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口腔の健康から全身の健康へ

2017年9月12日 社会政策コンサルティング部 田中 陽香

「食事をかんで食べるときの状態はどれにあてはまりますか」「朝昼夕の3食以外に間食や甘い飲み物を摂取していますか」これらはいずれも、平成30年度から特定健診(いわゆるメタボ健診)の標準的な質問項目に盛り込まれる歯科関連項目である。年をとると歯が抜け、入れ歯の利用者が増える。老化現象であり仕方ないこととも言えるが、入れ歯は毎日洗浄する手間も生じるため、できるだけ多くの歯を残したいと思う人も多いはずである。

噛む力を含めて口腔内の健康状態が保持されると、高齢になってもかたいもの等様々なものを食べられるため、良好な栄養状態・健康状態を維持できる。それだけではなく、よく噛むことができると、唾液分泌が増え、消化・吸収が良くなり、栄養バランスが良好になる。口腔内の健康は、高齢者に限らず我々は成人期にもその恩恵に預かることができる。また、よく噛むことで満腹感が得られ、肥満の予防や解消にもつながると言われている。こうしたことから、メタボ対策の分野で、前述の質問項目のような歯科的アプローチが取られるようになってきた。

近年は、糖尿病をはじめとした全身疾患と歯周疾患との関係性も注目されつつある。特に、歯周病は糖尿病の第6の合併症とも呼ばれており、歯周病により弱った歯や歯茎から細菌が血液の中へと流れ、糖尿病に悪影響を与えると言われている。この点は学会レベルで確認されたわけではないが、症例として実感している医療関係者も多く、一般紙でも、関連記事が掲載されるようになっている。この関係性を確認するため、厚生労働省では、歯周の治療を受けた人と受けていない人での全身疾患の改善状況を比較する事業にも着手し始めた。

特に高齢者においては、オーラルフレイル(口腔機能の低下)対策の必要性が唱えられるようになってきた。噛む力・飲み込む力という口腔内の機能低下は、食べられなくなることによる栄養状態の悪化の他にも、飲み込む機能の低下による誤嚥(ごえん)、それに起因する肺炎の発症につながることが懸念される。その対策として介護保険でも報酬による評価が行われている。一例としては、介護保険施設に対して認められる「口腔衛生管理体制加算・口腔衛生管理加算」があり、歯科専門職の積極的な関わりを促し、機能低下防止が図られている。

一連の動きの更なる後押しになるのが、今年度の「経済財政運営と改革の基本的な考え方2017(骨太の方針)」の一節だ。この中で「口腔の健康は全身の健康にもつながることから、生涯を通じた歯科健診の充実、入院患者や要介護高齢者に対する口腔機能管理の推進など歯科保健医療の充実に取り組む」ということが記載された。国の方針の中に、口腔内の健康を保つことで全身の健康の保持・増進に努めようという考え方が盛り込まれたのである。

一方で、歯科関係者からは、「一般の人の口腔に関する関心度は低く、口腔内の健康状態を把握する歯科健診を受けてくれる人が少ない」「歯科の必要性は認識されながらも、他の課題が優先され、口腔内の健康は二の次にされる」という嘆きの声がよく聞かれる。現時点では、歯科健診は義務化されておらず、保健センターや保健所等の行政による歯科健診は、各自治体の任意で、40、50、60、70歳のような節目年齢に実施されることが多い。そのため、歯科健診の受診は口腔内に関心が高い一部の人にとどまっている。また、健診を行うと、7~8割は口腔内に何らかの問題が発見されると言われているが、その後、歯科治療や介護保険での歯科関連サービスを利用する割合は必ずしも高くないという。

とはいうものの、全身の健康状態を把握し、生活習慣病等の重症化の予防につなげる特定健診も、平成20年度に国の制度として医療保険者に実施が義務化され、受診率が38.9%から48.6%にまで上昇するまでに6年かかっている。このような状況の中、国は特定健診実施率を各保険者が負担する後期高齢者支援金の加減算の指標とすることで、取り組みのインセンティブとした。また「メタボ」という言葉をキーワードとし、マスコミで取り上げられるよう促した。「全身の健康状態の把握のための健診受診」が一般市民の間にも広く浸透したのは、その成果といえるだろう。

歯科に関しては残念ながら、まだ大きな動きとはなっていないが、口腔の健康状態の把握を促す仕組みは徐々に設けられつつある。冒頭の特定健診の質問項目に歯科関連項目が導入されるのはその一つである。また、平成30年度からは保険者へのインセンティブ制度の一つである国民健康保険の保険者努力支援制度が設けられ、その評価項目に歯科健診の実施が盛り込まれる。

高齢化に伴い増え続ける医療費の抑制のため、生活習慣病の重症化予防の必要性は従来から指摘されてきた。しかし、全身の健康状態を把握する健診でも定着させるまで、ほぼ10年かかった。歯科に関する取り組みは、健診等の利用が増えることにより一旦は歯科医療費の上昇につながるかもしれないが、長期的には、各種疾患の重症化予防による医療費全体での抑制効果が期待できる。口腔内ならびに全身の健康の保持・増進を実現すべく、歯科をはじめとした関係者の取り組みに期待したい。

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