ページの先頭です

AIは産業をどう変えるか(1/2)

  • *本稿は、『生活協同組合研究』 2017年1月号(発行:公益財団法人生協総合研究所)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部 能瀬 与志雄

1.今なぜAIか?

(1)AIとは?

今、AI(人工知能)が注目を集めている。AI関連のニュースを目にしない日はないほどに、研究や産業の様々な分野でAIの発展や応用が見られるようになっている。また、「囲碁の世界的な棋士がAIに敗北した」「専門医より早く癌の診断に資する情報を見つけ患者の命が助かった」等、人間を凌駕するのではないかとも思われる事例も出てきている。いったい何が起こっているのだろうか?

「知能」というコトバは大人なら誰でも知っているが、「その意味は?」と問い詰められると意外と答えにくいだろう。「人工知能」とは何かということについても、専門家の間でも実は共通のものはない。2016年5月に人工知能学会は国内の第一線級の人工知能研究者13名の共著で『人工知能とは』を上梓しているが、同書ではそれぞれの研究者が考える「人工知能」が述べられており「研究者の分だけ“人工知能”がある」状況である。

同書で日本の人工知能研究の嚆矢(こうし)の一人である中島秀之氏は「知能」について

  • 環境に適応し自己を保存する能力
  • 環境を自己に有利に変更する能力
  • 学習能力
  • 未来予測能力
  • 伝達能力
  • 抽象的記号操作を行う能力

の総体と考えてはどうかと提案している。

人工知能は究極的にはこうした「知能」全てを「人工」で実現することを目指しているが、現在はその一部を実現しているという段階である。

なお、人工知能研究は「知能とは何か」といった一種哲学的な側面がある一方で、機械(=コンピュータ)でそれを実現する「実装」にも大きく注力されてきたことにも留意が必要である。「人間自体」を実装するには程遠いが、対象や条件を絞り、そこに人工知能研究で培った技術を投入して実装することで実用的なシステムを実現することもできる。現在のAIブームで実現していることはこうした側面が強い。

(2)AIの歴史

AI(Artificial Intelligence)という言葉は今から約60年前の1956年夏に開催された「ダートマス会議」で会議の提案者の1人であったジョン・マッカーシーが最初に使ったとされている(表1)。この会議ではマッカーシーの他に、後に「心の社会」など人間と人工知能に関する考察で著名になるマービン・ミンスキー、情報理論で著名なクロード・シャノン、IBMの最初の商用コンピュータの開発チームの中心であったナザニエル・ロチェスターなど初期の人工知能の発展に多大な貢献をした学者が参加してAIについて議論をし、研究のフレームワークを提案した。また、参加メンバーの1人で後のノーベル経済学賞受賞者でもあるH.A.サイモンらは初の人工知能プログラムと言われる「Logic Theorist」のデモンストレーションを実施した。

それを受けて、現在のAIの基礎となっている、人間の脳神経系の機能をモデル化した電子回路による情報処理を行う「ニューラルネットワーク」や知識の表現、推論等、人工知能研究の多くの概念や手法が1960年代にかけて研究され発展した(第1次AIブーム)。

しかし、AIという言葉の提唱者であったマッカーシーらが1969年に人工知能の限界について指摘した「フレーム問題」(状況が限定されていない場合、機械は人間と違ってやろうとしていることに関係しうるありとあらゆることを考えてしまい解決に至らない)等の容易には解決できない難題が明らかになり、第1次AIブームは下火になり「冬の時代」を迎えた。

その後も研究は続けられる中で、1970年代後半から80年代にかけて「知識工学」という分野が発展し、それをベースとした「エキスパートシステム」が実用化された。「エキスパートシステム」とは専門家の知識をルールとして定式化して格納する「知識ベース」とその知識を用いて複雑な課題への答えを導き出す「推論エンジン」とでなるコンピュータシステムである。

エキスパートシステムは会計、人事、プロセス管理といった領域毎に開発が進み、多くの大企業で導入が進んだ。また、日本では当時の通産省が主導して世界でも有数の推論エンジンである「第五世代コンピュータ」の開発が国家プロジェクトとして推進され、多くの研究者・企業がこれに携わった(第2次AIブーム)。

このように「エキスパートシステム」はAIが産業に本格的に導入された最初の例となったが、膨大な専門家の知識を定式化することや「想定外」の現象やルール同士の矛盾の取り扱いの困難さが障壁となって、実用的な技術発展の限界が見えたことから産業界では第2次AIブームが終焉し、再び「冬の時代」を迎えた。

しかし、研究自体は継続され、ニューラルネットワークの改良や機械学習手法の発展がみられた。機械学習とはコンピュータ自身がデータからルールやパターンを導出する仕組みであるが、これはエキスパートシステムが専門家の知識を人間がルール(=ロジック)として実装したのに対して、(典型的には)膨大な正誤や分類を特定するデータ(例えば、「猫」と「猫でない画像」)をコンピュータに与えることで「猫の画像とはどんなものか」を学習するという、エキスパートシステムとは異なる「帰納的な」アプローチの手法である。機械学習はWebの普及などで膨大なデータが誰でも利用可能になるとともに発展した。並行してコンピュータの性能向上も進み、例えば1997年にはIBMの超高速コンピュータ「ディープ・ブルー」がチェスの世界チャンピオンに勝利してAIは再び注目されるようになっていった。

そして、2006年にはカナダ・トロント大のジェフリー・ヒントンらが「ディープラーニング」を提唱する。ディープラーニングはニューラルネットワークを何段にも階層化してより抽象度の高いもの(画像の場合は点→線→輪郭→部分像→全体像)の特徴を学習していく手法で、人間の認知メカニズムに近いと言われている。2012年には著名な画像自動認識のコンテストで初参加したトロント大チームがディープラーニング技術を用いて、誤差率で2位以下に圧倒的な差をつけて優勝した。さらに同年にはグーグルがスタンフォード大との共同研究で、同社が2006年に買収していた動画共有サイト「ユーチューブ」の膨大な動画像から1000万枚を対象にディープラーニング技術を用いて解析し、猫の画像を人間が見本である猫画像の特徴を教えることなく、AIが独力で抽出することに成功した。このことは従来は人間が作成する必要があった見本となるデータを用意しなくともコンピュータが自動的に「○○の特徴」を抽出する可能性に途を開いた。

こうしたことが研究開発を加速し、2015年には画像自動認識の精度でマイクロソフトとグーグルが相次いで人間の誤差率を超える精度を達成した。そして、冒頭述べた2016年のAIの囲碁の名人への勝利もグーグルが買収した英・ディープマインド社のディープラーニング技術によるものである。このように、AIはグローバルなIT企業の競争領域として重要なものとなるとともに、技術のレベルアップに伴い実用性も増していき、先端的なIT以外の企業における重要技術とも位置づけられ、AIに対する研究開発投資競争が激化している(第3次AIブーム)。

左右スクロールで表全体を閲覧できます

表1 AI の発展
事項
1956 ダートマス会議(AI という言葉の登場)
1969 「フレーム問題」の指摘
1970年代 (エキスパートシステムの開発・普及)
1982 「第五世代コンピュータ」プロジェクト開始
1997 IBM の超高速コンピュータ「ディープ・ブルー」がチェスの世界チャンピオンに勝利
2006 カナダ・トロント大のジェフリー・ヒントンらが「ディープラーニング」を提唱
2011 IBM の人工知能ワトソンが米TV 番組でクイズ王に勝利
2012 画像自動認識のコンテストでトロント大チームがディープラーニング技術を用いて圧勝
2012 グーグルがスタンフォード大と共同研究して、猫の画像抽出に成功
2015 マイクロソフトとグーグルが画像認識コンテストで人間の正答率を超える
2016 英・ディープマインド社の人工知能が韓国の囲碁の世界的な棋士に勝利

(3)第3次AIブームの成立要件

第3次AIブームは技術面では機械学習の発展やディープラーニングの考案の貢献が大きいが、その背景には巨大な量のデジタルデータ(ビッグデータ)の存在、そしてそうした大量データの複雑な処理を可能にする高い計算処理能力が不可欠な役割を果たしている。例えば、グーグルが1000万件の動画像から猫の画像を抽出した際には1000台の高性能コンピュータを3日間稼働させた。それに掛かったコストは約1億円と言われており、検索ビジネスの拡張に伴い潤沢なコンピュータ資源を保有していたグーグルならではの成果であるという側面もある。

また、このようなAI技術を実際の産業へ応用する際には、必要となるビッグデータをどのように取得するかが問題になる。従って、企業がより役に立つデータを取得できるIoT(Internet of Things)のしくみを構築できるかが重要になる。

このように最先端の研究開発には膨大な資金と人材が必要になっている一方で、AI技術が広がるにつれて、技術のオープン化や低廉化の流れも生まれている。

例えばグーグルは2015年に自社の機械学習ライブラリTensor Flowをオープンソース化し、利用者はディープラーニングに基づく機械学習アルゴリズムを無料で利用することができるようになった。2016年にはさらに、AIを活用した顔認証、音声認識、自然言語処理のAPI1)(他のアプリケーションでグーグルの上記技術を使用するためのツール)を公開し安価に提供している。また、グーグル以外のグローバルIT企業も同様にオープンソースライブラリやAPIの公開を進めている。

これらのツールはある程度の技術力がないと使いこなせないが、そこまでの知識がなくとも利用ができるAIを業務用途に特化してパッケージ化したアプリケーションも比較的安価に提供されはじめている。例えば、本特集でも後段で執筆・紹介されているABEJA社はディープラーニング技術を用いて顧客の店舗における購買行動を分析するプラットフォームを月額数万円で提供している。このようなオープン化/低廉化は産業におけるAI活用のすそ野を広げるのに大いに貢献することが期待される。

ページの先頭へ