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[特集] 高精度測位社会の到来

高精度測位社会の実現に向けた日本の取り組みと課題

2020年の東京オリンピック開催に向けて、さまざまな領域において、位置情報を活用した多種多様なサービスの開発が活発化している。
高精度な測位環境の整備やイノベーション促進に向け取り組むべき課題について、地図空間情報に関する研究に携わる柴崎亮介教授に聞いた。

―地図データと位置情報の利活用の現状をどのようにご覧になっていますか。

地図データや位置情報に関する技術が一通り揃い、自動運転など、技術的にはさまざまな利活用が実現できる、ある種の成熟ポイントにあるといえる。

しかし、地図データにはまだ空白地帯がある。地下街や駅構内などの屋内地図だ。屋内はGPS電波が届かないため測位ができず、地図データが整備されていない。日本では近年、屋内測位の実証実験が数多く実施されているが、地図データの制作やシームレスなナビゲーションシステムを構築するには、ビル地権者や地下道、地下駅の管理者などとの間をつなぐ、調整機関のような存在が必要だろう。アジアの新興国などでは大規模なショッピングモールなどが増えているため、屋内測位は将来的に海外でも役に立つ技術になると考えられる。

―利活用先として注目すべきものはありますか。

まず自動運転車の開発だ。政府が2020年の東京オリンピックまでに実現するという目標を発表したこともあり、自動運転に必要な地図データの整備、車両の高精度測位技術、それらを利用した自動運転技術の研究開発が加速している。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)でも研究課題の一つに自動運転が掲げられている。ただ、2020年までに披露できる技術はデモレベルではないかとみている。各自動車メーカーでも、自動運転技術が実用レベルに達するのは2020年代後半をイメージしているようだ。道路以外でも、たとえば空港内などでは、自動運転技術が有効に利用される可能性がある。搭乗口まで高齢者などを乗せて運ぶ電動カートは、自動運転に切り替えられるのではないか。ファーストクラスの乗客の手荷物を自動で運ぶといったサービスも考えられる。

また、実現すれば技術的にも社会的にも大きなインパクトをもたらすことが予想されるのは、地図データや位置情報とロボットの融合だろう。これまでは、人が周辺情報を把握し、状況を判断して機械に指示を出していたが、今後は車両や建設機械、清掃機器などのロボットが地図データを内蔵し、位置情報や状況を把握して、自律走行するようになる。そのため、ロボットが読み取りやすいような、ロボット専用のルート案内技術も必要になるかもしれない。

加えて、測位デバイスの低価格化の動きも、何らかのブレークスルーをもたらすのではないか。2015年11月に開催された、地理空間情報と衛星測位の利活用を推進するイベント「G空間EXPO2015」では、スイスの半導体メーカーu-blox が、誤差が数センチメートルという衛星測位システム向けの高精度かつ低価格な測位用半導体を発表していた。GPSや準天頂衛星に対応した測位用のチップやモジュールの価格は数年前に比べおよそ200分の1程に下がっている。これにより、誰でも低コストで詳細な測位データを取得できる時代がやってくる。測位データのオープンソース化なども進み、地下街などの屋内空間における地図作成はクラウドソーシングの利用も行われるだろう。特にバリアフリー情報を網羅した屋内地図などは、ボランティアによる地図の作成も起こり得る。無人航空機(UAV)などへの搭載による測量も、すぐに広まるだろう。

―イノベーションを促進するには、今後どのような課題がありますか。

データを整備して個別に利用する段階から、それぞれの用途やビジネスに活用しているデータを組み合わせることによって、新しいサービスやマーケットを開拓していく段階に進みつつある。

たとえば、タクシー会社が社員の労務管理や健康管理に利用したり、自動車メーカーなどがナビゲーションサービスに活用している、車両から収集されるGPS等のデータを集約して解析すれば、東日本大震災のような大規模な災害が起こった際、車両の通行実績を基に、通行可能な道路や、効率的な物資輸送経路などの情報がわかる。あるいは、鉄道会社が持っているICカードの改札通過データは、統計的な乗客数の類推に活用できるが、これとタクシーの実車データなどをリンクさせれば、どこからどこへ移動する人が多いのか、今混雑している場所や路線はどこかなど、人の流れの全体像が見えてくるだろう。また、車両を走行させて収集したデータと道路工事現場で測量したデータを連携することができれば、自動運転に必要となる路面状況に関する地図を効率的に作成できるようになるのはもちろん、データのリアルタイムな更新も可能となる。

今後はこのように、既存の断片的なデータを融合して、新しい価値を生み出すことが求められる。しかし、誰がそれを行うかという問題が必ず発生する。データを所有する企業や個人にとって、移動履歴や位置がわかるデータは営業上の機密情報や個人情報だ。機密やプライバシーに配慮したデータの安全な取り扱いや、透明性を確保したセキュアな管理を行うなど、データの利活用について全体をコーディネートする中立的な機関が必要となるだろう。加えて、データ解析の部分を独占的に行わず、多様なアイデアを集められる状態を作ることも大切だ。選ばれたさまざまなメンバーがデータ解析とサービス開発に参加できるような、クローズドとオープン両方の性質を持つプラットフォームの構築が理想的だろう。

―技術開発や利活用を進めるにあたって、日本はどのように取り組めばよいでしょうか。

日本では、私が所属する東京大学 空間情報科学研究センターが、測量なども含んだ空間情報技術分野の唯一の研究機関という状況だ。一方で、歴史的に測量技術に強いドイツでは測量学科のある大学があり、中国でも数年前まで測量専門の単科大学があって、世界的なメーカーで活躍する人材を輩出している。しかし現在、測位・測量技術はコンピュータを利用した技術に置き換わりつつあるため、技術面、人材面において日本のキャッチアップは問題ないとみている。たとえば、衛星写真などに写ったものをミクロン単位で測るためには、以前は数億円の精密機器とハードウェアに関する知識が必要だったが、現在は高精度スキャナーでスキャンすればコンピュータの画面上で計測できるようになっている。

そこで理解しておくべきことは、地図データや位置情報の利活用は、単体の技術ではなく、自動制御や画像計測などさまざまな領域の技術が重なり合う複合領域だということだ。異なる分野の技術を自分たちの分野に持ち込み、改良して組み合わせていくという取り組みが大変重要だ。また、技術をすぐに世界展開できる分野であるが故に、世界中のプレーヤーとの競争が生じることにも留意する必要がある。そのため、この分野では実践が重要で、実際に起こり得る状況の全てを実証実験で確認し欠点を修正するというプロセスを、できるだけ早く何度も繰り返し行うことが必要となる。しかし、法規制の観点から、日本における実証実験の実施ハードルの高さは課題だ。たとえば自動運転など各制度の調整が必要なものについては、新しい実験への積極性が高い新興国などでまず実証を行い、技術を確立して日本に逆輸入するというような手法も考えるといいだろう。



白木 三秀氏

柴崎 亮介氏
東京大学 空間情報科学研究センター 教授

建設省土木研究所研究員、東京大学工学部助教授、同生産技術研究所助教授を経て、1998 年より現職。GIS 学会長、アジアGIS学会長を歴任。著書に『ユビキタス技術 位置情報の活用と流通 ―ロボットサービスによる活用の変革―』(共著、オーム社)、『社会基盤・環境のためのGIS』(共著、朝倉書店)など。

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