ページの先頭です

日本型雇用慣行になじませるには

職務限定正社員の行く末について考える

2015年6月1日 社会政策コンサルティング部 小曽根 由実

企業における人材不足が本格化してきた。さまざまな企業の人事担当者と話す機会があるが、「人材を募集してもなかなか応募がない」「応募があっても思うような人材を採用できない」という声が以前よりも頻繁に聞かれるようになった。実際、2015年版中小企業白書では「中小企業・小規模事業者は人材を十分に確保できていない状況」であると指摘している。また、今春卒業した大学生の就職率はリーマン・ショック以降最高の96.7%(*1)、高校生の就職率は23年ぶりの水準となる98.8%(*2)を記録するなど企業の採用意欲は高まっており、それも人材不足の一因であると考えられる。労働力人口が減少するなか、「人材の確保・定着」はこれまで以上に重要な経営課題になってきたのである。

ここで「限定正社員」に着目したい。これまで当社コラムやレポート等でも取り上げているが、限定正社員とは「労働契約上の雇用期間に定めがなく、職務内容・労働時間・勤務地などのいずれかあるいは複数に限定がある正社員」のことである。限定正社員は、たとえば「非正規労働者の正社員転換後の働き方」や「ワーク・ライフ・バランスを実現させるための働き方」としてその導入が進められてきた側面が強いが、今後は前述した「企業における人材の確保・定着」という「純粋な」側面から、限定正社員を積極的に導入していくことも必要なのではないか。当社が2014年に実施した調査(*3)では、労働者が今後の働き方として限定正社員を希望する比率は、「現在、無限定正社員(*4)」で17.0%、「現在、限定正社員」で29.9%、「現在、非正社員」で33.7%であるなど、労働者の限定正社員に対する一定程度のニーズも見られている。

限定正社員の雇用管理にあたっては、留意点の一つとして「労働者に対して限定の内容を明示する」旨が挙げられている(*5)が、前述の調査では限定の内容を「就業規則で規定し、かつ、労働契約書等で明示している」限定正社員の区分は50.0%、「いずれかで規定・明示している」限定正社員の区分は23.3%であり、必ずしも十分であるとはいえない。また、特に勤務地や職務に限定がある場合、企業側は事業所閉鎖や職務廃止の際の人事上の取り扱い方法について明確にし、それを労働者側に提示していなければ、いざ「その時」に訴訟問題にもなりかねない(*6)が、そのような場合の人事上の取り扱いについて「就業規則で規定している」限定正社員の区分は19.7%にとどまっている。したがって、限定正社員区分を導入し、円滑な運用を図るためには、就業規則・労働契約書を見直し、そこに限定の内容や事業廃止・事業縮小時の人事上の取り扱いを明示すること、そしてそれを労働者に十分に周知することが肝要である。

限定される内容の明示について、「勤務地」「労働時間」についてはさほど問題にならないだろうが、「職務」についてはどのように明示すればよいのか。それは容易ではないと想像される。なぜならば、そもそも我が国においては、労働者個人の「仕事の範囲」を曖昧にしたまま業務を割り振る傾向が強いからである。そのような雇用慣行だからこそ、「仕事」に対して臨機応変かつ柔軟な配置(転換)が可能となり、安定的な企業成長がもたらされてきたとも考えられている。たとえば、先の調査からは、職務限定ではない限定正社員が担当する仕事の範囲を「区分けしていない」が37.5%となっていることからも、それはうかがえる(図表参照)。

また、「職種別採用を行っているが、実際には他の職種に配置転換となる可能性がある」企業も少なくないことが調査結果からも見えてきた。たとえば、ある大手製薬会社では「将来的にMR(医薬情報担当者)として活躍することを期待し、MRとして職種別採用を行っている」が、正社員の就業規則は全職種共通であり、就業規則に「会社側が職種を任命する」旨を記載している。そのため、MRとして入社し、経験を積んだ後に、MRとは直接的に関係のない部署に配置転換となる正社員もいるという。この場合は、職務限定正社員ではない。

職務限定正社員は、言い換えれば「その仕事だけしか担当しない」正社員であり、それが「限定内容の明示」をもって導入された場合(それが望ましいのではあるが)、「仕事と仕事の間に抜け落ちる仕事」が生じたり、「消費者のニーズに敏感に反応して、創意工夫を重ねながら微妙に『仕事』を変化させていく」ことが難しくなるのではないか。ひいては、企業競争力の低下にもつながりかねない可能性もはらんでいる。

もちろん、職務限定正社員を真っ向から否定するつもりはない。我が国においてもかねてからいわゆる「一般職」や「(工場の)ライン生産職」として職務限定正社員としての働き方を導入し、人材の定着を実現している企業も多数みられる(*7)。また、多くの米国企業のように、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)(*8)が綿密に整備されれば、その職務のプロフェッショナルとして活躍するための主体的な能力開発・キャリア形成も可能となるだろう。

「企業における人材の確保・定着」に、勤務地限定正社員・時間限定正社員という働き方が有効であることに間違いはない。働く場所や時間に制約がある労働者は数多くいるからである。ただし、そこに安易に職務限定正社員という概念を導入するのは、避けたほうがよさそうである。職務限定正社員は、それを導入することで生じうるさまざまな課題について十分に考慮したうえで、あくまで「ジョブ・ディスクリプションを明確に書き下せる職務」に限定したほうが賢明なのではないだろうか。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

図表:担当する仕事の範囲の区分け
合計 職種の範囲で
区分け

(事務職、営業職、生産職、研究開発職、等)
「職種の範囲」よりも狭い仕事の範囲で区分け
(渉外担当事務、内勤営業、外勤営業、金融ディーラー、医師、保育士、等)
その他の方法で
区分け
区分けしていない 無回答
職務限定が含まれる正社員区分(※1) 503
100.0
379
75.3
72
14.3
27
5.4
18
2.6
7
1.4
職務限定が含まれない限定正社員区分(※2) 256
100.0
128
50.0
22
8.6
10
3.9
96
37.5
0
0.0
(上段:有効回答数、下段:%)
  1. ※1たとえば「職務限定正社員」「勤務地限定かつ職務限定正社員」など。
  2. ※2たとえば「勤務地限定正社員」「時間限定正社員」「勤務地限定かつ時間限定正社員」など。


  1. *1平成26年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)(厚生労働省、文部科学省、2015年5月19日)
  2. *2平成26年度「高校・中学新卒者の求人・求職・内定状況」とりまとめ(厚生労働省、2015年5月19日)
  3. *3平成26年度厚生労働省委託事業「多元的な働き方に関する取組の事例集・雇用管理上の留意点に関する周知啓発等事業」
  4. *4労働契約上の雇用期間に定めがなく、担当する職務内容(職種)が変わる可能性、所定労働時間を超えて働く(残業を行う)可能性、勤務地が変わる(転勤する)可能性を持つ正社員のこと。
  5. *5「多様な正社員」の普及・拡大のための有識者懇談会報告書(厚生労働省、2014年7月)
  6. *6事業所閉鎖や職務廃止時に雇用が引き続き保障されるかどうかは、労働者にとって大変重要な問題である。
  7. *7厚生労働省「多様な人材活用で輝く企業応援サイト」では、限定正社員(多様な正社員)の活用事例、非正規労働者の正社員化(限定正社員への転換を含む)の事例等を紹介している。
  8. *8具体的な職務内容や職務の目的、目標、責任、権限の範囲等を明示したもの。
ページの先頭へ