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AI70年の歴史(1/2)

  • *本稿は、『ビジネスパーソンのための 決定版 人工知能超入門』 (東洋経済新報社、2016年11月24日発行)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部
次長 河野 浩二
コンサルタント 豊田 健志

「知的ゲームで人間のチャンピオンに勝利」「生産性が大幅に向上」「病名を突き止め患者の命を救う」――そうしたAI(人工知能)の性能向上や用途拡大を伝えるニュースを目にする機会は日ごとに増えている。

日本経済再生本部による「日本再興戦略2016 ―第4次産業革命に向けて―」は官民協調によるAIの技術開発や活用促進を打ち出した。4月開催の「G7香川・高松情報通信大臣会合」でも「人工知能の発展によるイノベーション」を一テーマとし、未来などではなく今日の話としてAIの応用について議論がなされた。

このように今、注目を浴びているAIながら、すでにその歴史は約70年に及び、その間には2次にわたるブームと冬の時代があり、今や第3次AIブームのさなかにある(図表1)。

AIについては産官学の各分野から相次ぎ概論が公表されている(うち無料でダウンロードできる資料としては新エネルギー・産業技術総合開発機構<NEDO>技術戦略研究センターが技術レポート第8巻として15年11月に公表した『人工知能分野の技術戦略策定に向けて』が挙げられる)。

AIはさまざまに定義できる。たとえば日本オペレーションズ・リサーチ学会では「人間や生物の知能を、機械によって実現したもの、あるいはその研究分野」(同学会OR事典編集委員会「OR事典Wiki」)と定義している。それをもう少し実用性に即して表現すれば「人間による判断や認識の一部あるいは全部をコンピュータによって支援・実現するための情報処理に関する技術」となろう。本稿ではそのようなAIについて歴史を振り返り、最近の動向も概説する。

黎明期に基礎が築かれ60年代まで第1次ブーム

AIについて厳密な発展過程を定めることは難しいが、今から69年前の1947年のロンドン数学学会でアラン・チューリング(Alan M. Turing)によりAIの概念は提唱された。その9年後、今から60年前の56年に開催されたダートマス会議でジョン・マッカーシー(John McCarthy)らにより初めてAIという言葉が用いられ、学習や知能について解明しそれを機械で再現することを一分野として学術的に研究することが提案された。

こうしたAIの黎明期には理論やアルゴリズムなどが研究され、基本的概念が考案され、そして基本的技術の多くが構築された。現在のAIの基礎的な技術の一つとなっている神経細胞(ニューロン)や結合部位(シナプス)からなる脳神経系の構造を模したニューラルネットワークも提案された。AIに適したプログラミング言語として現在でも利用されているLISPなどの実装技術も開発されたのである。

そのうち主にニューラルネットワークによるAIの応用可能性が活発に研究された結果として、50年代後半から60年代にかけ第1次AIブームが形成された。

しかしながら、67年にマービン・ミンスキー(Marvin L. Minsky)らにより単純なニューラルネットワークでは非線形分離問題である排他的論理和問題の学習ができないとの指摘がなされてしまったほか、69年にはマッカーシーらにより条件の有限な問題でなければ解を得られないというフレーム問題が指摘された。当初の期待が大きかっただけに悲観論が広がり第1次AIブームは終息、70年代の冬の時代(第1次)を迎えた。


図表1 概念登場から約70年・命名から60年、現在は第3次AIブームのさなか
―AI開発70年史―
AIの
黎明期
1940年代 47年 概念としてのAIの登場:ロンドン数学学会でアラン・チューリング(Alan M. Turing)が提唱
50年代 56年 名称としてのAIの初出:ダートマス会議でジョン・マッカーシー(John McCarthy)が「A Proposal for the Dartmouth Summer Research Project on Artificial Intelligence」提案
第1次
AIブーム
58年 「パーセプトロン」登場:フランク・ローゼンブラット(Frank Rosenblatt)が提唱、ニューラルネットワークの基礎に
60年代 61年 AIの概念の普及:マービン・ミンスキー(Marvin L. Minsky)が 論文「AIへのステップ」発表
67年 パーセプトロンの限界:ミンスキーとシーモア・パパート(Seymour A. Papert)により指摘される
69年 「フレーム問題」:マッカーシーとパトリック・ヘイズ(Patrick J. Hayes)により指摘される
冬の時代
(第1次)
70年代 74年 「知識構造」(知識表現)の提案:ミンスキーが「フレーム表現」を提唱
77年 学術研究分野「知識工学」誕生:エドワード・ファイゲンバウム(Edward A.Feigenbaum)が提唱
第2次
AIブーム
80年代   「エキスパートシステム」商用化:産業界で多数採用
82年 日本で第5世代コンピュータプロジェクト開始
86年 デビッド・ラメルハート(David E. Rumelhart)がニューラルネットワークへのバックプロパゲーション(誤差逆伝播法)を提唱
冬の時代
(第2次)
90年代   エキスパートシステムの限界:「ルール」が膨大となり管理不可能に
「データマイニング」研究が加速
97年 米国IBM「ディープ・ブルー」がチェスのチャンピオンに勝利
2000年代   統計的手法の導入
自走式ロボットなどへの適用が加速
第3次
AIブーム
2006年 「ディープラーニング」(深層学習)研究が加速:ジェフリー・ヒントン(Geoffrey E. Hinton)らが「オートエンコーダー」「ディープ・ビリーフ・ネットワーク」開発
10年代 11年 米国IBM「ワトソン」がクイズ番組に挑戦
12年 ディープラーニングが画像認識コンテストで驚異的な精度を実現
米国グーグルがネコを認識する人工知能を開発
16年 米国グーグル「アルファ碁」がプロ棋士に勝利

(出所)みずほ情報総研作成

エキスパートシステムで80年代に第2次ブーム

70年代の冬の時代(第1次)にも技術そのものは進展していた。引き続きニューラルネットワークの研究がなされ、それとともに知識をベースとして推論するシステムの研究も進展しており、77年にはエドワード・ファイゲンバウム(Edward A. Feigenbaum)により学術研究分野としての「知識工学」が提唱されたのである。その結果として80年代には知識工学をベースに多種多様な推論を行うエキスパートシステムなどが商用化され、第2次AIブームを迎えた。

エキスパートシステムは特定問題についての専門家の知識を格納する知識ベースと、推論を実行する推論エンジンにより構成される。うち推論エンジンでは、82年の新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)発足をはじめ通商産業省(現・経済産業省)主導による高速な並列推論マシン「第5世代コンピュータ」開発を目指す国家プロジェクトなどが実施された。知識ベースについても専門家と知識エンジニアによる知識獲得や、専門家からの知識獲得方法の研究がなされた。

しかしながら、複雑な問題を取り扱える実用性の高いエキスパートシステムには、専門家からの膨大な知識の獲得が不可欠のうえ、知識の定式化の難しさや知識に基づくルールの矛盾などが障壁となって、第2次AIブームは下火となり90年代以降の冬の時代(第2次)を迎えた。

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