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死に思いはせ 人生豊かに

  • *本稿は、2017年4月14日付の読売新聞「論点」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 主席研究員 藤森 克彦

お茶を飲み、お菓子を食べながら、見知らぬ者同士が死について語り合う。「デスカフェ」という集まりが、日本でもあちこちで開かれるようになってきた。

市民グループなどの主催で、数人~十数人程度が参加。話題は「余命1年だとしたら、何をするか」「死後に残したいメッセージは何か」など様々だ。何か結論を出すわけではない。死についての認識を深め、限りある人生を豊かに送ることが目的だ。

デスカフェは2011年頃から、英国をはじめ欧米諸国で広がった。これまで40か国以上、数万人の人々が死について語り合ったという。

英国の状況を見ると、官民が一緒になって、死について語り合える雰囲気を社会の中に広げようとしている点が注目される。質の高い終末期ケアを実現するために、人々がどんな終末期を望むのか、自分自身で思い描けるようにすることが重要だと考えられている。

具体的には、緩和ケアに関わる団体が、英国保健省の支援を受け、09年に「死を考える連合」という非営利組織を発足させた。イベントやウェブサイトなどを通じて、死について議論することの重要性を啓発している。デスカフェは、その一つの手段である。

もう一つの注目点は、本人の望みをかなえるために、その意思を医療・介護の専門職と共有しようとしていることだ。英国の一部地域では、どこで終末期を過ごしたいか、終末期の治療を拒む意思があるかなどについて、診断情報と併せてシステム上に登録することが始まっている。

登録にあたっては、かかりつけ医が重要な役割を果たす。患者と対話して、終末期ケアについての意向を確認する。そして医療・介護の専門職が、登録情報に基づき、本人の望みに沿った終末期ケアを行うという。

日本では、75歳以上の高齢者が2030年までに3割以上も増える見通しになっている。この中には、長期療養を経て亡くなる方も少なくないだろう。そこで、次のような点を検討すべきだと考える。

第一に、終末期について、人々が考える場を広げることだ。療養期間が長期化する中で、元気なうちから他者と語り合い、自らの価値観に合った終末期を考える場は重要だ。一方、各地域では、こうした住民の意向を参考に、終末期ケアを含めた医療・介護の供給体制の整備が求められる。

ただし、終末期ケアの在り方は、あくまで本人の意思が基本であり、医療費削減を目的にすべきでない。実際、総医療費に占める死亡前1カ月間の医療費はわずかだと指摘されている。

第二に、本人の望む終末期ケアについて、医療・介護の専門職と情報共有する仕組みも必要だ。情報共有なしに、人々の意向を実現することは難しい。特に今後、一人暮らしで、本人の意向を伝える家族がいない高齢者が増えていくので、この点は重要になるだろう。

限りある人生の「今」を大切に生きるためにも、終末期に思いを向けることは意義があるだろう。

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