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インキュベートからアクセラレートへのパラダイムシフト

なぜ日本からはグローバルベンチャーが生まれないのか

2014年6月17日 経営・ITコンサルティング部 稲場 未南

はじめに

「米国からはグローバルレベルで活躍するベンチャーが誕生するのに、日本からは出てこないのはなぜか」という議論は、これまで多くの人により繰り返し論じられてきたテーマである。制度面についていえば、わが国のベンチャー振興策は1970年代に始まり、さまざまな政策的拡充を行ってきた結果、米国に引けを取らないほどまで整備されてきた。2014年1月に閣議決定された、いわゆるアベノミクスの成長戦略の具体策(*1)の中でも、ベンチャー投資を促進する制度が新たに創設されており、政府としてはベンチャー振興を産業競争力の強化につなげたいという意思がみえる。

しかし、米国と比して日本から生まれるベンチャーが圧倒的に少ないという事実は、制度拡充だけでは埋められない差違があることを、はっきり示しているといわざるを得ない。

筆者は昨年度、NEDOの委託調査(*2)で米国シリコンバレーを訪れ、ベンチャー企業およびベンチャー企業を支援する組織の実態調査を行ってきた。調査を通じて、シリコンバレーでは、創業して間もないベンチャーが事業化に成功する過程で、アクセラレータと呼ばれる民間の支援ビジネスが非常に重要な役割を果たしていることがわかった。アクセラレータは、将来芽が出そうなベンチャーに対して投資を行い、製品・サービスの開発、人脈作り、事業化スキルの習得などさまざまな支援を提供して、最終的にベンチャー企業が成長した時に投資のリターンを得ている。ちなみに日本におけるベンチャー支援としては、インキュベータが知られている。地方自治体や公益法人により運営されるものが多く、ワーク・スペースや会議室など場所を提供して、賃料で収入を得ている。

筆者は現地調査を通じて、日米のベンチャービジネスに見られる差違を生む要因の一つに、シリコンバレーにおけるアクセラレータと日本のインキュベータが果たす役割の違いがあると考えた。本稿は、日米間のベンチャー格差について、今回調査対象にしたシリコンバレーの代表的なアクセラレータである500 Startupsを例に挙げながら考察し、その差を埋めるヒントを探る。

日米のベンチャー支援比較

500 Startupsと日本の一般的なインキュベータの違いは、支援先の決定時、支援期間、終了時、という3つのフェーズに区切ってみるとわかりやすい。

まず、アクセラレータが支援先を決定するフェーズでは、日米で支援を希望するベンチャーの圧倒的な数の差が違いを生んでいる。米国の場合、シリコンバレーがベンチャー創出の特異な地であることに加え、500 Startupsの高い実績が世界中のベンチャーを引き寄せている。500 Startupsは直接投資と、支援プログラムを経由した投資を行っており、設立からわずか4年ながら500社近いベンチャーに投資を行った実績がある。同社の支援プログラムは非常に競争倍率が高く、ベンチャーは支援を受ける段階で、アクセラレータの厳しい審査を勝ち抜かなくてはならない。

他方、日本ではこれほど高い競争環境はなく、大方のベンチャーは難なくインキュベータに入居することができる。厳しい審査を勝ち抜いたベンチャーが集まる500 Startupsと、玉石混交の日本のインキュベータを比べると、当然、その後の成功率は大きく変わってくる。

次に、支援フェーズでは、支援内容やベンチャーを取り巻く環境に大きな差がみられる。ベンチャーは成長の段階で、ニーズの発見、アイディアの創出、資金調達、製品・サービスの具体化、ビジネスモデルの構築を行うことになる。500 Startupsでは、資金調達や事業戦略など経営に関する講座や、最旬のトピックに関するワークショップなどさまざまなイベントを開催するほか、ベンチャーにとって何よりも重要になる多様なプレーヤーとの交流機会を提供する。500 Startupsには、メンターと呼ばれる事業化の支援者、大企業、投資家、弁護士など多様な人から成るネットワークがあり、ベンチャーはこれらの人々との交流を通じて、製品・サービスのブラッシュアップやビジネスモデルの精査を繰り返すことができる。

他方、日本の場合はビジネスマッチングのようなソフト面の支援に力を入れるインキュベータも出始めているが、ほとんどはオフィス・スペースや事務設備の貸し出しといった支援が中心である。よって、成長フェーズにおける人脈作りや、ビジネスモデルのブラッシュアップなどのチャンスが乏しい。500 Startupsのように無数のトライ&エラーを繰り返しながら、多様な視点によってスクリーニングされたベンチャーと比べると、企業価値、製品・サービスの市場訴求力に大きな差が出てくる。

最後に、終了フェーズにおいては、次のステージへの接続と新陳代謝の促進の2点で大きな違いがみられる。500 Startupsでは、終了時に支援プログラムの集大成として、Demo Dayと呼ばれる発表会を開催する。発表会は大企業のカンファレンスホールで開催され、多数の企業や投資家が参加する。発表会は有望なベンチャーにとっては次のステージにスムーズに移行するためのチャンスをつかむマッチングの機会になり、成果を出せないベンチャーにとっては早期退出もしくは再チャレンジを選択する機会になる。

他方、日本のインキュベータは、どちらかというと入居期限の制約は緩い傾向にある。また、退去時に外部から評価を受ける機会もほとんどないといってよい。よって、成果が出るのか出ないのか見切りをつけられず、いつまでも延命するベンチャーが出ることになる。この事態は、ベンチャーが輩出されないどころか、入居者の世代交代も阻害するため、インキュベータにとっても悪循環になりかねない。

おわりに

アクセラレータ(accelerator)は、文字通りベンチャーの成長を加速させ、マーケットに出すことを強力に促していることがわかる。これは自らリスクを取り、投資ビジネスとしてベンチャー支援を行っているという側面が大きい。一方、インキュベータ(incubator)は孵化器という意が示すように、ベンチャーの卵を温めるという指向が強い。特に日本のインキュベータは公的な色合いが強く、広く浅く安定的に支援を提供することはできても、スピーディーに、かつグローバルで活躍できるようなベンチャーを輩出するという機能は決定的に欠落している。

無論、シリコンバレーがベンチャー創出の特異な地であるからこそ、アクセラレータが民間ビジネスとして成立するともいえるが、それでもなお、日米の差を埋めるためには、インキュベータの在り方を見直す必要がありそうだ。例えば、自ら投資ファンドをつくってベンチャーに投資を行う、調達先になり得る大企業と連携して、大企業のニーズとベンチャーの技術をマッチングするといった取り組みは、一部の先進的なインキュベータで実際に行われている。また、2013年からJETROが取り組み始めたように、日本のベンチャーに対してシリコンバレーのアクセラレータを利用する機会を提供するというアプローチもあり得る。

いずれにせよ、日本からグローバルレベルで活躍するベンチャーを輩出するためには、制度拡充だけでは埋められない差違をどう埋めるかが鍵になる。その答えは、ベンチャー支援の考え方を、「インキュベート」から「アクセラレート」へ大胆にパラダイムシフトさせることで見出せるかもしれない。


  1. *1産業競争力強化に関する実行計画
  2. *2独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「我が国における技 術開発型ベンチャーの実態把握及び国外との比較による支援制度のあり 方に関する検討」(2013年度)
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