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コロナ禍で注目度が高まるラボオートメーション

2021年2月3日 経営・ITコンサルティング部 鶴岡 茉佑子

コロナ禍における研究活動の現状

COVID-19の感染拡大防止のため、テレワークやオンライン授業の導入が進んでいる。一方、出社・登校の抑制によって、日々の活動に大きな支障が生じる人々も存在する。実験室を日常的に利用する自然科学系の研究者(学生を含む)もその一人だ。実験に基づくデータが研究活動の材料となる研究者にとって、実験室が使えないことは大きな打撃である。実際に、研究者の約80%にCOVID-19による研究活動への支障が出ており、その最大の要因は、研究室や設備(実験機器等)の利用停止であるとの調査結果も発表されている*1

この状況の改善に役立つ可能性のある技術の1つとして、実験の自動化、すなわちラボオートメーション技術が挙げられる。ラボオートメーション自体はこれまでも継続的に取り組まれてきたテーマであり、たとえば自動分注装置(大量の容器に指定した量の溶液を移す)、自動培養装置(細胞が一定以上の量に増殖したら培地を交換する)等はすでに実用化されている。COVID-19の流行下では「三密」の回避に有効な方法として注目が集まっているが、今後自動化できる領域が広がることで、ラボオートメーションは三密回避以上のさらなる価値を発揮すると考えられる。本稿ではデジタル変革の実験室における例として、特に生化学系におけるラボオートメーションやその先にある研究活動の在り方について紹介したい。

ラボオートメーションの課題と、その解決に関わる取り組み

上述の通り、ラボオートメーションはCOVID-19の影響を受けて新たに生まれた技術分野ではなく、従来からさまざまな研究機関や企業がその発展に寄与してきた分野である。ロボティクス技術や画像認識技術を用いた自動化のほか、昨今は特に実験機器メーカーが自社装置やその制御ソフトウェアをクラウド対応にすることで遠隔操作等を可能にする例も増えており、利用者にとってはユーザビリティの向上、メーカーにとっては自社製品をラインで導入してもらうための付加価値提供につながっている。一方、ラボオートメーションはまだ発展を続けている途中であり、現状は、一部の実験室が特定の操作を自動化している段階である。自動化をより進めるためには、主に装置同士の連携・接続性向上と導入コストの2つの課題が挙げられる。

課題1:装置同士の連携・接続性が不十分

実験室の中にはさまざまな実験機器があり、それぞれが異なる機能・役割を担って稼働している。ラボオートメーション技術によりこれらの機器がそれぞれ自動化されることで、研究者は煩雑な手作業や稼働中の様子をたびたび見に行く手間を省けるようになってきた。一方で、機器同士の連携は自動化されていないケースも多く、機器から機器に試料を移す工程に手作業が発生している。実験室は、工場と異なり実験によって用いる機器の種類や使う順番が変わるほか、工程と工程の合間に細々とした作業(例:別の容器に移す、かき混ぜる等)が発生するなどの理由から、専用の装置を設けて自動化するよりも手作業で行った方が効率的なのが現状である。

この課題の解決に活用されつつあるのがロボットアームだ。ロボットアームの動作の正確さ・繊細さ・自由度は年々向上しており、さまざまな状況に柔軟に対応することができるようになってきた。特に人間のように2本の腕を持つ双腕ロボットは、既存の実験設備の配置や運用を大きく変えることなく活用できるという利点もあり、実験の自動化を促進するキーデバイスとして注目を集めている。ロボット制御技術は製造業向けに開発されているものを転用できる部分も多く、今後も高機能化・高精度化などが進むと思われる。

また、全く別のアプローチとして、実験機器同士を連携・接続する代わりに実験機器の機能を模した微細な流路やセンサー等を組み合わせることで、小型のチップ上に実験室を再現するLab-on-a-Chip技術も挙げられる。実際の実験室を自動化する場合と異なり、再現できる工程の種類や扱える試料の容量は限られる反面、条件を少しずつ変えながら同じ実験工程を大量に並列実行できる等の特長がある。さらに、チップ上に細胞を組み込むことで生体機能を再現するOrgan-on-a-Chip技術も開発が進んでおり、将来的には動物実験や臨床試験と同様のデータを自動的に得られるようになる可能性がある。また、これにより動物実験・治験の削減、医薬品の毒性・安全性評価の効率化、患者数が少ない疾患に関する研究の促進などの効果も得られると期待されている。

課題2:導入コストが高い

多くの研究者にとって研究活動は予算とのせめぎ合いであり、実験室に導入する機器に関しても、費用対効果を見極めることが重要である。課題1に述べたとおり、現状のラボオートメーションは主に個々の装置単位での自動化であることから、費用を費やして自動化された(相対的に高価な)装置を1つ購入しても、効果はその装置が担う工程の範囲のみとなってしまうケースが多い。

この課題に対しては、市販の電子工作キットや3Dプリンター等を活用したDIY*2の動きが広まりつつある。一部の研究者は、市販の部品や材料を組み合わせることで実験工程の一部を自動化する取り組みを進めており、100万円以上する自動培養装置と同等の装置を10万円以下で作成した例もある*3。当然ながら、実験装置や電子工作等に関する一定の知識が必要ではあるが、高機能な市販品とDIY品を組み合わせて使うことで、比較的安価にラボオートメーションを実装することも可能である。

また、ロボットアームが多種多様な実験機器を自由に使いこなせるようになれば、初期コストは下がらないものの、自動化による効果が向上することで費用対効果は改善される。ロボットアームは多くの産業で使われることから、今後競争原理により価格が下がることも考えられる。また、さらに高度な自動化が可能になれば、必要な設備を1カ所に集約して多くの研究者でシェアすることでトータルコストを下げることも考えられる。このような大型の拠点では、自由に使える実験室がない個人やベンチャー企業から実験の計画を受け付け、代理で実験を実施、実験結果のデータを返すというようなサービス形態等もあり得るかもしれない。

ラボオートメーションによる効果

ここまでに述べたように、実験の自動化に関してはさまざまな取り組みが進んでいる。今後、ラボオートメーションがより高度化されることで、主に(1)実験の再現性向上、(2)研究者の待遇改善・人材の多様化、(3)実験の自動化から研究の自動化への発展の3つの効果が期待される。

効果1:実験の再現性向上

研究において、「同じ実験をしたら同じ結果が出る」ことは当たり前ではない。むしろ、研究者の約半数は自分が過去に行った実験を再現できなかった経験があるとの報告もある。他人が過去に行った実験の場合は、さらに多くの研究者が再現性の欠如を経験しているという*4

実験の再現性が取れない一因としては、一部の実験手技が職人芸と化していることが挙げられる。人間が実験操作をするうえでの感覚的なコツや癖は、論文や実験ノートには明文化されず、実験を行った本人以外には(場合によっては本人にすら)わからない。その点、自動化された実験器具は入力された以外の動作をせず、また、全く同じ動作を何度でも反復できる。実験の自動化によって「同じ実験をしたら同じ結果が出る」のが当たり前になることで、研究者は実験の無駄なやり直しを大幅に削減できるだろう。また、自動化されることで実験データの不正を軽減することも可能になるなどの副次的な効果も期待できる。

効果2:研究者の待遇・環境改善、人材の多様化

研究者の仕事は頭脳労働が主であり、実験はあくまでデータを集める手段であるはずだが、実際には研究に費やす時間の多くが実験に割かれていることも珍しくない。特に若手研究者はデータを集めるための実験が時間的・身体的・心理的な負担になり、自分自身のキャリアアップのための活動に満足に取り組めないというケースもある。実験装置・ラボの自動化が進むことで研究者は本来の知的生産活動に注力できるようになり、若手も含めて研究に打ち込める環境が構築できるだろう。また、危険な試料・試薬(例:感染性物質、毒劇物等)への曝露機会を減らすことができるというメリットもある。

さらに、人間の介入する工程が大幅に削減されることで、時間・距離・経験・身体機能等に制限がある場合でも実験データが取得できる場面が増える可能性もある。より幅広な人材が研究者として活躍できるようになり得るほか、さまざまな背景の研究者が増えることで分野横断的な研究の増加やダイバーシティの推進等の効果も期待できるだろう。

効果3:実験の自動化から研究の自動化へ

種々の研究活動は、実験によるデータの収集と、データの分析による仮説の修正の繰り返しが主である。昼夜を問わず稼働できるロボットによって実験が自動化され、また効果1に述べた無駄な再実験が削減されれば、データを収集する工程は大きく時間を短縮できるだろう。さらには、データを分析する工程もAI等の活躍によって自動化し得る領域であり、将来的には実験の自動化にとどまらず、研究活動全体を省力化できる可能性がある。研究活動はよりスピードアップし、基礎研究から社会実装までの所要時間は今よりはるかに短くなるかもしれない。

おわりに

COVID-19は今なお社会に大きな負担を強いているが、人々はデジタル化をはじめとするさまざまな工夫でこれを乗り越えようとしており、研究の現場においてもこれは同様である。また、ラボオートメーションのさらなる発展に向けて、技術の開発も着々と進みつつある。デジタル変革の大波が研究活動そのものの在り方を変える日は、想像よりも間近なのかもしれない。

  1. *1NISTEP「新型コロナウイルス流行の研究活動への影響等に関する調査 ―博士人材データベース(JGRAD)におけるウェブアンケート調査―」(2020)
  2. *2専門家ではない人が、自分で何かを作ったり改造したりすること。Do It Yourself(自分でやる)の略。
  3. *3M. May, A DIY approach to automating your lab, Nature 569, 587-588 (2019).
  4. *4M. Baker, 1,500 scientists lift the lid on reproducibility, Nature 533, 452-454 (2016)

鶴岡 茉佑子(つるおか まゆこ)
みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部 コンサルタント

ライフサイエンス、医薬品・医療機器分野に関する調査研究・コンサルティングに従事。再生医療、MedTech、3Dプリンティング等に関する技術動向調査、市場動向調査、事業戦略・政策立案支援等に携わる。

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