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中小企業における事業承継の現状(前編)

2018年9月18日 社会政策コンサルティング部 大室 陽

中小企業は日本における企業数の9割、また、雇用の7割を担っており、日本経済の屋台骨となっている。中小企業が収益力を維持していくために重要なのが、経営者の交代や事業の譲渡(M&A等も含む)等の、いわゆる「事業承継」である。しかし、昨今、この中小企業の「事業承継」が大きな課題として浮上している。円滑な事業承継を進めるために、経済産業省や中小企業庁では様々な施策を矢継ぎ早に打ち出している。中でも、今年度の税制改正において抜本的に改正された事業承継税制は、事業承継を促す重要な役割を担っている。本稿では中小企業の事業承継の現状とこの税制改正のポイントについてご紹介したい。

なかなか進まない事業承継

中小企業の事業承継自体は目新しい出来事ではない。では、なぜ、中小企業の事業承継が大きな課題となっているのか。それは、今、準備に着手しないと経営者の引退時期に間に合わないからである。

中小企業庁によると、中小企業の経営者年齢のピークは1995年から2015年までの20年間で47歳から66歳へ移動した(*1)。中小企業経営者の引退年齢が70歳前後であることに鑑みると、全てではないにしても、多くの中小企業が今後数年間で事業承継に取り組む必要がある(*2)。一方で、中小企業の社長交代率の推移を見てみると、1991年~1995年の5年間の平均は4.54%であったが、2012年~2016年の5年間の平均では3.79%となっている(*3)。社長交代率の低下傾向だけで事業承継が停滞状態にあると断じることはできないが、多くの企業で社長が交代していない様子はうかがえる(*4)。

また、事業承継が完了するまでには様々な検討事項が生じる。例えば、事業承継すると言っても親族内で承継するのか、親族外の場合には社外から招聘するのか等、事業承継の実行を行う前の段階でも様々な課題が現れるケースが多い。したがって、早くから事業承継の準備を進めていくことが重要となる。

政府による後押し

政府が税制改正をしてまで中小企業に事業承継を促すのは、事業承継が行えずに多くの企業が廃業してしまうことが、日本経済にとって大きな痛手となるからである。昨年、2017年6月に中小企業庁は企業の廃業による経済損失を試算した。それによると、2025年頃までに、約650万人の雇用と約22兆円のGDPを失う可能性があるとしている(*5)。こうした状況を踏まえると、中小企業の事業承継の成功如何が日本経済の明日を左右するといっても過言ではないだろう。

また、別のデータを見ると、中小企業の経営者の多くが「誰かに経営を引き継ぎたい」と考えていることがわかる(*6)。日本経済の活力を失わせないためにという政府の考えと事業を引き継ぎたい経営者の思いもあって、今回の税制改正が行われたものと思料される。

事業承継税制の改正のポイント

今回の改正では、10年間の特例措置として税制適用条件の緩和・拡大、税制適用後の納税の負担軽減を図ることで、企業が利用しやすい制度へと拡充された。制度に時限措置を設けることで、中小企業の事業承継を促すねらいがある。

事業承継税制とは、中小企業の税負担が軽減されるという優遇措置である。具体的には、中小企業において後継者が現経営者から相続又は贈与により非上場企業の株式等を取得した場合に、都道府県知事の認定を受けることで、相続税・贈与税の納税が猶予される制度である。

例えば、現行制度では、事業承継後5年間平均で相続・贈与時の雇用8割を維持することが求められ、仮に、雇用8割を維持できなかった場合には、猶予された贈与税・相続税の全額を納付する必要があった。今回の改正では、雇用8割の維持を満たさなかったとしても、納税猶予が可能になる制度となっている。このような雇用に対する要件緩和は、中小企業経営者の立場になってみると、事業承継税制の活用を前向きに考える大きなインセンティブになることが期待されている。

今後、情報収集をすすめ、12月頃には本稿の後編として、中小企業の事業承継をさらに加速するための支援や方策について紹介したいと思う。

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改正項目 現行制度 改正後
[1]対象株式数上限等の撤廃 納税猶予の対象になるのは、発行済議決権株式総数の2/3までであり、相続税の納税猶予割合は80% 対象株式数の上限を撤廃し、議決権株式の全てを猶予対象とする。
[2]雇用維持要件の見直し 5年間の雇用平均が8割未達の場合、猶予された額を全額納付。 5年間の雇用平均が8割未達でも猶予は継続
※雇用維持ができなかった理由が経営悪化又は正当なものと認められない場合、認定支援機関の指導・助言を受ける必要がある。
[3]対象者の拡充 一人の先代経営者から一人の後継者への贈与のみが対象。 親族外を含む複数の株主から、代表者である後継者(最大3人)への承継も対象。
[4]経営環境に応じた減免 後継者が自主廃業や売却を行う際、経営環境の変化により株価が下落した場合でも、承継時の株価を元に贈与税額・相続税額を納税 経営環境の変化を示す一定の要件を満たす場合において、売却・廃業時の株価を元に納税額を再計算し、事業承継時の株価を元に計算された納税額との差額を減免。
[5]相続時精算課税制度の適用範囲の拡大 60歳以上の父母又は祖父母から20歳以上の子又は孫への贈与が相続時精算課税制度の対象。 贈与者の子や孫でない場合でも、60歳以上の贈与者から20歳以上の後継者への贈与も相続時精算課税制度の対象。

(出典)中小企業庁、平成30年度事業承継税制の改正の概要より筆者作成(*7)


  1. *1中小企業白書 2018年版(中小企業庁、2018年6月25日)
    http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/h30/index.html
    第2部 第6章で経営者年齢分布を年代別に分析。
  2. *2中小企業白書 2013年版(中小企業庁、2013年8月23日)
    http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H25/h25/index.html
    第2部 第3章で経営者の引退時期の推移を分析。
  3. *3全国社長分析(帝国データバンク、2017年)
    https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p170106.html
  4. *4中小企業庁Webサイト「事業承継ガイドライン」(2016年12月5日)
    http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2016/161205shoukei.htm
    第1章で社長交代率の下落傾向について分析。
  5. *5首相官邸Webサイト「未来投資会議構造改革徹底推進会合
    『地域経済・インフラ』会合(中小企業・観光・スポーツ・文化等)
    (第1回)配布資料」(2017年10月12日)
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/chusho/dai1/
    経済産業省の資料内で、廃業による損失の試算に言及。
  6. *6中小企業白書 2017年版(中小企業庁、2017年6月23日)
    http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H29/h29/index.html
    第2部 第2章で経営者の事業承継に対する意向等を分析。
  7. *7中小企業庁Webサイト「平成30年度事業承継税制の改正の概要」(2018年4月2日)
    http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2018/180402shoukeizeisei.htm
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