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リスクの定量化

2017年5月23日 サイエンスソリューション部 勝又 源七郎

我々は普通の生活を送っているだけでも様々なリスクに直面している。安全や健康という視点で考えれば、自動車運転による交通事故、職場で風邪の菌をもらう、趣味のスポーツ中に怪我をする、巨大隕石の衝突により人類が生存できない環境に晒されるなど、挙げ始めたらきりが無い。だからと言って、自動車を利用せず、職場に行かず、趣味をあきらめ、隕石衝突を恐れて地球脱出を検討しているような人はほとんどいない。これは、我々が意識して、または無意識のうちに、リスクの大小を判断しているからである。一方で、個人の判断に委ねられない場面では、どのようにリスクをコントロールできるだろうか。本稿では、工学分野における確率論的手法の適用例等を交えて、リスク評価の利用価値について考えてみようと思う。

工学分野でのリスク評価手法

工学分野でのリスク評価の主な活用先としては、航空宇宙分野や原子力分野が挙げられる。宇宙ステーションや原子力発電所に代表される大規模施設は、多様な技術に基づく複雑なシステムを有しており、そのリスクの程度を客観的に評価することは容易ではない。これは、システムを構成する要素のそれぞれに大小様々な不確かさが存在し、それらが複雑に絡み合っているためである。

このような複雑なシステム、物理現象に対して、当社では、確率論的リスク評価(PRA、*1)や確率論的破壊力学(PFM、*2)を用いたリスクの定量化に係る研究開発の取り組みを行っている。PRAとはシステムにおいて発生しうるあらゆる事故を対象に、それらの影響と発生頻度をそれぞれ定量化し、その積としてリスクを評価する手法であり、システム全体としてのリスクについて考察する際に役立てられる。また、PFMは特に機器・構造物の破損に着目して、材料等の様々な物理的不確かさや、知識不足による不確かさを確率モデルとして考慮し、機能喪失確率等を評価する手法であり、重要機器の損傷リスク評価に役立てられる。

評価手法の活用

これらの手法は、いずれも様々な不確かさを考慮した上で、事故や損傷のリスクを「頻度」や「確率」という形で定量評価する。これらの評価で求められる定量指標は、性能目標を定めることにより、絶対値として判断基準に用いることができるため、たとえば原子力分野では、原子力規制委員会において、発電用原子炉が満たすべき安全目標(炉心損傷頻度:10,000年に1回以下、格納容器の隔離機能喪失頻度:100,000年に1回以下、放射性物質の管理放出機能喪失頻度:1,000,000年に1回以下)が議論され(*3)、リスク評価を判断基準(いわゆる規制基準)の一つとして役立てることが検討されている。

また、コストに対する効果の程度が重視されることの多い工学分野においては、リスク対策の効果を定量的に比較することができる手法の有用性は高く、これらのリスク評価手法の活用が積極的に進められている。

リスクをコントロールするために

冒頭で触れたように、自動車の事故を心配して自動車を一切使わないという選択をする方は多くないだろう。私達は自動車による恩恵を得るために、エアバックのある車や、自動ブレーキ機能がある車を選んだりする。自動車保険に加入することもコントロールの一つだ。不確定要素の全てを除外するのでなく、影響を小さくしたり発生頻度をさげたり、さらに万一の発生時にも備えている。但し、これができるのは、リスクを個人の感覚でコントロールしているためである。

一方、工学分野でリスク評価手法を用いるような大規模設備では、どうだろうか。個人の判断のみに頼れば、それ自体が新たなリスクとなるかもしれない。近年、我々を取り巻く社会システムは急速に高度化し、それに伴って多くの恩恵を享受できるようになった。数多くの不確かさの中で、リスクを適切にコントロールし、誰もが納得できる判断を行っていく鍵は、リスクの「定量化」にあるのではないだろうか。

  1. *1PRA:Probabilistic Risk Assessment
  2. *2PFM:Probabilistic Fracture Mechanics
  3. *3平成25年度原子力規制委員会 第1回会議議事録
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