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欧州発グリーン・リカバリーとグリーン・ディール政策

ポスト・コロナの農業と食

2020年6月24日 グローバルイノベーション&エネルギー部 山本 麻紗子

最近、新型コロナウイルス(COVID-19)で大きな痛手を負った欧州を中心に「グリーン・リカバリー」という言葉が頻繁に登場するようになった。COVID-19禍からの経済復興策に気候政策を融合させようという考えで、もともとはEUの欧州議会議員グループの非公式な呼びかけであった。その後、2020年4月末の非公式国際会合「第11回ペータースベルク気候対話」において、日本を含む27カ国の環境大臣や国際通貨基金(IMF)がグリーン・リカバリーの重要性を認識し、経済回復のための計画は、パリ協定および持続可能な開発目標(SDGs)の理念に沿うものでなければならないという意見で一致した。

本稿では、グリーン・リカバリーの発信源となった欧州において、今後、あらゆるEU政策の中心となる「欧州グリーン・ディール」と食と農業の関わりについて、また、どのように持続可能な農業と食の発展が望まれるのかという点について論じる。

1.欧州グリーン・ディール

欧州グリーン・ディールとは、2019年12月に就任したフォン・デア・ ライエン新欧州委員会委員長(任期5年)が公約の一番目に掲げた目玉政策であり、EUとして2050年までに温室効果ガス排出が実質ゼロとなる「気候中立」を達成するという目標を掲げている。当初より2020年春に具体策を打ち出し、実施される予定であったものだが、今回のCOVID-19の影響を受け、グリーン・リカバリーという言葉とともに、ポスト・コロナは気候対策重視という認識が世界中で高まりつつあることから、その重要性が再注目されている。

今後、農業部門を含め、EUの政策およびインフラ、技術に対する投資プログラムは欧州グリーン・ディールを中心に展開すると予想される。前述のペータースベルク気候対話でも、ドイツのメルケル首相は、欧州グリーン・ディールへの支持を宣言するとともに、気候対策が経済復興の中心であり続けることを強調している。

欧州グリーン・ディールは、気候中立と経済成長の両方を達成し、EU経済を持続可能なものにするという多岐にわたる包括的な政策である(図1)。農業・食産業に関する分野であれば、「公平で健康的な環境に優しい食品システム」と「生態系および生物多様性の保護と再生」との関連性が高い。特に「農場から食卓へ(Farm to Fork)戦略」は、今後の欧州農業政策において重要なコンセプトになると見込まれている。


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表1 欧州グリーン・ディールに関連する主な出来事
2019年12月1日 EU新体制発足
2019年12月11日 欧州グリーン・ディール概要案の発表
2020年1月14日 欧州グリーン・ディール投資計画および移行メカニズムの発表
2020年3月4日 欧州気候法(Climate Law)法案発表
欧州気候協約(Climate Action Pact)への意見募集開始(2020年6月17日まで)
2020年3月10日 欧州産業戦略(European Industrial Strategy)の承認
2020年3月11日 循環経済行動計画(Circular Economy Action Plan)案を提出
2020年4月14日 欧州環境大臣とグローバル企業39社のCEOが「グリーン・リカバリー・アライアンス」を結成
2020年4月27日-28日 「第11回ペータースベルク気候対話」において気候対策重視の経済復興の重要性を確認
2020年5月20日 農場から食卓へ戦略(Farm to Fork strategy)および欧州生物多様性戦略(EU Biodiversity Strategy)の発表
2020年5月27日 欧州委員会がCOVID-19感染拡大からの復興基金を含む予算案「多年度財政枠組み(MFF)(2021年~2027年)」の発表

出所:欧州委員会HP等よりみずほ情報総研翻訳


図1 欧州グリーン・ディールの要素
図1

出所:欧州委員会政策文書"The European Green Deal"よりみずほ情報総研翻訳

2.農場から食卓へ(Farm to Fork)戦略

欧州グリーン・ディールを実現するため、農業部門において核となるのがFarm to Fork戦略である。2020年5月20日、欧州で次々とロックダウンが緩和される中、欧州委員会はFarm to Fork戦略と欧州生物多様性戦略(EU Biodiversity Strategy)を発表し、自然、食料システム、生物多様性の新たなバランスを提示した。

Farm to Fork戦略は、生産から消費までの食品システムを公正で健康的で環境に配慮したものにすることを目指している。欧州委員会は、EUの共通農業政策(CAP)は、持続可能性を核としており、欧州グリーン・ディールが掲げる持続可能性への移行を支援し、気候対策への取り組みと環境保護のための農家の努力を強化すると述べている。実際、CAP予算の約40%が気候対策に配分されることから、CAPは欧州グリーン・ディールとFarm to Fork戦略実現の重要な手段として位置付けられている。また、現在策定中の次期CAP(2021年~2027年)では、政策実施にあたり、各加盟国が策定するCAP戦略計画に欧州グリーン・ディールとFarm to Fork戦略の目標を反映させることが期待されている。


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表2 欧州委員会による農場から食卓へ(Farm to Fork)戦略案の主な内容
農薬
  • 2030年までに化学農薬の使用とリスクを50%削減
  • 2030年までに有害性の高い農薬の使用を50%削減
肥料
  • 土壌の肥沃度を低下させずに栄養損失を最低50%削減
  • 2030年までに肥料使用量を最低20%削減
抗菌性物質
  • 2030年までに家畜および水産養殖用の抗菌性物質の販売を50%削減
有機農業
  • 2030年までに全農地の25%を有機農業とするための開発を促進
食品表示
  • 消費者が健康で持続可能な食事を選択できるよう、食品の栄養、気候、環境および社会的側面をカバーする持続可能な食品表示の枠組みを開発
フードロス対策
  • 2023年までにEU全体で食品廃棄を削減するための法的拘束力のある目標を提案
研究とイノベーション
  • Horizon Europeの下、食料、バイオエコノミー、天然資源、農業、漁業、水産養殖、環境関連の研究開発に投資(100億ユーロ)
グローバルな移行
  • 欧州の食品を持続可能性の面で知名度を上げ、農家の競争力を向上
  • 持続可能な食品システム構築に向け、第三国および国際的主体と連携

出典:欧州委員会政策文書"Farm to Fork Fact Sheet"よりみずほ情報総研翻訳

3.ポスト・コロナの農業部門の予算

EUが実施する政策は、EUの財源管理手法である多年度財政枠組(Multiannual Financial Framework:MFF)という予算案に基づき実施されており、現在は次期MFF(2021年~2027年)の協議が行われている。CAPもまたMFFに紐づけて実施されるため、次期MFFが確定しなければ次期CAPも確定しない。

欧州委員会は5月27日、COVID-19感染拡大からの復興のための基金を含んで増強した次期MFFの新案を発表した。「次世代のEU」と名付けられた復興基金は、「グリーン」「デジタル」「社会」を重点分野とし、予算規模は7500億ユーロで、次期MFFの改訂案1兆1000億ユーロと合わせたEU予算の規模は1兆8500億ユーロに上る。気候対策にEU予算の25%を割り当て、パンデミックの影響を緩和し、持続可能な未来を実現することを目指すとしている。

次期MFFは、当初の予定では2019年末までの予算案合意を目指していたが、大幅な遅れが出ている。最大の要因は英国のEU離脱であった。英国はEU財政における主要な純拠出国の一つであったことから、離脱によってEUの歳入不足が発生する。そのため、予算配分については純拠出国である西欧と新規加盟国との対立等もあり、現時点(2020年6月)で合意に至っていない。それが今般の復興基金に必要な資金調達を行うため、EU予算の独自財源の上限をGNI(国民総所得)の2%まで引き上げるという新たな案が出たことは注目に値する。

4.今後の動向

農業が生産活動に付随してさまざまな影響を環境に与えることを考えると、農業政策と気候対策は切り離せない関係にある。農業政策は環境への配慮を盛り込んだものでなくては予算確保が困難な状況にあり、その要求水準は年々上がっている。

EU市民の環境意識の高まりやEU財政における厳しい予算競争、貿易摩擦やCOVID-19のような市場の不安定要素から農業と食を守るためにも、持続可能な農業という視点はますます重要になる。

特に、今般のCOVID-19禍において、欧州は甚大な人的・経済的被害を被った。農業部門においても、主要輸出市場が国境を閉鎖し、海外からの季節労働者が不足し、グローバルな供給網が止まり、消費マインドが停滞し、全般的に農業・食産業が減速した。COVID-19の影響は、最大限効率性を重視して構築してきた経済・社会システムの脆弱性を露呈したといえる。ポスト・コロナでは、効率性重視によって生じた格差や偏在を解消し、サステナビリティを重視した経済・社会システムへの移行が必要となる。その意味において、欧州グリーン・ディールが今後の欧州政策の要となるのはほぼ確実といえる。

これまで、気候対策重視の農業政策の必要性自体については異論がなかったものの、予算配分や実際の運用方法について議論がまとまらず、進行に大幅な遅れが出ているEUの予算と農業政策に係る決定プロセスがCOVID-19の影響を受けて加速化するのか、また、実施にどのような影響が出るのかを見極めるためにも、今後の動向が注目される。

日本もまた欧州の農業と同様に高齢化、小規模農家の生き残り、海外市場における競争力強化等の課題を抱えている。また、日本においても近年、極端な気温上昇や豪雨の増加など、気候変動が要因の1つとして考えられている現象が増加し、農業部門においてもその対策は必須である。EUの気候対策重視の農業政策は、日本の農業政策の立案に当たって比較対象とされており、その動向を追って行っていくことが、類似制度のあり方を検討していくうえで参考となるだろう。

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