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子供の貧困を考える(3)

持ち物と経験で測る貧困 ―物質的剥奪指標―

2017年12月8日 社会政策コンサルティング部 福田 志織

“子供の貧困を考える”をテーマとした本連載コラム、第1回と第2回は、日本や諸外国における貧困指標、つまり「どのような人を貧困とみなすか」という貧困状態の測り方について述べた。第3回となる今回は、日本ではあまり馴染みがないが、貧困状態を測る上で大変重要な指標であり、ヨーロッパを中心とした諸外国で広く用いられている「物質的剥奪指標」について詳しく紹介したい。

物質的剥奪指標とは何か

「物質的剥奪指標(material deprivation index)」という名称は少しわかりづらいが、たとえば「1日3食食べることができる」、「修学旅行に行くことができる」、「サイズの合う靴を持っている」といった、生活に必要なモノやサービスを、経済的な理由で享受することができない状態(=物質的剥奪状態)にあるかどうかを測定し、その結果を以てその人の生活水準を測る指標である。

第1回のコラムで述べた通り、貧困指標として最もよく用いられているのは所得を基準とした「相対的貧困率」だが、これには医療や食料品などの現物給付や、貯蓄や持家といった資産、負債などが反映されていない。これに対し物質的剥奪指標は、所得や消費からおおよその生活水準を類推するのではなく、必要なモノやサービスを享受できているかどうかを直接的に測定する。「年間所得が120万円」といった所得金額ではなく、「経済的な理由で、具合が悪くても病院に行くことができない/1日3食食べることができない/部活動の道具を買えない」というように、直接的な生活の水準を用いて貧困状態を説明するため分かりやすい概念と言える。

物質的剥奪指標の作成方法

しかし、ここで問題になるのは、物質的剥奪指標を構成する項目である「生活に必要なモノやサービス」とは一体何か、それは誰が決めるのか、ということだ。世の中には「修学旅行に経済的理由で行けなくても仕方がない」と考える人も、「修学旅行には、家の経済状況に関わらず全員が参加できるよう支援すべきだ」という考えの人もいるだろう。物質的剥奪指標の作成方法はいくつかあるが、ヨーロッパを中心として用いられているアプローチでは、その社会の構成員の過半数が「必需品」と考えるモノやサービスをその構成項目とすることになっている。

ヨーロッパにおける物質的剥奪指標の作成には、次のような方法が用いられている。(1)まず、ある社会で必要不可欠と考えられるモノ(家、家財、食料など)やサービス(光熱・水道、教養娯楽など)のリストを作成する*1。(2)このリストに挙がった項目一つひとつについて、「この社会で暮らす人(子供)にとって必要なモノ・サービスであるか」と尋ねる予備調査を行い、調査回答者の50%以上が「はい」と回答した項目のみをリストに残す。(3)さらに別の調査を行い、リストに残った項目一つひとつについて、「あなたはそれを持っているか、持っていない場合、その理由は何か(経済的な理由で持っていないのか、単に欲しくないから持っていないのか)」と尋ねて、その調査結果について統計的な精査を行う。これら全てのステップを経て「合格」した項目が、その社会における「必需品」とみなされ、物質的剥奪指標を構成する項目となる。EUやイギリスでは、この手順に則って物質的剥奪指標が作成され、その結果、図表1のような項目が用いられている。

このようにして作成された「必需品」リストのうち、(経済的理由で)持つことのできない項目がいくつあれば、貧困状態*2とみなされるかという点についても、複数の考え方がある。そもそもこのリストに載っている全ての項目はその社会の構成員が「最低限必要なもの」と考えているものである、という理由から、「“1つでも”持つことができない場合」を貧困状態とみなす考え方や、統計的に様々な検討を行った上で貧困状態の基準を決める方法、収入等の他の指標と合わせて貧困の状況をみる方法等がある。

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図表1
国・地域 EU イギリス
調査名 EU-SILC Family Resource Survey
物質的剥奪指標を構成する項目
(大人用)
  • 予期せぬ支出に対応できる
  • 1年に最低1週間、家を離れて休暇を過ごす
  • 2日に1度の肉や魚などを含む食事
  • 家で十分な暖が取れる
  • 自家用車がある
  • 住宅ローン、家賃、公共料金、分割払いの滞納がない
  • 古くなった家具の買い替えができる
  • 月に1度は友達や家族と食事や飲みに行く
  • ぴったりの寸法の靴2足(1足は全天候型)がある
  • 古着を新しい服に買い替えることができる(中古品は含まない)
  • 定期的にレジャー活動を行う
  • 家にPCと自分用のインターネット接続がある
  • 他人に相談することなく、毎週、自分のために少額のお金を使うことができる
  • 家財保険をかけている
  • 冬に住居を暖かくできる
  • 請求書や定期的な負債の支払ができる
  • 家に適当な装飾を施すためのお金がある
  • 冷蔵庫や洗濯機などの主要な電化製品を取り替えたり修理したりする
  • 傷んだ家具を取り替える
  • 家族のためではなく自分のために毎週使える少額のお金がある
  • 少なくとも年に1週間、親戚の家に宿泊する以外で、家を離れた休暇を取る
  • 不慮の場合や退職に備えて月に10ポンド以上を定期的に貯蓄する
物質的剥奪指標を構成する項目
(子供用)
  • 野菜・果物を1日1回摂取
  • 肉・魚又は相当するたんぱく質を1日1回摂取
  • 勉強や宿題をするのにふさわしい場所がある
  • 家で十分な暖が取れる
  • 古くなった家具の買い替えができる
  • 新しい服がある(中古品は含まない)
  • ぴったりの寸法の靴2足(1足は全天候型)がある
  • 自家用車がある
  • 費用のかかる学校の遠足や活動に参加する
  • 年齢にふさわしい書籍を持っている
  • 屋外でのレジャー用具を持っている
  • 屋内用のゲームを持っている
  • 定期的なレジャー活動を行う
  • 家にPCと自分用のインターネット接続がある
  • 1年に最低1週間、家を離れて休暇を過ごす
  • 遊びや食事のために時々子供を家によぶ
  • 特別なときのお祝いをする
  • 住宅ローン、家賃、公共料金、分割払いの滞納がない
  • 10歳以上の異性の子供全員が自分の寝室を持てる部屋数がある
  • 近くに安全に遊べる屋外空間または施設がある
  • 子供全員に暖かい冬用のコートが与えられている
  • 少なくとも年に1週間家を離れて家族で休暇を取る
  • 趣味または余暇活動ができる
  • 毎週学校外の組織的な活動に参加する
  • 修学旅行に行く
  • 乳幼児保育施設に入所している、又は、乳幼児の子育てサークルなどに週1回以上参加している
  • 毎日生の野菜や果物が与えられている
  • スポーツ用語具や自転車などの娯楽用品がある
  • 特別なときのお祝いをする
  • 2週間に2回お茶を飲む友人がいる

(出所)内閣府「平成28年度 子供の貧困に関する新たな指標の開発に向けた調査研究」報告書(委託先:みずほ情報総研)より筆者作成

日本版・物質的剥奪指標の作成に向けて

このように、諸外国では物質的剥奪指標が貧困指標の一つとして取り入れられているが、日本では2017年現在、物質的剥奪に関する全国的な統計は整備されていない。しかし東京都や大阪府などいくつかの自治体では、物質的剥奪の考え方を一部採用した子供の貧困に関する調査が行われ始めている。東京都では、子供の「生活困難」を1)低所得、2)家計の逼迫、3)子供の体験や所有物の欠如の3つの観点から捉えているが、このうち2)家計の逼迫(公共料金が払えなかった経験、必要とする食料が買えなかった経験等)、3)体験や所有物の欠如(海水浴に行くなどの経験や子供の年齢に合った本といった所有物の欠如)が物質的剥奪の考え方を採用した指標と言える(図表2)。

先に述べた、ヨーロッパで標準的とされている方法を用いて物質的剥奪指標の日本版を作成するには、複数回の大規模調査や専門家による統計的精査等、相当の作業時間・費用を要する。しかし、筆者はそれでも、この重要な指標の作成に国として取り組む価値はあると考える。前述の通り、物質的剥奪指標は生活の質を直接的に測定する指標であり、その子供の置かれた生活状況をより正確に把握することができる。また、「子供のX%が、(等価可処分所得が中央値の半分未満である)相対的貧困状態にある」という説明より、「子供のY%が、経済的理由により年に1足も新しい靴を買えない状況にある」という説明のほうが、「貧困状態の子供」の生活を直感的にイメージしやすく、支援の必要性に対する共感も得られやすい。まずは先行して行われている各自治体の調査結果を踏まえつつ、必需品リストの検討を始めていくことが重要だろう。それが、既存の統計では見落としてしまう貧困状態にある子供の「発見」と、彼らの健やかな生育を促すための支援、そして貧困の連鎖のない社会の実現へとつながっていくのではないだろうか。

図表2 東京都「子ども生活実態調査」(2016)における「生活困難」の定義と概念図
図表2

(出所)首都大学東京 子ども・若者貧困研究センター『東京都子供の生活実態調査報告書【小中高校生等調査】』*3より筆者作成

  1. *1リストの作成方法には、研究者がそれまでの研究等に基づき絞り込む方法や、収入、世帯属性、年齢・性別などの属性ごとに無作為に抽出された一般市民に、あらかじめ多めに選んだ項目リストの一つ一つについて、それが最低限の生活に必要かどうかをインタビューし、絞り込む方法などがある。
  2. *2正確には、「剥奪状態」と表現される。
  3. *3東京都福祉保健局ウェブサイト「「子供の生活実態調査」の結果について」
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