社会動向レポート
環境配慮型都市開発一考─中国・日本
社会経済コンサルティング部
シニアコンサルタント 藤井康幸
サステナビリティの観点から、日本の経験や状況とも対比しつつ、中国の大都市、特にエコシティ開発を論じた。膨大な流入人口、グローバリゼーションの中で展開される世界の都市史上で類を見ない壮大な実験である。
1.はじめに
中国においては、経済発展、都市人口増大の中で、エコシティ(中国語では生態城)と呼ばれる環境都市が建設中あるいは構想中である。その多くは大都市部の未開発地を対象としている。一つの都市全体を扱ったり、無から新都市を造ったりするものではない。また、シティからは一定の居住機能が想起されるが、発表されたエコシティには、工業系やエネルギー拠点といった性格のものがみうけられる。その意味からは、環境拠点くらいの呼称のほうが正確に実態を示すといえる。
中国の特質はそのスケールの巨大さやスピード感にある。この規模と速さは、都市形成の歴史において、欧米や日本も経験したことのないものである。無論、日本は、1950年代の半ばから1970年代初頭まで20年近くに及んだ高度成長期を経験し、大都市圏の膨張をみた。1992年のいわゆる南巡講和以降に限定しても、中国における高度成長の継続期間は、既に日本のそれに肩を並べ、様々な懸念や課題を抱えつつも、今しばらくは現在の発展が続くものとみられる。
1960年代前後と現在を比べた際に、外部環境が大きく異なっている点は重要である。グローバリゼーション、情報通信をはじめとする技術革新、エネルギー問題、地球環境問題といった点である。
本稿では、サステナビリティ(持続可能性)とその3要素(環境、経済、社会)の観点から、日本の経験や状況とも対比しつつ、中国の大都市、特に進行中のエコシティ開発を論じる。
2.環境
環境は、今日の都市開発に欠かせぬ事項となり、中国のエコシティ開発においても、最も注目度が高いものである。エコシティ自体が、最新の環境技術の適用、都市なりまちとしての統合を実証する場、“環境ショーケース”と化している。
シンガポールの参加を得て進められている天津エコシティ(開発面積約30km2)では、大気質、再生可能エネルギー利用率、GDPあたりのCO2排出、グリーンな交通、ごみ発生量などに亘り、開発を通じて実現すべき全26項目の環境面等の目標が設定されている。あらゆる建築物がグリーン建築物基準を満たすこと、90%以上の交通を公共交通や自転車・徒歩とすること、70%以上の植生を在来種によること、域内就労可能者の50%以上を域内から雇用すること等、高いあるいは従来の着想にはなかった目標設定といえる。もっとも、中国のエネルギー産業界の事情もあってか、再生可能エネルギー利用率目標は20%と、ハンブルクのウォーターフロント再開発のハーフェンシティ(HafeCity、再開発面積157ha)の100%目標といった欧米の先進開発事例における設定水準に比して、決して高い水準とはいえない。
中国のエコシティ開発は、都市開発やインフラ整備に関連する欧米や日本の企業にとっては、まさにビジネスチャンスであり、中国側も自国に足りない技術を積極的に導入しようとしている。企業群では、従来の都市ハードを中心に扱うプレイヤーに加え、ICT系の企業が都市開発の構想全般に参入するというのが新傾向である。
中国では、現在進行する天津、唐山、深圳(シンセン) 、長沙などに加え、将来的には全国100箇所程度のエコシティ開発が建設されるというが、その規模や立地は、既存の都市構造との連続性という点で懸念される。例えば、浜海新区と呼ばれる臨海部にある天津エコシティは、天津市中心部からは約40km離れている。天津の行政区人口は約1,000万人に及ぶが、人口密度は、東京区部の面積の3割程度の中心6区において高く、浜海新区を含むその外側では激減する(図表1)。天津市の北東に隣接する唐山市(人口約720万人)で進行中の曹妃甸エコシティについても状況は同じである。曹妃甸地区は、唐山市中心部から50kmほどの臨海部に位置し、開発面積160km2、開発最終時点の人口は100万人とまさに巨大である(日本の主要なニュータウンは、多摩ニュータウン29km2、30万人、千里ニュータウン12km2、15万人)。
図表1 天津市の地区別の人口

地下鉄は、建設単価も高く、人口と経済の集中する都市らしい公共交通機関といえるが、中国の都市(香港除き)で地下鉄の開通している都市は6都市にすぎず、14都市で現在、地下鉄が建設中である(王鋭(横浜国立大学)氏ブログ「中国での都市鉄道計画一覧」(2010年9月時点)による)。既存市街地から新開発地への公共交通はいかに確保されるのか。
自動車保有台数では、北京が人口千人あたり167台(上海は同64台)と、日本の596台(いずれも2007年データ(住友信託銀行(2010))との開きは大きいが、中国の大都市は早晩、日本の水準に近づいてくるものと思われる。仮に、エコシティ内のグリーン交通は実現できても、都市全体の交通体系はどうなるのであろうか。環境を標榜する開発が、皮肉にもスプロール(都市の無秩序の拡散)になりかねない。
3.経済
中国の経済成長の水準と期間は稀有のものといえる。先進国が安定成長に入り、一時的に高いGDP成長率を達成した新興国があっても長続きせず浮沈があることを鑑みれば、中国の動向は突出している。得られたデータの関係から日本についての比較年を1969年からとしたが、1992年以降の中国の経済成長は、日本の高度成長期のそれを凌駕している(図表2)。
図表2 日本と中国の世界全体に対する実質GDPの推移(日本について1969年を基準年とし1986年まで、中国について1992年を基準年とし2009年まで)

グローバリゼーションの渦中にあるかどうかも、中国の都市の膨張をとらえる大きなキーワード、日本の高度成長期との相違点となる。中国のエコシティを含む今日の世界の大規模開発の多くでは、外国資本の参入とノウハウの導入を得て、展開されている。従来では都市開発は、地域というローカルな閉じられた圏域で、行政と地元の民間企業が協調してなされてきた。日本風にいえば民間活力の活用、洋風ではPPP(パブリックプライベートパートナーシップ)である。さらにそれより前は、偉大な都市プランナーの思想により部分が大きかった。20世紀初頭のシカゴプラン、都市美運動のダニエル・バーナム(Daniel Burnham)や“機能的都市”を謳った1933年のアテネ憲章の中心人物であるル・コルビュジエ(Le Corbusier)などである。
グローバリゼーションは、人、モノ、カネの集中をもたらす。米国、中国、インドなど、国土が広大で主要都市の役割分担がなされている例、さらには伝統的に主要都市分立型のドイツを除いて、第一都市の隆盛と第二都市(群)の相対的な地位低下は日本を含む多くの国で確認される。各国主要都市はこうした情勢にあり、国際競争力を高めることに躍起となっている。そこでは、器としての都市は、よくいえば国際経済に導かれ、悪くいえば振り回されている点はないだろうか。
中国のエコシティ等の大規模開発においては、国家並びに地域行政がより良いまち、魅力があるまち、持続するまちのために思案を巡らせ、市民もそれを考える。無論、都市の開発、運営、維持管理に関わる様々な企業群も、自らの本拠地であるなしにかかわらず、少なくとも一定割合はビジネスベースプラスαの都市づくり・まちづくりに参画する。いずれにしても、MOU(ビジネス上の覚書)をもって、国外資本が大々的に参画する都市開発は新たな試みである。様々な思惑を持つプレイヤーを束ね、できあがったまちをマネジメントしていく主体は誰になるのか、建設中の中国のエコシティでは、この部分がまだ見えない。
日本では、国によって選定された13の都市において「環境モデル都市」が展開されている。ここでは、持続社会を作り上げるのは市民一人ひとりにかかるところが大きいとの認識のもと、市民の参画や市民意識の啓発が重視されている。特異な政治体制の国であり、中国のエコシティ開発に、市民の視点は少ないものと思われる。
4.社会
中国を含むアジアについては人口が非常に多いものの、未だ都市人口割合は低い水準にある。現在、中国の大都市では急速な都市への人口移動が進行している。経済成長同様に、日本の高度成長期と比較した際にも、中国の都市人口割合の増加のスピードは日本の高度成長期のそれを上回るものであることが確認できる(図表3)。
図表3 日本と中国の都市人口割合(日本について1960年を基準年とし1973年まで、中国について1992年を基準年とし2005年まで)

今後、2025年までに中国の都市人口が2.5億人増えるとし(McKinsey Global Institute (2009))、100箇所のエコシティが各30万人の人口規模で建設されるとしても、そこで収容できる人口は、増加都市人口の1割強にすぎない。エコシティの居住者には当然に、近辺からの転居者が一定数見込まれる点を考慮すれば、エコシティによる実質的な収容割合はもっと低いものとなろう。
中国の大都市の住宅価格は高騰を続け、上海や北京では、住宅平均価格は、世帯あたり年間可処分所得の20~30倍にも達しているという(日本銀行(2010))。世帯あたり年間可処分所得はおそらく平均値を意味するであろうから、中央値で統計をとれば、20~30倍という数字はさらに大きくなると思われる。富める者がいっそう富み、そうでない者がなかなか社会的階段を登れないというのがグローバリゼーションのもたらす負の一面である。中国では都市内、都市対農村ともにジニ係数は拡大基調にある。
こうした状況下にあり、エコシティ開発は、中国政府当局が政策課題の一つとして掲げる「農村労働力の都市部への秩序ある流動の促進」に一役を買えるのであろうか。例えば、天津エコシティでは、20%の住宅をアフォーダブル住宅(低中庸所得者向け住宅)とすることが盛り込まれているが、これはいかに実現されるのであろうか。ピカピカの環境配慮型住宅に住まう人と、密集した既存市街地に地方部から流入する人は、いかに選定され、差別感なく事が運ぶのであろうか。
日本の高度成長期においては、団地というそれまでになかった集住空間といわゆる木賃住宅が、地方部から大都市に流入した労働力の受け皿となった。高齢化や防災上の課題を抱えつつも、大都市においても、それなりのコミュニティが形成され、現在に至っているというのは身贔屓であろうか。
5.まとめ
ジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)は、連邦政府等の行政が主導したスラムクリアランス型都市整備全盛の時代に著した名著『アメリカ大都市の死と生』において、都市においては、小さな単位で用途を混合させ、所得や世帯構成においても様々な人が住まうべきとする趣旨のことを説いた。まだサステナビリティの概念がなかった確立されていなかった時代において、言わんとしていることはまさに持続する都市社会である。
都市学者が好んで用いる用語に“indigenous(生来の)”というものがある。都市は時間をかけて成熟するものであり、そこにしかない固有のものであることが理想である。悠久の歴史を誇る中国の都市の“型”とは何だろうか。まちの写真を撮って、中国か日本か西洋か、どこの都市かわからぬようでは型とはいえない。膨大な流入人口、グローバリゼーションの中で展開される大都市やその一部としてのエコシティの整備開発は世界の都市史上で類を見ない壮大な実験である。
中国もいよいよ、2033年頃に人口は15億人でピークとなるとされる(中国国家人口計画出産委員会、2009年)。その点からは、将来的な高齢化、世帯構造の変化、都市内の部分的な縮退(シュリンケージ)も織り込んだ都市計画・開発が展開されることが望ましい。既に人口減少高齢社会に入った日本の取組が、中国をはじめとする諸外国から参照される先例となっていくべきである。
参考文献
日経ビジネス(2010)「特集スマートシティ」2010年9月6日号
住友信託銀行(2010)「経済の動き~中国自動車市場の現状と展望」住友信託銀行調査月報2010年2月号
McKinsey Global Institute(2009)Preparing China’s Urban Billion
日本銀行(2010)「最近における中国の不動産価格の上昇について」日銀レビュー2010年3月
Jane Jacobs(1961)The Death and Life of Great American Cities, Random House
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