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将来の世界を知ることが第一歩

[連載]TCFDシナリオ分析の実務 第2回:TCFDが求めるシナリオ分析

  • *本稿は、『日経ESG』 2018年8月号 (発行:日経BP社)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 齋藤 文(ESG戦略タスクフォース)

先月号から4号連続で、気候関連情報開示タスクフォース(TCFD)が企業に求める「シナリオ分析」の実務について解説している。前回はシナリオ分析の目的や意義を確認し、大まかな手順について解説した。2回目となる今回は、シナリオ分析の肝になる「シナリオ(群)の特定・決定」において、自社シナリオの設定の際に参照する外部シナリオ(TCFDは「気候シナリオ」と呼んでいる)について解説する。

TCFDは企業に、自社のビジネスに対する影響が大きく、また現実になる可能性が高そうな「もっともらしい(Plausible)」未来の姿、将来像を「自社シナリオ」として独自に描くことを求めている。外部シナリオは、自社シナリオのもっともらしさを担保する「裏付け」となるものを選ぶ必要がある。

下の表に示すとおり、外部シナリオには「移行リスクシナリオ」と「物理的リスクシナリオ」の大きく分けて2種類がある。低炭素社会への「移行」に伴うリスク(移行リスク)を検討する場合は、「移行リスクシナリオ」を外部シナリオとして参照する。将来の気候変動の物理的な影響がもたらすリスク(物理的リスク)を検討する場合は、「物理的リスクシナリオ」を参照する。

左右スクロールで表全体を閲覧できます

2種類のシナリオを用いる
移行リスクシナリオ
  • IEAのシナリオが代表的
  • 複数の気候変動・エネルギー政策別に、将来的な低炭素社会への移行を表すシナリオ
  • 低炭素社会への移行の進み方が事業に与える影響の大きい組織にとって、リスクや機会の検討により多くの示唆をもたらす
物理的リスクシナリオ
  • IPCC第5次評価報告書(AP5)におけるRCPシナリオが代表的
  • 将来の大気中の温室効果ガス濃度や洪水発生リスクなど、気候変動がもたらす「結果」を表すもの
  • 気候変動による物理的なリスクが事業に与える影響の大きい組織にとって、リスクや機会の検討により多くの示唆をもたらす

出所:みずほ情報総研

低炭素社会の移行リスク示す

移行リスクシナリオは、将来的な低炭素社会への移行、具体的には、地球の平均気温または大気中のCO2濃度の上昇をある目標値(2℃または450ppmなど)に抑える場合のCO2排出量や、1次エネルギーと電力の需給量、技術の利用などを時期別、地域別に示すものである。

GDP(国内総生産)、人口、化石燃料価格や炭素価格などの将来想定、各国の気候変動・エネルギー政策を基にモデル計算を行い、CO2の排出削減がどのように進むかや、再生可能エネルギーやCCS(CO2回収・貯留)などの技術がどの程度の速さで普及していくかについて示唆を与える。

代表的なシナリオは、国際エネルギー機関(IEA)が示す「2℃シナリオ(2DS)」である。

2℃シナリオは、IEAの「エネルギー技術展望(Energy Technology Perspective、ETP)」で示された。2100年までの世界平均気温の上昇が、少なくとも50%の確率で2℃に抑えられるシナリオである。

このシナリオは、将来の予測を定量的に示している。例えば、エネルギー部門のCO2排出量は2060年に現状の70%削減となり、2100年にはカーボンニュートラル(炭素中立)になる他、2060年の1次エネルギー消費における化石燃料への依存度は、2014年の82%から35%に下がる。また、1500GW(15億kW)の石炭火力が耐用年数を迎える前に閉鎖され、残った石炭火力はCCSを実施する設備となることなどを定量的に示している。

TCFDでは、「2℃またはそれ以下のシナリオ」を参照することを推奨している。2℃シナリオの他にIEAが示す450ppmシナリオや、2℃未満シナリオ(B2DS)、持続可能な開発シナリオ(SDS)なども参照できる。

SDSは「世界エネルギー展望2017(World Energy Outlook、WEO)」に掲載されたもので、持続可能な開発目標(SDGs)のうち3つを同時に達成するシナリオである。気候変動に限定せず、パリ協定でも言及したSDGsに配慮した世界が表現されている。

IEA以外の移行リスクシナリオとして、TCFDは国際再生可能エネルギー機関(IRENA)のREmapや、大規模な脱炭素化への道筋プロジェクト(DDPP)などを挙げている。

気候変動の影響を把握する

物理的リスクシナリオは、温室効果ガス排出量の1年ごとの予測を基に、将来における大気中の温室効果ガス濃度や、洪水発生リスクなど気候変動の結果として現れる事象を、気候モデルによる計算を基に示したものである。

最も代表的なシナリオは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のRCPシナリオである。

RCPシナリオは「代表濃度経路(Representative Concentration Pathways)シナリオ」の略で、将来における温室効果ガス濃度を複数ケース仮定し、気候リスクの予測や影響評価を行っている。最新の第5次評価報告書から採用され、2100年時点での放射強制力(気候変動を引き起こす効果)の想定により4つのシナリオが用意されている。

4つのシナリオのうち、TCFDが推奨する「2℃以下のシナリオ」は気候変動対策を最も進める緩和型シナリオ(RCP2.6シナリオ)と、気候変動対策が中程度の安定化シナリオ(RCP4.5シナリオ)の2つである。さらに、物理的リスクを広い範囲にわたって把握するためには、世界で温暖化対策が行われず温室効果ガスが大量に排出されるシナリオ(RCP8.5シナリオ)を参照することも有効であろう。

RCPシナリオによると、21世紀末の世界平均気温の上昇は最大で4.8℃(RCP8.5シナリオの「可能性の高い」予測幅の最大値)となる可能性がある。降水量は地域や季節による差が激しくなり、世界の海面は上昇を続け、最大0.82m(RCP8.5シナリオの予測上昇範囲の最大値)となる。また、極端な高温や大雨、干ばつなどが起こる可能性も高まる。

どのシナリオを参照するか

自社シナリオを描くに当たり、どのシナリオを参照するのがいいだろうか。

組織の業種や事業活動によって、気候変動が与える機会やリスクは異なる。TCFDは、化石燃料やエネルギー集約型の産業、自動車業界などは移行リスク、農業や保険業、観光業などは物理的リスクの影響を受けやすいとしている。一方で、例えば発電事業者であれば、低炭素電源への政策的な移行リスクに加え、台風などの災害によるプラントへの壊滅的影響や水力発電所における水量の低下といった物理的リスクも考慮する必要がある。

事業によって程度の差はあるものの、移行リスクまたは物理的リスクはどちらかを完全に無視できるものではない。参照する外部シナリオを選択する前に、気候変動によって自社のビジネスに影響を及ぼしそうな事象を洗い出し、マテリアリティ(重要性)を評価する必要がある。

事業に最も大きな影響を及ぼすものが移行リスクならIEAなどの移行リスクシナリオを、物理的リスクであればIPCCなどの物理的リスクシナリオを参照し、それぞれのシナリオでどのような将来の世界、つまり社会像や絵姿が描かれているかを参照する。

その上で、その将来の世界において自社のビジネスはどうなっているか、ビジネスを取り巻く環境や市場はどう変化しているか、自社はどういったポジションを狙うのかなどについて、社内で議論してみることを自社シナリオ作成のファーストステップとしてほしい。

次回は、シナリオ分析を情報開示している企業を参考に、自社シナリオと分析の事例を紹介する。

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