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技術動向レポート
―「less negative な化学」から「more positive な化学」へ―

グリーン・ケミストリーと化学産業の競争力強化(3/3)

環境エネルギー第1部 コンサルタント 吉田 郁哉

4. グリーン化学の視点で考える研究開発戦略(続き)

(2)省エネルギー・CO2排出削減を実現する分離プロセス

現在、わが国の化学製品の主たる原料であるナフサからのオレフィン製造には蒸留塔を利用した蒸留・分離プロセスを用いている。しかし、これは非常に高いエネルギー消費を伴っており、化学工業のエネルギー消費の1/3を占めるとも言われている。蒸留・分離プロセスは、ボイラーによる原料の加熱による回収、コンデンサーによる濃縮を経て一次原料への分離が実現するわけだが、ボイラーによって加熱された熱は外に排出し、コンデンサーによって濃縮・還流させている。これについて、既に国内化学メーカーにおいては、熱損失の低減、過剰蒸気・水素・動力の低減、排熱利用などあらゆる省エネ対策を行っており、その結果世界的にも高いレベルのエネルギー消費削減を達成している。

しかし、これはいわば“スープを一度高温にしてから、冷まして飲む”ようなエネルギー消費のプロセスである。既に省エネルギー化を可能な限り追求しているところではあるが、その原理まで遡って改善を図ることで、大幅にエネルギー消費を削減できる可能性がある。

[1]蒸留・分離プロセスの省エネルギー化

蒸留・分離プロセスにおけるエネルギー消費を削減するため、様々な研究開発が行われている。まず回収部・濃縮部を物理的にうまく接触させ、濃縮部での凝縮熱を回収部の蒸発熱に利用したのがHiDIC(内部熱交換型蒸留プロセス)である(図表9左図)。これにより従来の蒸留塔よりも約60%のエネルギー削減(C5炭化水素留分分離時)が実現可能となった(NEDO,2006年)。さらに将来においては、抜本的にエネルギー消費を減らす分離プロセスが実現できないかが検討されている。その1つは、エクセルギー(保有するエネルギーのうち仕事量として取り出せるエネルギー)再生の原理に基づき、僅かなエネルギー(電力)の投入のみによる究極の省エネ型蒸留・分離プロセスを実現するものである(図表9右図)。またもう1つは、分離プロセスそのものを膜などの常温プロセスを行うことによって置き換えてしまうという方法である。これらの方法によって、蒸留・分離プロセスのエネルギー消費量を従来のものの最大数パーセントまで削減することが期待されている。

現在わが国のエチレンプラントは供給過多であり、今後これらのプラントを省エネ型に更新していくことは困難であるものと思われる。しかし、例えば発展途上国において新規のプラントを建設する際に省エネ型蒸留塔を採用すれば、先進国が経てきた道筋を一気に“ ジャンプ”し、極めて低い消費エネルギーで化学品を製造することも可能となるだろう。

図表9 省エネ型蒸留塔の例
図表9
(資料)左写真:写真は丸善石油化学千葉工場に設置された木村化工機製のパイロットプラント
http://www.nedo.go.jp/hyoukabu/jyoushi_2012/kcpc/index.html
右写真:新日鉄エンジニアリング北九州環境技術センター内に設置された自己熱再生型蒸留塔実証装置、東京大学 生産技術研究所エネルギー工学連携研究センター甘蔗寂樹准教授、新日鉄住金エンジニアリング提供


[2]マイクロリアクタープロセス

マイクロリアクタープロセスは、高度に制御された微小な経路からなる反応器内(図表10)で行う化学反応プロセスのことであり、従来のバッチ反応の問題点(爆発可能性、廃棄物排出、高エネルギー、少量生産対応)を全く異なる構造の反応器に置き換えることによって一気に“ジャンプ”して解決するプロセスである。大量生産への適用はなかなか難しいところであり現在パイロットプラントレベルの生産実績しかないが、製品の製造プロセスにおける省資源性を表す指標であるEファクター(=副生成物(廃棄物量)/目的生成物)が大きいファインケミカル製品(医薬品、有機電子材料など)の製造には有効である。

図表10 マイクロリアクターの例
図表10


[3]触媒開発(共通技術課題)

各技術開発にとって極めて重要な役割を担っているのが触媒である。触媒の開発についても、均一系触媒(溶液に溶かして利用する触媒)から繰り返し利用に長けた不均一系触媒(反応物(通常は気体または液体)と触媒(通常は固体)の状態が異なるもの)、さらには触媒材料としてもレアメタルなど希少な材料ではなく、鉄などのありふれた材料、有機分子材料、カーボンナノチューブ・ナノ粒子など高度なナノテクノロジーを用いた材料を用いた触媒の開発、また生体機能を利用した触媒材料の開発へとその範囲は広がっていることにも留意したい。

以上、化学産業における重要な技術テーマをいくつか挙げたが、この他にも重要な技術テーマはまだまだ沢山ある。特に今回取り上げなかったが、ファインケミカルの分野は今後高い成長が期待されており、その領域は医薬・バイオテクノロジー、ナノテクノロジー・電子材料、水・食品、蓄電池や燃料電池を含むエネルギー関連など枚挙はいとまがない。さらに、従来他の素材産業が担ってきたような材料(例として自動車鋼板、建築物、紙など)への化学材料の進出という基軸も考えられうるだろう。

ただし一方で、どの領域においても安易に“ジャンプ”が達成できるわけではない点にも十分に留意したい。

例えば化石資源について言えば、化学品の主たる原料でもある石油の有用性は、そのエネルギー密度、運搬手段、コストにおいて最も優れた資源であることは多くの人が認めるところではないだろうか。筆者は東日本大震災後に、東北地方の石油流通の実態調査に携わる機会があったが、ここでも改めてガソリンなどの石油燃料の有用性を実感した。これが他の資源に取って代わることは簡単に成し遂げられるものではない。再生可能エネルギーにしても、石油に比べ何万倍にも“薄く、広く”分散している資源であり、これを石油に代わるものとするには膨大な研究開発やインフラへの投資と長い年月が必要となる。さらに、化石燃料の欠点である温暖化ガス排出やエネルギーセキュリティといった問題が、例えば二酸化炭素回収貯留(CCS)のコストや、未利用の化石由来資源(低品位資源やメタンハイドレード等)の採掘コストの劇的な削減により解決する可能性も否定できない。これらは当然、化学品の原料調達にも影響を与えるため、これらの動向によっては、不要な技術テーマが出てくることも考えられる点には十分に留意したい。

また、技術の社会普及は一度始まるとそのスピードが急に高まることは、E.M.ロジャース教授(アメリカ)によって提唱された“イノベーション・カーブ”としてよく知られている現象である。行政には、これに対する的確な支援が求められる。例えば、ある技術について財政や規制、調達などの行政の資金援助が普及のタイミングに対し早すぎると、普及のためのコスト削減やインフラ整備に至る前に資金が途絶えてしまう可能性がある。逆に遅すぎると事業化に至るまでの資金が足りなくなる可能性がある。的確なタイミングでの行政支援は極めて重要なポイントとなる。

5. 結び

ところで、ハーバー、ボッシュが現代に生きていたら、どのような研究開発にチャレンジしているだろうか。ハーバーは後に海中に溶解している金を取りだす研究開発を試み、失敗したと伝えられている。ボッシュは窒素固定化技術をさらに応用し合成ガソリンを開発した。このような彼らの発想からすると、恐らく社会に大きな変革をもたらすような研究開発に携わっていることは間違いなさそうである。例えば高温高圧のハーバー・ボッシュ法を常温常圧で実現する技術開発、あるいは大気から窒素を固定したことと同様のことをCO2についても行う技術開発などが考えられる。しかしいずれにせよ、現代においては “グリーン・ケミストリー”に携わっているのではないだろうか。

ハーバー、ボッシュの時代は、重厚長大産業の時代の入口であり、化学産業に求められていたのは人々の生活に便利な製品をいかに安く大量に作るかということだった。いま、特に先進諸国において化学産業に求められているのは、このような20世紀型の大量生産・大量消費・大量廃棄社会の製品開発ではなく、21世紀型の低環境負荷・持続型社会への転換期を支える製品開発なのである。

一方、現在のわが国の化学工業は輸送用機械機器に次ぐ出荷額を誇る基幹産業であるととともに(6)、輸出産業としての地位も築きつつある。しかし世界に目を向けると、出荷額こそ世界で第3位を誇るものの(7)、輸出額では第7位であり、出荷額に占める輸出額の割合は、近年は増加傾向にあるものの、国際競争力のある米国やドイツの割合(14%程度)よりもまだ低い(10%)(8)。また世界の主要化学メーカーの売上高ランキングを見ると、2000年代前半にはかつてランキングを占有していた欧米勢に対して日本の大手化学メーカーが追い上げたが、近年は中国Sinopec社やサウジアラビアSABIC社等の化学メーカーが汎用化学品におけるシェアを伸ばし上位に食い込んできている(9)。すなわちわが国の化学メーカーは、“欧米勢にやっと追い付きつつあったのに、すぐに中国やサウジアラビアに追い上げられている”という極めて厳しい状況なのである。

このような厳しい事業環境ではあるが、ノーベル化学賞の日本人受賞者が相次いでいるように(10)、新たな製品を生み出す国内化学分野の研究開発の土壌は着実に育っている。また日本化学会などがまとめた「30年後の化学の夢ロードマップ」をみても、将来の化学による夢を実現するうえでわが国の化学産業が得意とする領域は沢山ある。

筆者自身、過去に多くの化学産業に携わる皆さんにお会いする機会をいただくなかで、様々な夢を語っていただいた。今後も皆さんとの一期一会を大切にしながらこの産業の発展に貢献していきたい。

謝辞
本稿の執筆に際し、東京理科大学科学技術交流センターコーディネーター 牛窪孝氏、山形大学大学院理工学研究科 物質化学工学専攻 松田圭悟准教授、みずほ銀行産業調査部 山岡研一氏、相浜豊氏、松本阿希子氏より多くの貴重なご意見、ご指摘をいただいたことに深く感謝申し上げます。

また、自己熱再生型蒸留塔の写真をご提供いただいた東京大学生産技術研究所エネルギー工学連携研究センター甘蔗寂樹准教授、新日鉄住金エンジニアリング様、マイクロリアクターの写真をご提供いただいた京都大学大学院 前一廣教授、牧泰輔准教授、図表3の「化学産業の時代」引用に際し、掲載のご快諾及びデータのご提供をいただいた一橋大学 橘川武郎教授、成城大学 平野創准教授に深く感謝申し上げます。

脚注

  1. (1)米国EPAホームページ「Green Chemistry
  2. (2)米デュポン社によると、過去200年における同社の製品サイクルは「火薬」「化学、エネルギー」「化学、生物などにおける知的集約型ソリューション」と移っており、これは同社の技術指針によって成功した。
    http://pubs.acs.org/subscribe/archive/ci/30/i09/ html/miller.html
  3. (3)東京工業大学資源化学研究所ホームページ「バイオマスリファイナリーの全触媒化を目指して
  4. (4)経済産業省プレスリリース「人工光合成プロジェクトを開始します~「人工光合成化学プロセス技術研究組合」の発足~」
    (PDF/143KB)PDF
  5. (5)内閣府ホームページ「日本のナノテクノロジー・材料分野ロングインタビュー」によると、当時大学院生だった藤嶋氏は、酸化チタンに光を当てることで水から酸素(及び水素)を得る光合成プロセスを実験室で実現した。
  6. (6)経済産業省「平成24年経済センサス-活動調査(製造業に関する速報)結果の概要」(2013年)によると、国内製造業出荷額は第1位:輸送用機械機器(54兆円)、第2位:化学工業(26兆円)、第3位:食料品(24兆円)。
    (PDF/1,167KB)PDF
  7. (7)日本化学工業協会「グラフで見る化学工業2012」(2012年)によると、世界における出荷額は第1位:中国(9,034億ドル)、第2位:米国(7,200億ドル)、第3位:日本(3,382億ドル)。データは米国化学工業協会。
    (PDF/2,659KB)PDF
  8. (8)総務省統計局「世界の統計2013」(2013年)によると、主要国の化学製品の輸出額が多い国は第1位:米国(2,070億ドル、14.0%)、第2位:ドイツ(2,133億ドル、14.4%)、第3位:ベルギー(1,354億ドル、28.3%)。日本は第7位(845億ドル、10.2%)。括弧内は輸出額及び世界の総輸出額に対する割合。
    (PDF/3,090KB)PDF
  9. (9)Chemical & Engineering Newsによると、2011年の売上高第1位:BASF社(ドイツ)、第2位:DowChemical(米国)、第3位:Sinopec社(中国)。日本の化学メーカーは三菱化学が最高位(9位)。
  10. (10)日本人のノーベル化学賞は1981年:福井 謙一氏、2000年:白川 英樹氏、2001年:野依 良治氏、2002年:田中 耕一氏、2008年:下村 脩氏、2010年:鈴木 章氏、根岸 英一氏が受賞している。

参考文献

  1. トーマス・ヘイガー「大気を変える錬金術―ハーバー、ボッシュと化学の世紀」みすず書房(2010年)
  2. P.F.ドラッカー「創造する経営者」ダイヤモンド社(1995年)
  3. 橘川 武郎、平野 創「化学産業の時代―日本はなぜ世界を追い抜けるのか」化学工業日報社(2011年)
  4. 伊丹 敬之「日本の化学産業 なぜ世界に立ち遅れたか」NTT出版(1991年)
  5. (独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「グリーンサステイナブルケミストリー技術分野の戦略策定調査」(2013年)
  6. みずほ銀行産業調査部「シェールガス・オイルの現状と展望~我が国に与える影響に関する考察~」Mizuho Industry Focus Vol.117(2012年)
  7. C.クリステンセン著、玉田 俊平太監修、伊豆原弓翻訳「イノベーションのジレンマ― 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」翔泳社(2001年)
  8. 御園生誠「グリーンケミストリー 社会と化学に良い関係のために」共立出版(2012年)
  9. IEA,"Tapping technology’s potential to secure aclean energy future"(2012)
    (PDF/3,070KB)PDF
  10. 川合 智「化学プロセス―デッサンから最適化まで」槇書店(2000年)、G. K. スリャ・ブラカーシュ、ジョージ・オーラー、アラン・ゲッペールト著、小林 四郎、齊藤 彰久、西村 晃尚翻訳「メタノールエコノミー」化学同人(2010年)
  11. 西橋 秀治「バイオプロセスによる化学品生産の開発動向と最新トピックス」DIC Technical ReviewNo.13 (2007年)
  12. IPCC,“IPCC Special Report on RenewableEnergy Sources and Climate Change Mitigation.Prepared by Working Group III of theIntergovernmental Panel on Climate Change /Chapter 2 Bioenergy””(2011)
    (PDF/7,180KB)PDF
  13. 文部科学省・経済産業省他「エネルギーキャリアプロジェクト」(2013年)
    (PDF/7,358KB)PDF
  14. 産業競争力懇談会2012年度研究会最終報告「太陽エネルギーの化学エネルギーへの変換と利用」産業競争力懇談会(2013年)
    (PDF/1,760KB)PDF
  15. 松村 眞「化学プラントの省エネルギー対策と今後の展望」化学装置(2009年)
  16. (独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「「内部熱交換による省エネ蒸留技術開発」事後評価報告書」(2006年)
  17. 日本化学会など「30年後の化学の夢ロードマップ」(2012年)
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