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炭素価格、シナリオ分析で「想定内」に

2020年2月7日 環境エネルギー第2部 柴田 昌彦

炭素価格が導入されたらどうなるのか。より説明的に書けば、「温室効果ガスの排出に高いコストを支払う未来が到来した時、我が社はどうなるか?」。この問いに真摯に向き合う企業が急増している。

後押しするのはTCFD提言だ。気候関連の財務情報開示の世界的な枠組みとなった同提言は、企業にシナリオ分析を推奨する。ここでのシナリオ分析とは、脱炭素社会への移行のため政策・市場が激変する世界や、気温上昇や気象災害の激化が進む世界を具体的に想定し、自社経営の強靭性を検討する取り組みである。炭素価格は、シナリオ分析の代表的な設定条件だ。国際機関等は、2030年前後にCO2換算で1トンの排出量に対して、数十ドルから100ドル程度の炭素価格を想定する。企業側には「受け入れがたい」との声も多いが、自社は耐えられると示さねば金融市場からの評価が下がる。多くの企業が炭素価格の影響評価と対策検討に踏み出し、筆者も各社の対策支援に奔走する1年となった。

結果は興味深い。ある企業は、炭素価格が自社製品の価格競争力を高める可能性に気付いた。別の企業は、対応策は価格転嫁であり、炭素効率性アップと顧客に対する保証が鍵との結論に至った。海外と競争するある企業では、炭素価格未導入国からの輸入には国境課税が必要との議論が巻き起こった。脱炭素施策のコスト試算を行った担当者が、トンあたり100ドル程度の炭素価格を「安すぎる」と呟いたこともある。炭素価格以外にインセンティブ政策も必要との議論もなされた。

日本の企業人にとって、炭素価格は現実感がなく「想定外」に近い状況が続いていた。しかし、リスク管理で避けるべきは「想定外」である。賛成・反対の立場とは関係なく、シナリオ分析で炭素価格を「想定内」とした企業は、いざという際にも事前の想定を踏まえて必要な対策を取ることができる。

また、企業が政策としての炭素価格を議論したことも重要である。脱炭素施策の導入を真剣に検討する企業が増加し、各施策を経済合理的なものとする政策も求められ始めた。その代表たる炭素価格はどうデザインされれば効果を発揮するのか。限界や副作用はどのようなものか。今回、少なくない企業が自社の考え方を整理した。このことは今後の炭素価格の政策論議をより深める土台となるだろう。

シナリオ分析は、実務対応と政策提言の両面で、炭素価格に対する日本企業の理解を深める契機となった。賛成・反対の意見はさまざまであるが、企業がシナリオ分析において炭素価格を「想定内」としたことの意義は、今後徐々に現れてくると筆者は考える。

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