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「CDPウォーター(水)」が企業に求める新しい環境対応

2015年4月20日 環境エネルギー第2部 柴田昌彦

今年から、企業の“水リスク”に関する情報開示プログラム「CDPウォーター(水)」にスコアリングが導入される。水リスクへの取組み内容によって、企業を事実上評価・格付する新しい動きとして、注目を集めている。

本稿では、「CDPウォーター」のスコアリング導入の意義を踏まえ、同プログラムが日本企業に求める新しい環境対応を考えてみたい。

「CDPウォーター」とスコアリング導入の意味

CDPは、機関投資家を代表し、企業に環境リスクへの対応戦略等の情報開示を求める非営利団体(旧称カーボン・ディスクロージャ・プロジェクト)(*1)である。CO2・温暖化の分野では、企業のCO2リスクへの対応戦略や実績を問う情報開示・格付プログラム「CDP気候変動」の運営団体として知られている。

「CDPウォーター」は、CDPが、“水リスク”について企業にリスク認識や対応戦略を問うプログラムであり、2010年にスタートし今年で6年目を迎えている。しかしこれまでの活動は、企業に水リスクに対する認識や対応戦略に関する情報開示を求め、各社の回答を開示するに留まり、企業間の優劣を評価するスコアリングは行われていなかった。今年はその企業スコアリングが実施され、一部企業についてはスコアも開示されることになる(*2)。これは、事実上、企業間の格付評価の導入に相当する。

先行して企業スコアリングを導入したCDPの情報開示・格付プログラム「CDP気候変動」は、世界有数の企業の環境格付として成長した(*3)。これと同様に「CDPウォーター」も、企業スコアリング導入を契機として、影響力の大きな環境格付に成長していく可能性がでてきたと言える。機関投資家が投資先企業の環境リスクへの曝露状況や対応力を評価する時、CO2リスクだけでなく「CDPウォーター」ベースの水リスクも評価に組み込む。そんな時代が近づきつつあるのだ。

「CDPウォーター」が問うもの

CDPウォーターの特徴は、設問の大半が「水リスク」に関する問いになっていることである(下図)。

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図1:CDPウォーターの設問内容の概観(*4)
設問(大項目) 主な設問・内容
W1. 背景認識 水の量・質がもたらす事業への影響認識
W2. リスク評価の手順・用件 水リスクの評価方法
W3. 水リスク 水リスクの評価結果
W4. 水に関する機会 水に関する事業機会
W5. 施設レベルの水データ 水リスクに曝露する施設の水データ
W6. ガバナンス・戦略 事業戦略への水の影響、ガバナンス体制
W7. コンプライアンス 水に関するコンプラ違反事例と事業への影響
W8. 目標・イニシアチブ 水に関する定量・定性目標
W9. 水と他の環境問題のトレードオフ 水対応による他環境問題への悪影響等の認識

明示的に水リスク関連設問であることが示されているW2(リスク評価の手順・要件)やW3(水リスク)のみならず、CDPウォーターの設問は、水リスクに関わるものが多い。例えばW1(背景認識)は水の量・質がもたらす事業への影響認識を問うことで間接的に水リスクへの認識を問う設問である。W5(施設レベルの水データ)は水に関する各種データ(取水量、消費量、排水量等)を問う設問ではあるが、水リスクに曝されている施設に限定してデータを要求しており、水リスク評価の実施が前提となっている。W6(ガバナンス・戦略)やW7(コンプライアンス)も、水に関する諸問題が事業に与える影響評価を求める内容である。

CDPウォーターは、水リスクに関する評価を実施しなければ、十分に回答できないプログラムとして設計されていると言える。

水リスクとは何か?

では、CDPウォーターが企業に情報開示を求める「水リスク」とは何か?

CDPは水リスクを、水に関連する事業リスクとして捉える考え方を取っている(*5)。また、CDPウォーター W3(水リスク)の設問の選択肢のガイダンス解説から、企業が評価・情報開示すべき水リスクとして同プログラムが想定しいている類型及び事例を伺い知ることができる(下図)。

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図2:CDPウォーターが想定する水リスクの類型と事例 (*6)
水リスクの類型 事業が影響を受ける事例
物理的リスク 水量不足 渇水により事業所操業に十分な量の水が得られなくなる
水量過多 洪水によって事業所が一時的な操業停止に追い込まれる
水質悪化 水質悪化により事業所操業に必要な質の水が調達できなくなる
規制リスク 排水水質基準が強化され、排水処理の追加投資が必要となる
評判リスク 事業所排水による地域の水質悪化に対して訴訟を起こされる

この水リスクについて、CDPウォーターは、リスク要因(分類)/事業への潜在影響(分類)/事業への影響(内容)/発生確率(の大小)/事業への影響(の大小)/対策/対策のコスト等の情報を開示するよう企業に求めている。

企業に求められる対応:水リスク評価

ここまで、CDPウォーターの設問の多くが水リスクに関連していること、そして評価・開示を求められる水リスクが、事業に影響を及ぼす物理的リスク(水量不足・過多、水質悪化)、規制リスク、評判リスクであることを概観した。企業がCDPウォーターに回答するにあたり求められる対応として、非常に重要な取組みの一つが水リスク評価であることは、明らかであろう。

問題は、水リスク評価という新しい課題にどう取組んでいくか、である。

CDPウォーターに回答する、水リスクに対して漠然とした高低評価をするだけでは十分ではない。上述の通り、発生確率や発生した場合の事業への影響の大きさ、更には必要な対策とそのコストまで明らかにしていくことが求められているのである。

以下に、筆者の水リスク評価支援の実務を通じて得られたヒントを御提示したい。

1. 従来の水資源管理とは評価範囲が異なっていることを理解する

水に関する取組とは、取水量・排水量・排水質の測定とその改善であるとの認識は、多くの企業のCSR・環境部門、事業部門、経営者の共通認識となっている。

しかし、この認識の下で得られる情報だけでは、水リスク評価を行うことはできない。水リスク評価には、自社内の管理に加え、事業に影響をもたらすような外部変化事象(渇水、洪水等)がどの程度の確率・どの程度の規模で発生するかという外部環境の評価が求められる。

従来の水資源管理で得られる情報だけでは、水リスク評価はできないことを、まずCSR・環境部門が理解する必要がある。

2. 外部機関の評価ツールを活用しつつ、それのみに頼らない

全世界に数十を越える拠点を展開している日本企業は多い。これら全ての拠点について、1.で挙げた外部環境を含めた評価を実施していくのは大変な労力となる。この時に役立つのが、各種機関が発表している水リスク評価ツール(*7)である。これらの評価ツールに拠点の位置情報を入力すれば、当該地域に存在する水リスクの大小が段階表示で示される。便利なツールである。

しかし、この種の評価ツールには限界もある。

ひとつは、これらのツールが提供する水リスク情報が粗く、実際のサイトの立地条件を正確に加味している保証が無いことである。もう一つはより本質的である。これらのツールは当該サイトの対策を評価することはできない。その点は、自社で調査・評価しなければならない。


図3:水リスク評価ツールの利点と限界
図3

3. 経営者・各部門を巻き込む

CDPウォーターが求める水リスク評価は、従来の水資源管理とは評価範囲が大きく異なる。そのため、CSR・環境部門が水リスク評価に着手すると、設備部門や生産管理部門、調達部門、BCP等の検討部門等と連携が不可欠になる。他部門が蓄積してきた評価結果を活用することも必要であるし、既存の評価では抜けていた視点を補うための追加評価を依頼する場面も発生する。こうした取組を行う関係を他部門と確立するには、ボトムアップの調整に加えて、トップダウンでの指示が重要である。

水リスク評価が何故必要なのか、会社にとってどのような意味があるのかを整理し、経営トップに打ち込むこと、そしてトップダウンの指示を仰ぎながら関連部門を巻き込んでいく。大変な作業ではあるが、筆者の経験上このプロセスをおざなりにすると、実のある評価は難しい。“急がば回れ”である。

最後に

ここまで見てきたように、CDPウォーターは、水リスクを水量不足だけでなく洪水や水質汚染、水に関する規制や評判等を原因とする事業リスクとして位置づけ、その発生確率や事業への影響評価、対策等の情報を企業に求めている。

CDPウォーターのこうした要求を、過剰だと捉える見方もあるだろう。

しかし、世界人口の中で水量不足に苦しむ割合は今後益々増加することが予想され(*8)、洪水等の水害が気候変動の影響の発現とともに頻度・インパクトがともに増大していくことが懸念されるのが、これからの未来である。事業が水リスクに深く関わる企業であれば、CDPウォーターが求める形での水リスクの評価と対策の検討は、事業の持続可能性を高める上で大きく役立つ可能性がある。

そうした背景を踏まえれば、CDPウォーターを契機に、自社の水リスクをまずは概観として把握してみるのも一手である。中長期的な視点から見て取組むべきとの総論賛成は得られても、いざ具体化となると、様々な各論反対が噴出するのが企業である。それら各論反対に対処していくには、CDPウォーターのような一種の“黒船”は、意外に役に立つ。

他部署を巻き込んでリスク評価をした結果、さしたるリスクが無かった場合はどうすればよいか?との不安も生じるかもしれない。しかし大きなリスクが無いと分かったならば、CDPウォーターの枠組みを活用し、投資家に向けて胸を張って我が社には大きな水リスクは無いと訴求すればよいのだ。それがあるべきリスク評価であり、情報開示のあり方ではないだろうか。

(付記)

本稿の作成中に、トヨタ自動車が主要サプライヤーに対して「CDPウォーター」への対応を要請したとの報道(*9)が飛び込んできた。機関投資家から大手企業への要求という切り口で紹介してきた「CDPウォーター」対応や水リスク評価であるが、今後は、取引先要求という切り口から企業の課題となっていく。そんな未来を予感させる動きと言えるかもしれない。


  1. *1設立当初のCDPは、気候変動リスク等への企業の対応戦略・対応状況等のカーボン(CO2)情報のみを対象としていたが、その後、対象とする環境リスクを水リスク、森林リスクにも拡大。これを受け、団体名から「カーボン」を外し、略称であった「CDP」を正式に名称に変更した。
  2. *2世界の大手企業500社(グローバル500、数10社の日本企業を含む)についてはスコアが公開される予定。日本企業は、水リスクとの関連性を加味して選ばれた大手企業150社についてスコアリングが実施されるが、少なくとも今年は、結果は公開されないとアナウンスされている。
  3. *3CDP公表データ(2015年2月時点)によれば、「CDP気候変動」プログラムに署名参加している金融機関は822社(運用資金95兆米ドル)、情報開示をしている企業は全世界で6,000社を超える。
  4. *4CDPウォーター2015質問書に基づき、みずほ情報総研作成。本コラム内での意味の伝わり易さを重視し、CDP日本事務局とは異なる訳語を当てている部分があることに留意されたい。
  5. *5 CDP自身は明確な水リスクの定義を提示していないが、「水関連の事業リスク」の評価と開示方法のガイドラインである国連グローバルコンパクト・CEOウォーターマンデートの「コーポレートウォーターディスクロージャガイドライン」の考え方に準拠する姿勢を示している。
  6. *6CDPウォーター2015質問書W3.2cの選択肢及びガイダンスに基づき作成。CDPウォーターではこの図の類型以外の水リスクも報告できる設定となっていること、事例はあくまでも例示であること、に留意されたい。
  7. *7世界資源研究所の「Aqueduct」や世界自然保護基金の「Water Risk Filter」等が有名。
  8. *8例えばhttp://www.mlit.go.jp/tochimizushigen/mizsei/j_international/about/about002.html
  9. *9日経エコロジー2015年5月号。正確には「CDPサプライチェーン」プログラムへの対応要請。同プログラムは、「CDP気候変動」プログラムと「CDPウォーター」プログラムと同内容の質問書への回答をサプライヤー企業に求めている。
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