社会動向レポート
壊滅的複合災害における危機管理の課題
環境・資源エネルギー部 シニアコンサルタント多田浩之
本年3月11日の東日本大震災は、先進国で起きた壊滅的な複合災害であり、政府の応急対応については大きな混乱が見られた。これを踏まえて、壊滅的あるいは複合災害における我が国の危機管理の課題について論じる。
はじめに
本年3月11日に、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生し、東北および関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害(2011 年8月21日現在、死者15,719人、重軽傷者5,718人、行方不明者約4,616人)をもたらし、全世界に大きな衝撃を与えた。この災害では、震災直後の政府の救援・救助活動が遅れ、被災者支援も発災後1ヶ月経過してもなかなか進まなかったこともあり、政府の応急対応の混乱が大きくクローズアップされている。
以上を踏まえ、本稿では、今回明らかになった壊滅的あるいは複合災害における我が国の危機管理の課題の一端について述べる。
1.東日本大震災の特徴
筆者は、20 年近く原子力発電所の安全解析評価や原子力防災業務に携り、その後、危機管理・非常時情報通信分野での研究開発やコンサルティング業務に取り組んできた。すでに、各方面でこの災害の特徴についていろいろと議論されているが、筆者としては、危機管理と災害の社会的インパクトの観点から、東日本大震災の最大の特徴として、以下のような点を挙げることができると考えている。
- 大規模な複合災害(地震・津波災害、原子力発電所事故災害)であったこと。
- 今回の地震・津波災害は、先進国で発生した、1000年に1回程度起きるような規模のまれに見る壊滅的災害であったこと。しかも、この災害が、広域の居住エリアを壊滅させ、社会・生活・産業インフラに甚大な被害を与えたこと。
- 商用原子力発電所の安全性について、国際的にも高い評価を受けていた原子力先進国で、炉心溶融および放射性物質の放出を伴うシビアアクシデント(*1)が発生し、世界の人々に心理的にも大きなショックを与えたこと。しかも、複数の原子炉で同時に炉心損傷・溶融が起き、大量の放射性物質が放出され、発電所周辺の住民の健康や環境に対しても影響を及ぼす可能性のあることが指摘されていること。
2.東日本大震災における政府の危機管理の問題点
東日本大震災における政府の対応については、地震・津波災害と原子力事故への応急対応(救助・救援活動を含む)および放射線防護対策(屋内退避・避難区域の設定、食品の出荷制限、立ち入り制限区域の設定、土地利用禁止区域の設定等)に関する意思決定が遅れるという問題があった。また、政府として、被災地住民および国民にとって必要な情報を、タイムリーかつ適確に提供することができなかった。この意味で、東日本大震災は、広域の壊滅的災害および複合災害における国の危機管理のあり方について、考えさせるきっかけとなったということができる。
以上の観点から、今後、政府が特に検討していく必要があると考えられる課題として、「非常時情報通信」および「クラシイス・コミュニケーション」が挙げられる。
(1)非常時情報通信に関する課題
今回のような広域にわたる大規模複合災害の場合には、減災の観点から、一層、迅速かつ効果的な応急対応(防護対策を含む)が求められる。重要なことは、被災状況の全体像について迅速に把握し、適格に状況判断を行い、各方面の応急対応機関(消防、緊急医療、警察、赤十字、自衛隊等)間の共同による救援・救助体制を確立することである。それによってはじめて、有効な応急対応を行うことが可能になる。
(2) クラシイス・コミュニケーションに関する課題
一方、緊急時における被災地住民および国民への情報提供(クライシス・コミュニケーションと呼ぶ)に関しては、今回の災害の場合、政府の公衆およびメディアに対する情報提供や情報伝達が一元化されていなかったという問題がある。また、必ずしも防災・危機管理のプロではない政府高官が前面に立って、公衆およびメディアに対して応急対応や防護対策について説明するようなケースが目立った。
一方、米国では、日本の場合とは異なり、クライシス・コミュニケーションの仕組みは一元化されている。地方・州政府が対応できないような大規模災害や複雑な災害が起きた場合には、被災現地で、たとえば、連邦緊急事態管理庁(FEMA)や関連する省庁・連邦機関、地方・州政府の危機管理機関等による「合同指揮(Unified Command:以下UC)」を立ち上げ、UCの下に公衆への情報提供に係るすべての活動を調整する「合同情報センター(JointInformation Center:以下JIC)」(メディアに対する情報提供・伝達の拠点)を設置する。そして、コミュニケーションに熟達した専門の情報官が、当該センターから、クラシイス・コミュニケーション(災害の状況に関する公衆への情報提供、災害防護対策に関する公衆への指示等を含む)や広報を行う手順となっている。
今回のような複合災害の場合には、クラシイス・コミュニケーションに関してより高度の技術が必要になるため、前出のJICの考え方を参考にすることが有益と思われる。
図表1 政府の東日本大震災への応急対応における非常時情報通信の課題と改善事項(例)
<参考>
UCは、非常時指揮システム(Incident Command System:以下ICS)における基本的な指揮形態の一つである(ICSのもう一つの代表的な指揮形態には、単一指揮(Single Command)がある)。図表2に、ICSの基本的な組織構造を示す。ICSは、応急対応における明確な任務の設定、通信システムの統一、指揮命令系統の統一、用語の共通化、組織機能の標準化等を行うことで、互いに異なる複数の組織・機関が持つ人員・資源を一つの標準的な組織構造に統合し、緊急事態に対して迅速かつ効果的に対応するためのフレームワークであり、30 年以上にわたり、米国などで多くの危機管理・応急対応機関により使用されてきた。ICSは、緊急事態の現 場で、連携する組織・機関が、相互に自らの法的権限を損なわずに、緊急事態の複雑さや事態対処に必要な資源等に応じて、統合的な組織機能・構造を設定することを可能にするものであり、その内部組織の構造化において、非常に高い柔軟性を備えている。
「単一指揮」は、単一の行政管轄体(地方政府)内で緊急事態が発生し、単一の当局・機関(たとえば、市の消防部局)が当該緊急事態への対処の権限を持つ場合に、その当局・機関により非常時指揮(Incident Command:IC)が設定される。一方、UCにおいては、UCに組み込まれる緊急事態対処の権限を持つ当局・機関が、おのおの代表者(非常時指揮官)を指名し、彼らの合同指揮により、一つの管理構造の中で必要な役割を果たすことが求められる。
図表2 ICSの基本的な組織構造(FEMA資料を基に、みずほ情報総研作成)
3.災害教訓の分析・整理の必要性
2005年夏に米国のメキシコ湾岸地域を襲ったハリケーン・カトリーナ災害は、先進国の都市部で起きた壊滅的な災害として世界に大きな衝撃を与えた。ハリケーンの直撃を受け被災した地域の範囲は英国とほぼ同じ面積の23 万平方キロメートルに及び、死者1,500名以上、被災家屋(再居住不可)30 万戸という、広域かつ壊滅的な災害となった。特に、ルイジアナ州南部に位置するニューオーリンズ市では、堤防が決壊して市の80%が冠水し、50万人もの市民が住居を失う大惨事となった。
この災害においては、連邦政府の応急対応が遅れたことが大きな問題となり、連邦政府は各方面から非難を受けた。これを受けて、米国連邦下院と上院が、それぞれ独自に当該災害に関する調査(公聴会を含む)を行い、各々数百ページ以上にわたる調査報告書を作成・公表した。ホワイトハウスは、当該災害における連邦政府の対応の遅れに関する責任を認め、今後の連邦政府の応急対応を改善させる一環として、2006年2月に本災害の教訓を分析・整理した報告書(The Federal Response to Hurricane Katrina:Lessons Learned(連邦政府のハリケーン・カトリーナ災害への応急対応に関する教訓))を公表した。
東日本大震災については、未だ、福島第一原子力発電所事故の収束に向けた作業が進められている段階である。しかし、政府として、前述した応急対応の問題点等を踏まえ、壊滅的複合災害における危機管理・非常時情報通信の課題を解決していくためにも、東日本大震災の教訓について分析・整理していくことが重要になると思われる。
脚注
- *1今回起きた福島第一原子力発電所事故のレベルは、国際原子力機関(IAEA)と経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)により設定された原子力事故・故障の評価の尺度(国際原子力事象評価尺度(INES)と呼ぶ)で、レベル7に相当する。INESはレベル0からレベル7までの8段階で評価されるが、レベル7は最も厳しい「深刻な事故」と定義されており、今回の原子力発電所事故は、1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と同じレベルとして扱われている。
引用・参考文献
- FEMA
- 多田浩之「ハリケーン・カトリーナ災害に学ぶ事業継続マネジメント」
- The White House, “The Federal Response to Hurricane Katrina:Lessons Learned,”February 2006.
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