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[特集] 21世紀における企業の情報開示 ─非財務情報と統合報告

企業の姿を表す情報として重要視され始めている「非財務情報」。
「統合報告」を中心とした非財務情報の開示がもたらす社会、市場、そして企業に期待される変化について紹介する。

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今回の特集では、企業の情報開示の新しい枠組みとして提示されている「統合報告」をキーワードに、企業の非財務情報開示の動向とその意義について考察する。
非財務情報開示と責任投資に関する積極的な提言を行っている水口 剛教授に「統合報告」の概要とその狙いを聞いた。

統合報告とは何か

村上 まずは「統合報告」とはどういうものか、先生から解説していただけますでしょうか。

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水口 統合報告(Integrated Reporting)は、財務情報と非財務情報を統合して情報開示するという考え方です。それは単に従来の報告を合体することではなく、企業活動の基礎となる経営理念や経営ビジョンの段階で、利潤を追求する経済活動と、CSR活動のような社会の持続可能性に対する配慮を統合・関連付けて考える「統合的思考」が求められるものです。その結果、報告も統合的になるのです。

ただし、現状では統合報告については、さまざまな受け取られ方がなされています。先にも述べたように、CSRレポートとアニュアルレポート(年次報告書)を1冊に合わせたもので、コスト削減にもなるという捉え方がありますが、これは本来の意味とは異なります。また、財務情報だけでは企業価値を説明するのが難しくなったため、財務諸表以外の情報を補足するという捉え方がありますが、これは部分的な説明に過ぎません。

村上 単純にアウトプットイメージについて議論されがちですが、前提となる経営そのものが統合的思考で進められていなければ、統合報告は成しえないということですね。統合報告が求められるようになった背景には、アカウンティング・フォー・サステナビリティ(A4S)の提言があったそうですが、どのような内容だったのでしょうか。

水口 A4Sは、イギリスのチャールズ皇太子の提唱により2004年に発足したプロジェクトです。チャールズ皇太子は、「私たちは、社会の持続可能性という21世紀の課題に、現在の企業会計や企業評価基準という20世紀のツールで対応しようとしている」という問題を提起しました。現在の企業会計や企業評価には気候変動や生物多様性の危機などの社会的コストが反映されていないため、それが、投資行動や経済活動が社会の持続可能性に配慮せずに行われる一因となっていると指摘したのです。2009年には、これまでCSRレポートなどで開示されていた情報を財務情報と関連付けてアニュアルレポートに含める情報開示の指針(結合レポート:Connected Reporting)を発表しました。これが統合報告の基礎となったアイデアです。

2013年は、7月の山口・島根豪雨、9月に埼玉県・千葉県で発生した竜巻、伊豆大島を襲った台風26号による大雨土砂災害、フィリピンに甚大な被害をもたらした台風30号など、異常気象による自然災害が頻発し、A4Sの問題提起が実感として感じられる年でした。地球温暖化によって社会が負うコストが明らかになったのではないでしょうか。

村上 確かに、異常気象のもたらす社会的コストが事業経営上のインパクトになるということが、企業にも身をもって理解されつつあると感じます。

水口 これまで、環境負荷や資源の枯渇などの問題は企業活動・経済活動にとっては外部性(外部不経済)と捉えられてきました。しかし遅かれ早かれ、規制や社会の圧力などによって、企業が責任を負うべきコストとして内部化される時代がくるでしょう。

村上 そうした要素を含んだうえで経営戦略を考えるべき状況になりつつあるということですね。統合報告については、国際統合報告評議会(IIRC)が2011年9月にディスカッションペーパーを発表した後、企業による試行研究などを経て、2013年4月に統合報告フレームワークの公開草案、さらに12月にはフレームワークの初版が公表されました。これらはどのようなメンバーによって検討がなされているのでしょうか。

水口 IIRCは、A4SとGRI(*)によって2010年に設立された民間の非営利組織で、国連環境計画・金融イニシアチブ(*)や国際会計基準審議会(IASB)、世界銀行などの国際団体のほか、企業、投資家、NGO、会計事務所・会計士団体の代表などが参加しています。報告書の作成者、利用者、有識者など幅広いステークホルダーを巻き込んでいるのが特徴です。

統合報告における価値の捉え方

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村上 IIRCのフレームワークによると、統合報告で開示すべきとされる「資本(*)」の捉え方が幅広いと感じます。

水口 そこは重要なポイントです。私たちは財務資本だけを資本と考え、企業が生み出す「価値」とは財務資本に還元できるものだと考えていました。しかし統合報告では、企業は自然資本や社会・関係資本、人的資本などさまざまな資本を利用して経済活動を行っているのだから、そうした資本に還元できる幅広い価値を創造することが企業の存在意義だと考えます。幅広い価値創造を行う企業こそが社会に評価されるべきだというのが統合報告のコンセプトであり、統合報告はそのような社会を作るためのインフラなのです。

村上 統合報告における価値とは幅広い資本と関係する非常に広い概念なのですね。

水口 その点がなかなか理解されていないと感じます。それは私たちが、利潤につながる価値のみが重要という先入観に囚われており、自然資本などのような、社会が共有する財産について価値と認識していないためです。ですがこれからは、社会の共有財産、そして共有財産を増やす活動にも価値を認めるよう、パラダイムを変える必要があります。

変化は現れつつあります。責任投資(*)はその一つで、ヨーロッパの公的年金基金はこの考えに基づいて、ESG(*)に配慮する企業へ積極的に投資を行っています。これらの公的年金基金は今、日本企業にも着目し、投資を始めています。統合報告が求められる背景には、責任投資の実践のために企業のESG情報が必要とされているという状況もあるのです。

村上 従来の定義とは異なる資本や価値の概念を理解したうえで、統合報告に臨むことが重要ですね。

将来志向型の報告

村上 報告のアウトプットを比較した場合、統合報告とCSRレポートとの違いはどのような点になるのでしょうか。

水口 CSRレポートはガイドラインに沿ってリスクを分類し、それぞれにどう対応しているか記載するという、いわばボトムアップの作成方法をとります。一方、統合報告は、ここで定義される「ビジネスモデル(*)」を中心とした報告の枠組みになっていますので、外部要因や資本との関係など、持続可能性への配慮が企業のビジネスモデルにどのように織り込まれているかについて説明が求められます。そのため、経営者が統合的思考を持ってビジネスモデルを検討し、重要な情報を絞り込んで開示することが必要になります。

村上 作成方法も大きく変わり、まさに経営者の示す戦略やビジネスモデルが重要になってきますね。

水口 また、統合報告は重要な部分のみを開示するため、比較的薄い冊子になると考えられています。詳細情報はCSRレポートに掲載するなどの住み分けが行われるのではないでしょうか。

村上 IIRCのフレームワークは概念的で、ガイドラインに基づく報告書作成に慣れた企業には戸惑いがあるのではないかと感じます。しばらくは模索が続く状況になりますでしょうか。

水口 そう思います。イギリスでは、2013年10月の会社法の改正により、上場企業にストラテジック・レポートという報告書の作成が義務付けられました。同レポートは統合報告にかなり近いものになっており、一つのベンチマークになるでしょう。

村上 CSRレポートは、取り組みなど「実施したことの報告」が強い傾向にありますが、統合報告は将来志向を重視するという点も違いになりますか。

水口 そうですね。統合報告の内容はコミットメントに近いものであり、その成果をKPIに基づいて報告することになります。

村上 何をKPIとして用いるかという点にも経営判断が反映されるでしょうから、KPIの選択もポイントになりそうですね。特に投資家を主要な読み手の一つに位置付けていますから、将来性の部分はより強調されるのでしょうか。

水口 そうですね。ただし投資家は、将来業績の予測に役立つ情報として、必ずしも数値情報のみを重視しているわけではありません。戦略のレベルで、この企業が将来どういう方向へ進むのか、市場においてどのようなポジションを確立しようとしているのかというコミットメントがほしいのです。投資家は企業が開示した情報に信頼性があると見なせば投資することができますので、経営者はそのような投資家の意思決定プロセスを知ることが重要です。

社会への価値創造ストーリーが評価される

村上 日本企業は、非財務情報の開示や統合報告について、どのように取り組んでいくべきでしょうか。

水口 国際社会の中で、日本企業だけがこの潮流を無視することは難しい。世界の投資家に適正に評価されるよう対応していくべきでしょう。日本企業は環境面の取り組みは進んでいますが、サプライチェーンにおける人権問題などについてはまだ多くのリスクを抱えているのではないでしょうか。さまざまなリスクに気づく機会になるという意味でも、統合報告に取り組む意義があります。

村上 調達先や販売後など、留意すべき範囲も拡大しそうですね。サプライチェーンも視野に入れ各部署が統合的思考、経営視点で考えなくては統合報告に対応できませんから、これをきっかけに、ビジネスモデルを含む経営そのものが変化する可能性もありますね。

水口 投資家が自然資本や社会・関係資本を重視し始めていることも注視すべきです。たとえば、CDP(*)は気候変動リスクについて世界の企業に温室効果ガスの排出に関する情報開示を求めてきましたが、最近は水や森林資源にも範囲を広げて情報開示を促進する動きを見せています。CDPの評価はFTSE やMSCI(*)の株価指数などに反映され、株価が影響を受けますから、統合報告だけでなくこうした動きにも戦略的に対応していくことが重要です。

村上 日本株も世界の投資家から再注目されていますし、社会における存在意義を示し。適正に評価されるよう対応しておく必要がありますね。

水口 企業は利潤を追求するだけではなく、社会に価値を提供するという価値観に基づいて経営を行っているかが問われる時代です。企業にもある種の品格が求められているのだと思います。統合報告は、そうした品格の表れの一つになるでしょう。

村上 統合報告を一つのきっかけに、企業はその前提となる統合的思考に基づく価値創造ストーリーとその実現のビジネスモデルの検討、適切なガバナンスの模索など難しい課題にぶつかると思われます。困難を乗り越えるためにも、その基本理念を心に留めておいていただきたいですね。



水口 剛 (みずぐち たけし) 氏
高崎経済大学 経済学部 教授

英和監査法人(現あずさ監査法人)などを経て、2008年より現職。環境省中央環境審議会 総合政策部会「環境と金融に関する専門委員会」委員、日本公認会計士協会 経営研究調査会サステナビリティ情報開示専門部会長などを歴任。著書に『責任ある投資─資金の流れで未来を変える』(岩波書店)など。


・インタビュアー
村上 智美(むらかみ ともみ)
みずほ情報総研株式会社 環境エネルギー第2部 シニアコンサルタント

1990年入社。企業の環境戦略・中期環境計画の策定などCSR・環境経営、情報開示に関するコンサルティングのほか、環境省等の環境報告ガイドライン策定支援および関連調査業務を担当。環境コミュニケーション大賞選考ワーキンググループ委員ほか。

用語解説

  • GRI(Global Reporting Initiative)
    CSRレポートなど、サステナビリティレポートのガイドラインを提唱する非営利団体
  • 国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)
    UNEPと約170の銀行・保険・証券会社などが連携した国際組織。1992年に設立され、経済的発展と環境保護の両立、持続的発展に関する情報交換や、さまざまな業務やサービスに環境への配慮を取り入れる活動を進めている
  • 資本
    統合報告のフレームワークでは、資本として「財務資本」「製造資本」「知的資本」「人的資本」「社会・関係資本」「自然資本」を挙げているが、企業独自のカテゴリー付けがありうるとしている
  • 責任投資(Responsible Investment)
    投資先の選別やエンゲージメントにおいてESGにも配慮する投資行動
  • ESG
    環境(Environment)、社会(Society)、企業統治(Governance)の頭文字をとったもので、企業が社会的責任を求められる要素の総称
  • ビジネスモデル
    組織が、その戦略的な目標の達成と、短期・中期・長期にわたって価値創造を行うため、事業活動を通じて投入した資本を、製品等のアウトプットや資本に影響を与えるアウトカムに変えるシステムのこと
  • CDP(Carbon Disclosure Project)
    機関投資家が連携し、企業に対し温室効果ガス排出量などに関する情報の公表を求める取り組み。対象となった企業には質問書が送付される
  • FTSE, MSCI
    株価指数(インデックス)を作成・管理し、グローバルに提供する企業


取材・文/梅田正隆、 編集部 写真/栗原 剛

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