姿も例示している。低密度に分散した市街地をコンパクトに集約して、公共交通の利便性と中心市街地のにぎわいを高めるとともに、自然エネルギーの導入や水と緑のネットワーク化を行うことによって、快適な生活を送るための空間が創造できることを提案し、対策前後の姿を目に見える形で表現している。
しかし、残念ながら東日本大震災のような未曾有の災害に遭うことを想定して描いたものではなかった。地方中心都市の重要な機能が集まる中心市街地は津波を受ける沿岸部から離れているものの、沿岸部の工場や道路は大きな被害を受け、復旧に要する期間が長引けば、都市機能全体に支障を来す可能性がある。
復興構想会議提言では、この図が当てはまる「海岸平野部」における復興のための施策として、交通インフラを活用した二線堤機能(*3)を充実させることが記されている。それに従えば、海岸沿いの幹線道路や鉄道の一区間をこの二線堤にすることによって、にぎわいのある中心市街地を守ることができるとともに、復旧・復興過程での経済・生活を支える公共交通の機能が確保され、さらに、空地や緑地を応急・復旧対策の拠点に活用することもできるだろう。
中長期ロードマップで描いた地域の姿に、
- (1)他地域の被災にも耐え得る、地域でのエネルギーの確保
- (2)被害を軽減させる市街地の形成
- (3)災害発生後の被害を軽減させるための機能とそれに必要なエネルギー(輸送用燃料も含む)の確保
といった課題を加えて、ロードマップを進化させることが求められている。復興構想会議提言を地方中心都市に当てはめる上記の試みは、あくまで机上のものである。しかし、低炭素社会づくりに向けて描く将来の地域の姿に、こうした新たな課題の解決策を落とし込んでいく作業は、様々な場面で求められるであろう。
また、このように低炭素社会の構築から見た地域の姿を、被害の軽減(減災)という観点を加えて具体化するノウハウの蓄積と、それを支える仕組みの構築が必要とされている。その仕組みとして、都市の将来ビジョンを示すマスタープランにおいて、環境・エネルギーの位置づけに加え災害時のエネルギーや空間整備・活用の位置づけも高めること、そのマスタープランと、災害時の防災対策のマニュアルの性格も持つ地域防災計画などを相互に反映・フィードバックさせることが考えられる。
図表2 対策導入前後の地域の姿

(注)農山漁村地域の将来イメージについては、農山漁村SWGにおいて検討。

(注)農山漁村地域の将来イメージについては、農山漁村SWGにおいて検討。
(出典)中央環境審議会地球環境部会中長期ロードマップ小委員会「中長期の温室効果ガス削減目標を実現するための対策・施策の具体的な姿(中長期ロードマップ)(中間整理)」(平成22年12月)
脚注
- *1さらに、六本木ヒルズは、一般の電力会社からの電力制限の影響を受けることのない発電設備を持ち、テナント等の節電対応を行うことよって、東京電力への電力提供も行った。(森ビル株式会社2011年3月17日プレスリリース「東京電力に六本木ヒルズ発電設備の電力を提供」より)
- *2「地震当日の帰宅状況」は「災害と情報研究会」及び「(株)サーベイリサーチセンター」による「東日本大震災に関する調査(帰宅困難)」、それを含む発災日の帰宅困難者の発生については、国土交通省「平成22年度首都圏整備に関する年次報告」に詳しい。
- *3復興構想会議提言によれば、「二線堤」とは、防潮堤よりも陸側にある防御のための構造物をいう。例えば、道路や鉄道線路を盛土構造にして堤防の役割を果たすものなどである、とされている。
引用・参考文献
- 地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ検討会『地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ(議論のたたき台)』(平成22年3月)
- 中央環境審議会地球環境部会中長期ロードマップ小委員会『中長期の温室効果ガス削減目標を実現するための対策・施策の具体的な姿(中長期ロードマップ)(中間整理)』(平成22年12月)
- 東日本大震災復興構想会議『復興への提言 ~悲惨のなかの希望~』(平成23年6月25日)
- まちづくりと一体となった熱エネルギーの有効利用に関する研究会『まちづくりと一体となった熱エネルギーの有効利用に関する研究会中間とりまとめ』(平成23年8月)
- 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
- レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。


