ビジネス最前線レポート
震災発生後の企業行動と市場における評価
ビジネスコンサルティング部チーフコンサルタント
小具 龍史
震災発生後の対応により、生活者から高く評価された企業は、資本市場においてどのような評価を受けたのか。本稿では、震災発生後における企業行動と市場評価との関係について、分析・考察を行う。また同時に、高評価企業の要件についても検討を行いたい。
1. はじめに
2011年3月11日午後2時46分、東日本を中心とする大震災が発生した。その後二次的に発生した津波により、東北の太平洋沿岸を中心とする多くの都市や地域が被災し、甚大な被害を被る結果となった。これを受けて、政府や全国の自治体、企業による様々な支援活動が始まった。図表1は、今回の震災に対して迅速に対応し、かつ行動が評価された企業とその主要な取り組みについてまとめたものである。
ソフトバンク株式会社(以降ソフトバンク)は、企業名義で10億円を寄付し、孫正義社長が震災孤児への勉学支援を目的として、個人で100億円を寄付したほか、その他の活動として「自然エネルギー財団」などの復興支援目的の財団設立計画を表明して大きな反響を呼んだ。ユニクロは自社製品である衣料などの物資の提供に加え、ソフトバンクと同様に、企業としては4億円、柳井正会長兼社長が個人で10億円を寄付するなどの支援活動を実施した。サントリーは、義援金3億円の拠出決定や同社商品を100万本提供することを決定した。また同社はテレビCMで、各界の有名人(有識者・俳優ら)を起用し、坂本九のヒット曲「上を向いて歩こう」を歌い繋ぐ形で、復興を呼びかけるインパクトのあるコミュニケーションを行ったことなどが記憶に新しい。宅配便大手のヤマト運輸は、同業社に先駆けて、被災地を含む輸送ルートを震災後短期間で復旧させた迅速な対応や社員の自発的な行動が起点となった、被災者へ救援物資を運ぶ「救援物資輸送協力隊」などを立上げて支援活動を行った。大手コンビニエンスストアのローソンも同様に、比較的早い段階で、救援物資支援および義援金(ポイント利用による募金を含む)の寄贈を実施するなどの活動を行っている。
上記の一連の企業行動に共通するキーワードは、“組織としての迅速な対応”である。通常、企業がこれほどの規模で投資を行うためには、組織内で検討する内容が多く、多大な時間とコストを生じることになり、意思決定は鈍化しがちになる。しかしながら、上記の企業では、迅速なトップの意思決定および社員による行動が、躊躇することなく自発的に実行されているという点が特徴的である。
図表1
2.資本市場における企業行動への評価
企業行動が最終的に評価される資本市場(株式市場)において、震災後の支援活動に対応した上記企業の行動は、どのように評価されたのか。この効果を検証するために、市場の評価を表す最もオーソドックスな指標である株価を基に、イベントスタディ法(1)を用いた定量的な分析を行った。図表2は、ソフトバンクのイベントスタディ結果である。
日経BPコンサルティングの調査にて、想起度が第1位となったソフトバンクでは、前記の支援内容についてアナウンスしたイベント日((1)3月14日と(2)4月3日であり、特に(2)のイベント)を境に、同社のCAR(CumulativeAbnormalReturn:累積異常収益率)が上昇するという動きが見られる。通常CARの上昇は、当該企業のイベントに反応した市場の評価を表すため、このような結果は、市場がソフトバンクの行動を評価したことの証左であると解釈できよう。
また図表3は、先般の調査で高くランキングされた上位4社(ソフトバンク・ユニクロ・ヤマト運輸・ローソン(2))のACAR(AveragedCumulativeAbnormalReturn:平均累積異常収益率)(3)の推移を示したものである。各社共に、イベント後の2営業日目(t+2)から上昇を始め、18営業日目(t+18)にはピークを迎えている。ソフトバンクのケースと同様に、各社のイベント日からのACARは2営業日目から上昇トレンドを描き、この日以降、特に大幅な落ち込みなどの特異な傾向は見られない。
このような結果を見ても、各社の企業行動(イベント)が、市場でポジティブに評価されている結果であると解釈することができよう。
図表2
図表3
3.企業行動を生み出す知的資本
今回、当該の企業が、組織として自発的にかつ迅速な企業行動を行うに至った背景を論じるには、その企業内部に蓄積されている多くの経営資源の存在について触れておく必要があるだろう。
前述の企業行動のケースから見られるように、これらの高評価企業では、経営者(トップ・マネジメント)の迅速な意思決定能力や社員の自律的な行動力といった、人の能力に依存する人的資本が厚く、これらが構造資本(例えば、企業理念やビジョンなどの経営者の考え方や皆で大切にすべき価値、個人や組織に付いたスキルやノウハウ、対応ケースが形になった説明書やマニュアル類等)として組織内で形式化され、上記資本を活用して事業活動を行い、顧客や供給業者に蓄積される資源である関係資本(まさに今回の高評価のようなブランド、評判、暖簾等)の獲得がなされているという点に共通点が見出される。
これらの資源は、いずれも容易には可視化できない、その企業だけが持つ固有の見えざる資源(=知的資本)であることに他ならない。図表4は、一般的な見えざる資源(=知的資本)の構造を示したものである。人的資本とは、顧客との問題を解決するための従業員、契約者、下請企業、その他関連企業の人々が持つ能力の集合体のことを指す(4)。ちなみに能力とは、総合的な経験や技能、一般的なノウハウなどが該当する。これらの成文化されていない、企業のすべての人間に共有されていない状態にあるものが人的資本であり、すべての人間に共有されているもしくは共有された知識が構造資本になると考えられている。つまり成文化されるまでは、これらの資源は、ある人の頭の中にある人的資本にすぎず、成文化された知識になった段階で初めて構造資本となる。組織資本の中には法律で保護されるものもあり、特許、商標権、著作権、企業秘密といったものがこれに該当し、いわゆる知的財産として位置付く。各資本には関係があり、人的資本は、いわば企業における経営者や従業員に付帯するもの(経営者の意思決定に係る能力や従業員のスキル・ノウハウなど)である。このため、これを活用することで、構造資本が組織的な資本として転化し、さらにはブランドや企業としての評判といった、関係資本が創造されるという因果的な構造があると考えられている。
Sullivan(2000)は「人的資本により作られたイノベーションを知的資産に転換して、知識活用型企業がそれに対する所有権を主張できる形にしていくことで利益につなげる」と捉えている。また船橋(2009)は、知的資本の最も深層にあるものが人的資本であり、「人的資本が組織(構造)資本を形成し、それが関係資本に転化し、会社の業績として発現する」と主張するように、先行研究では、人的資本から構造資本に転化し、構造資本は関係資本へと転化するという、知的資本の転化構造の理論的な枠組みが提示されている(5)。高評価企業における行動は、これらの資本の転化が上手く機能した結果の産物であると考えられよう。
図表4
4.知的資本の創造とマネジメントの重要性
知的資本という概念は元来、見えざる資源を企業の競争力の源泉である経営資源として捉えた資源ベース理論から派生した考え方である(Penrose,1958;Barney,1991)。このため、企業が持続的に成長していくためには、自社が持つ見えざる資源である知的資本の源泉、あるいは既に蓄積されている知的資本を発見・抽出し、管理していく活動が重要となる。
企業が事業活動を行う中で、これらの見えない資源を明確に測定し、評価するということは非常に難しい。しかしながら、このような知的資本を抽出する過程をあらためて経ることで、これまで組織内で明確に把握されてこなかった競争優位となるような、自社の強みが発掘される可能性がある。また現在強みとなっている知的資本が、これまでの事業活動でどのように活用されてきたのかということを検討することにより、その保有状況に加え、活用状況の認識も可能となるため、自社にとって非常に有用な活動となる。
以上本稿では、有事における企業行動と市場評価との関係について分析・考察してきたが、今回明らかになった点としては、経営者や従業員らの能力的な資源(人的資本)が起点となる迅速かつ自発的な企業行動は、市場での企業の評価を高めることに繋がるということである。また同時に、市場はこれらの企業行動を常に監視しており、特に公開企業は、その行動の全てが市場の評価(株価)へと反映されて、企業の価値が決定することになる。
人的資本・構造資本・関係資本がなければ、組織行動には繋がらない。このため、企業は常に自社に蓄積される知的資本の発見・抽出を行い、これを組み合わせて事業活動を推進していくことが重要となる。上記が継続的に実践されている企業こそが、有事の際にも「組織として迅速な行動がとれる企業」であり、また高評価企業を定義付ける要件となるのではなかろうか。
注釈
- 株価に影響を与える可能性のある情報が発生した時点で、株価が変化する可能性があるか否かを検証するための手法である。この結果により、当該のイベント(発表情報・行動)が、企業の価値にどのような影響を及ぼすものであったかということが明らかになる。なお今回の算出に際して、マーケット・インデックスは日経平均株価の日次終値を用いており、各社の株価データはYahoo!ファイナンスのホームページより取得した日次終値を用いている。
イベントスタディのプロセスおよび各段階の算出式は、以下の通りである。- (1)通常の株式リターン特定のため、この分野で多く援用されるCampbell,J.Y.,LoA.W.andMackinlay,A.C.(1997)のマーケットモデルを用いて、最小二乗法(OLS)により算出する。

(Rit:対象企業の株価収益率、RMt:マーケット・インデックスの収益率、αi及びβi:パラメータ、vit:誤差項) - (2)実際およびマーケットモデルによる株式リターンの差異である異常超過収益率を算出する。

(ARit:対象企業の異常超過収益率、Rit:対象企業の実際の株価収益率、RMt:マーケット・インデックスの収益率、αi及びβi:パラメータ) - (3)各社、震災支援行動がアナウンスされた日(イベント日)の前後20日間のCARを算出する。なお本稿では、イベント日の120営業日前から21営業日前までの100営業日を推定期間(EstimationWindow)としており、イベント日の前後20営業日をイベント期間(EventWindow)としている。

- (1)通常の株式リターン特定のため、この分野で多く援用されるCampbell,J.Y.,LoA.W.andMackinlay,A.C.(1997)のマーケットモデルを用いて、最小二乗法(OLS)により算出する。
- ヤマト運輸については、ヤマトホールディングスの株価を使用している。なおサントリーは未上場会社であり株価が存在しないため、本分析からは除外している。
- ACARとは平均累積異常収益率のことであり、算出式は以下の通りである。
- Sullivan(2000),P241.
- 前掲4.船橋(2009),pp.46-47.
参考文献
- Barney,J.B.(1991),"Firm resources and sustained competitive advantage."Journal of Management,17:pp.99-120.
- Campbell,J.Y.,LoA.W.and Mackinlay,A.C(.1997),The Econometrics of Financial Markets, PrincetonUniversity Press.
- Penrose,E.T.(1958),The theory of growth of the firm,NewYork:Willey(末松玄六訳『会社成長の理論』ダイヤモンド社,1980)
- Sullivan,P.H.(2000),Value-Driven Intellectual Capital:How to Convert Intangible Corporate Assets into Market Value,John Wiley&Sons(森田松太郎監修『知的経営の真髄―知的資本を市場価値に転換させる手法』東洋経済新報社,2002)
- 日経BPコンサルティング(2011),「企業名想起調査」(4月度)
- 船橋 仁(2009),『知的資本経営のすすめ』生産性出版
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