ページの先頭です

量子スプレマシーの実現が近い?

2017年10月24日 経営・ITコンサルティング部 稲垣 祐一郎

従来のコンピュータの性能を大幅に超える可能性を秘めた量子コンピュータに対する研究開発投資が世界的に加熱している。Google、IBM、Microsoft等のIT企業による研究開発の他、スタートアップ企業への投資も活発化している。米国のインテリジェンス高等研究計画活動(The Intelligence Advanced Research Projects Activity;IARPA)によるQuantum Enhanced Optimization(QEO)プロジェクト(*1)、EUによるQuantum Technologies Flagship Initiative(*2)等の国家プロジェクトも進行している。我が国でも、「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」で研究開発が実施されているのに加え、文部科学省が来年度から10年間で300億円を投じる計画である。

量子コンピュータは、相対性理論と並ぶ物理の基本的な理論の一つである量子力学の「重ね合わせの原理」を利用したコンピュータである。量子力学は、主に原子・分子や電子等の微小なスケールの物の運動を記述するものである。これらの物体の状態は一意に決まっているわけではなく、複数の状態が確率的に重ね合わさった状態となっている。量子コンピュータは、この重ね合わせ状態を積極的に利用し、従来のコンピュータが一つ一つ計算しなければならない複数の可能性を一気に計算することができる。例えば、変数を2倍するという演算が必要な場合、1×2、2×2、3×2…を同時に計算できるということである。これにより、現在の最速のコンピュータでも膨大な時間がかかる処理が短時間で完了する可能性があるとも言われている。

このような計算処理の高速化により、与えられた関数を最大化する要素の組み合わせを高速に見つけたり(組み合わせ最適化問題)、条件に合うデータベースのエントリーを高速に検索したりすることが可能となる。特に前者の組み合わせ最適化問題は、物流、サプライチェーン、経営資源配置、生産のスケジューリング、金融におけるポートフォリオの動的な変更、安全な暗号通信など、経済活動の様々な場面に存在する問題であり、応用範囲は幅広い。量子コンピュータの発展は、これまで計算時間がかかりすぎて非現実的であった問題を極めて短時間で解決できる可能性を秘めており、だからこそ、現在、多くの関係者が開発に力を入れているのである。

量子コンピュータで計算できる問題の規模は、普通のコンピュータで言うbitの量子力学版であるqubitの数で表される。qubitは、0と1の重ね合わせ状態を表現する量子コンピュータの基本構成要素である。量子コンピュータの研究開発の主な課題は、システム内の操作可能なqubitの数を増やすことであり(*3)、研究開発レースの指標となっている。量子コンピュータが従来のコンピュータの計算速度を超えることは「量子スプレマシー」と呼ばれており、少なくとも一部の応用に関しては、50qubit程度の量子コンピュータにより量子スプレマシーが近いうちに実現するものと主張されている(*4)。

量子コンピュータにはいくつかの方式が存在するが、方式によって実用化までのハードルの高さや適用範囲にかなり違いがあり、その影響範囲を見極めるためには注意を要する。上述のImPACTで開発中のコヒーレントイジングマシン(Coherent Ising Machine; CIM)は、最も有望なものの一つである。CIMは、重ね合わせ状態の担い手に光を用いることにより、室温での動作が可能であること、複雑度の高い問題(要素間の絡み合いの多い問題)にも適用可能であることなどの特質を持っている。既に2000qubitの実験は成功しており、平成30年度の半ばまでに10万qubitのシステム開発が計画されている(*5) 。

量子コンピュータは、上記の組み合わせ最適化以外にも実用性の高い様々な分野での応用が期待されている。データからその内部に潜む構造を理解する機械学習との相性も良く、人工知能の研究開発も加速されることが期待される。また、材料のシミュレーションに直接量子コンピュータを利用する量子シミュレーションという分野も実現性が高いと考えられており、新しい材料の探索(創薬、電池の材料など)への応用が期待される。ImPACTの計画資料には、「室温超伝導体の予言」という文言もあり、実現した場合にはエネルギー分野等へのインパクトは測り知れない。

世界的に研究開発が活発化していることから、新しい計算手法の提案なども頻繁に提案されており(*6)、現在の見込みよりも実用化が早まる可能性も大いに存在する。これまでの不可能を可能にしてしまう量子コンピュータの可能性と今後の動向から目が離せない。

  1. *1Quantum Enhanced Optimization (QEO)
  2. *2European Commission will launch €1 billion quantum technologies flagship
  3. *3量子力学的な重ね合わせ状態をなるべく長く保持すること(あるいは効率的に誤り訂正を行うこと)も重要である。
  4. *4Google Plans to Demonstrate the Supremacy of Quantum Computing
  5. *5(PDF/1,050KB)
  6. *6例えば、東京大学と科学技術振興機構による最近の発表など。
    究極の大規模光量子コンピュータ実現法を発明

関連情報

ページの先頭へ