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人生100年時代と公的年金保険

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2019年6月29日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 主席研究員 藤森 克彦

公的年金保険は、何のためにあるのか。大学の講義でこのテーマを考えるとき、公的年金保険が存在せず、現役時代からの貯蓄だけで老後に備えることを想定してみる。例えば、65歳で退職し、老後の生活費を月15万円と設定した場合、どれほどの貯蓄が必要か。その際、「一般論ではなく、あなた自身が必要とする貯蓄額を計算してほしい」と注文をつけると、学生は戸惑い始める。何歳まで生きるか予想できないため、貯蓄額を計算できないのだ。家や車を買うのとは話が違う。

ここに、公的年金保険の重要な意義がある。この年金は、個々人の長生きのリスクに対応した保険であり、死亡時まで年金給付が保証されている。もしこれがなかったら、75歳まで生きることを想定して貯蓄した人が85歳まで生きた場合、老後の生活費が10年分不足してしまう。人生100年時代では、公的年金保険があるからこそ、「将来長生きをしても大丈夫」という安心感を持つことができる。

ところで金融庁は、6月に人生100年時代に向けて資産形成を促す報告書を発表した。高齢夫婦無職世帯の家計収支の赤字から、退職後30年間生きるには約2000万円の蓄えが必要になるという。報告書によって、公的年金保険への不信感を募らせた人は多い。

筆者が残念に思ったのは、この報告書は今後の給付水準の低下を示唆しているが、前回の財政検証で示され目下進められている、給付水準の維持・向上を図る選択肢に言及していない点だ。

確かに、公的年金保険は、現役人口の減少や平均余命の延びに応じて年金給付の伸びを抑制する、「マクロ経済スライド」を導入している。これにより、年金財政が破綻することはないが、将来世代の給付水準は、現在の高齢世代よりも低下することが予想される。

しかし、現行制度には、年金の受給開始を65歳よりも後にすれば年金額が増額される制度がある。年金受給を開始する年齢は、実質的に60歳から70歳の間で自由に選択できるようになっていて、例えば、68歳から受給を始めれば、65歳に受け取り始めた場合に比べて、25%増の年金額を死亡時まで受け取れる。もし70歳から受け取り始めれば、42%増の年金を受け取れる。この制度を活用すれば、マクロ経済スライドによる年金の減少分をかなり補うことができる。

日本老年学会・日本老年医学会によれば、10~20年前に比べて現在の高齢者は身体機能が5~10年若返っているという。そして高齢期の人たちが就労しやすい環境の整備も進められている。

一方、高齢者の中には就労が難しい人もいるだろう。その場合、就労ではなく、貯金や私的年金を活用して、受給開始年齢を遅らせるという選択肢もある。民間の金融商品には、退職から公的年金を受給するまでの中継ぎの役割が期待される。なお、貧困に陥った高齢者には、生活保護などによる救済が大切なことは言うまでもない。

年金の給付額は、固定的なものではなく、自分たちの努力や選択によっても変えていくことができる。今回の報告書は、このような観点を欠いていたのではないか。

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