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第12回 企業と人材を引き合わせる地方創生の現場に行こう

ツチヤ教授の大人の社会科見学

哲学者でありコラムニストでもあるツチヤ教授が、みずほ情報総研のさまざまな“現場”を訪問。
ソリューションやサービスが生まれる舞台裏をご紹介します。

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意欲ある企業に人材を結びつけて地方経済の活性化を目指す

田中 「プロフェッショナル人材事業」の運営を担当している田中と申します。今回は、長崎県の「プロフェッショナル人材戦略拠点」にご協力いただき、このプロジェクトについてご紹介したいと思います。

土屋 よろしくお願いします。長崎は初めて来ました。

田中 この事業は内閣府による地方創生の主要施策の一つで、当社はその全国事務局を運営しています。

土屋 この事業というのは、何をされているんですか。

田中 まず、東京都を除く46の道府県に設置されたプロフェッショナル人材戦略拠点のマネージャーが道府県内の企業を訪問して、新事業や販路拡大、未来の事業の柱など、中長期的な経営戦略について経営者と膝詰めで議論し、経営改革を促します。そうした中から、潜在的な人材ニーズが浮かび上がります。そこで、この事業に協力している民間の人材紹介事業者が、ニーズにふさわしい、事業を担うことのできる優秀な「プロフェッショナル人材」を都市部などから探し、マッチングします。

土屋 田中さんは、その各拠点のマネージャーをサポートする立場なんですか。

田中 はい。各マネージャーのメソッドを共有するマネージャー向け研修、この事業の機運を高めるための企業や求職者向けシンポジウムなどを実施しています。事例集や事業紹介VTRの作成なども業務の一つです。

プロフェッショナル人材が地方企業に転職することで、地方企業が活性化されれば、そこには自ずと人が集まります。若者にとって魅力的な仕事も作ることができるかもしれません。それによって地方を元気にしていこうというのが、この事業の狙いです。

土屋 地方の企業が発展することができれば、雇用も増えますしね。雇用がないというのは、地方が寂れてしまう原因になるんですよね。

田中 はい。関東1都3県への地方からの人口流入は20年連続で超過しており、地方の中小企業では、有効求人倍率が4倍超と深刻な人手不足に陥っています。採用をしても、50人以下~30人以下の事業所では、数年のうちに約4割の新入社員が離職しています。

時間はかかるけれども、人が仕事を呼び、仕事がまた人を呼ぶという仕事と人の好循環を地方に作らなくては、この都心部への一極集中の問題は打開できないのではないか。そういう大きな背景があって、この事業が始まっているんです。

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長崎の街にて

“企業にも新しい視点が加わりますね” ―ツチヤ教授

田中 実は私は、この事業が形になる以前、都市部から地方への人材還流を促進するための内閣府の検討委員会に参加していました。委員会で検討を進めるうち、地方の素晴らしい企業の存在が十分に発信されていないという問題が焦点となり、まず地方企業を輝かせようと、この事業が立ち上がったのです。

事業が本格始動したのは2016年1月ですが、各拠点のマネージャーはこれまで1万2000件の経営や人材に関する相談を受け、5000件以上の人材ニーズを掘り起こし、そのうち900件で人材の転職が成立しています。

土屋 どんな分野の人材ニーズが高いんですか。

田中 今、成約している900件のうち約6割がものづくり企業ですので、生産性向上や品質管理を担う工場長クラスの人材のニーズは高いですね。

また、新たに自社製品の製造に取り組み始めた広島の製造業者では、販売やPRに課題を抱えておられました。そこで、大手電機メーカーで営業を担当していた人材を採用し、自社製品の販路を構築しました。

土屋 職人が作る工芸品を東京のデパートや海外で売るために、商品の需要を探って、新しい商品を作る努力をしているという話題をよく耳にします。小さな企業の経営者だけで需要を掘り起こすというのは非常に難しいでしょうから、大企業で経験を積んだ方が助言してくれればいいですよね。

転職する動機はどういうものなのですか?

田中 一つは、企業の心臓部で働き、自分を高めていきたいという希望です。各拠点マネージャーは人事部ではなく経営者と対峙し、潜在的な経営課題を話します。そこから掘り起こされた人材ニーズは、都心で経験を積まれた方にとっても魅力的で、自分が活躍できる場所に見えるのではないでしょうか。

土屋 なるほど。今は世界で産業構造が変わりつつあって、大企業が社員をリストラしています。その結果、優秀な人材が外国に流出することがあるでしょう。もったいないなと思っていたんですけれども、そういう人材が地方企業に入れば、企業にも新しい視点が加わることになりますね。

田中 もう一つは、経営者の魅力だろうと思います。

土屋 確かに、人間的なつながりはどんな仕事でも大きいですよね。

田中 各拠点マネージャーは、経営者の中でもまだ固まっていない人材ニーズをあぶり出すという、人材紹介のゼロ工程を担いますので、経営や経営革新を行った実績のある方々に就任いただいています。たとえば、広島ではマツダの元専務、福井ではホンダの元F1責任者などです。

土屋 そういう方だったら説得力がありますよね。

田中 皆さん、自分の知見をこれからの経営者に伝えていきたいという想いを持っておられます。

こちらは、長崎拠点マネージャーの渋谷さんです。これまで、ハウステンボスなどさまざまな企業の再生に携わってこられています。

土屋 初めまして。いろいろな企業の方とお目にかかって、人材の需要を掘り起こしておられるそうですね。

渋谷 はい。まず県や市、銀行などから情報をもらい、成長意欲を持った会社を抽出します。次にその会社にお伺いして、僭越ながら私どもなりに、市場の成長性や企業のポジショニングなどを見せていただいています。そのうえで、求めるべき人材像を提案しています。場合によっては、経営者から営業担当者の採用を打診されたとしても、その前に企画開発や品質レベル向上を実施すべきだなどの進言を行っています。

土屋 でも、中にはワンマンで、人の言うことになかなか耳を傾けない社長もいるのではないですか。

渋谷 そうですね(笑)。ですから私たちの最初の仕事は、経営者とコミュニケーションを取ることです。長崎拠点の活動は2016年2月からですが、2017年2月現在で、一対一でお話した企業は190社ほど、成約は17件で、東京や関西、福岡などから人材を採用しています。

土屋 人材を採用したことで業績が上がったというような、成果が出ているところはありますか。

渋谷 具体的な成果はまだですね。しかし、あるお菓子メーカーは、2名の素晴らしい人材を獲得できたことで、現在35億の売上を2020年には倍増したい、その道筋が見えたと仰るようになりました。一方、採用された方も、自分の指摘したことが全て改善につながっていくので、手応えを感じていると仰っています。

土屋 自分の意見を尊重してもらえるわけですね。双方にとって、とてもいい組み合わせだったのですね。

渋谷 また、ある自動車関連会社は、これまでなかなか優秀な人材が採れなかったのですが、この事業を通じて採用に成功したことで自信をつけられたようで、新卒採用枠を例年の10名から30名にまで増やされました。その結果、見事29名を採用できたそうです。

私たちの責務は、優秀な人材をお連れして会社の成長エンジンに火をつけ、地元の経済拡大や活性化につなげることです。ですから、売上倍増計画や採用枠増加というのは一つの成果といえるように思います。

土屋 最初にお話を伺った時は、これが地方創生につながるのか疑わしいなと思っていたんですけれども(笑)、お話を聞いていると安心しました。

渋谷 自分も携わらせていただいている身ですが、すごい事業を作り上げたものだと思いますね。

今後は、さらに先へと進み、長崎市以外の、島原や平戸、あるいは離島にプロフェッショナル人材をお招きし、活性化を図りたいと思っています。

土屋 それは壮大な計画ですね。

田中 我々事務局としても、全体の調整はもちろんですが、長崎をはじめ先端を走る拠点の新しい取り組みをサポートしていきたいと考えています。

渋谷 拠点は、県によって立場や環境が異なりますし、マネージャーも個性的です。田中さんには調整役として全体の調和を取りながら事業を進めていただき、大変頼りにしています。

田中 我々も、重鎮揃いのマネージャーから勉強させていただいています。仕事を通じてこれだけの方たちにもまれるというのは、貴重な経験です。

土屋 それこそ、本当にプロフェッショナルな方々に囲まれているわけですからね。

田中 はい。そのような方々が、これまでにない事業に試行錯誤して取り組んでおられる。側面からサポートすることが、我々の重要な仕事だと思っています。

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長崎県プロフェッショナル人材戦略拠点の渋谷厚マネージャー(右)にお話を伺う

“魅力を引き出す人が必要ですね” ―ツチヤ教授

田中 この事業は、仮説を試してみては変え、素早く軌道修正しながら進めることが必要ですので、この1年でどんどん進化しています。たとえば転職以外の方法ということで、大企業社員の地方企業出向に関する仕組みづくりを進めています。大企業で役職定年を迎えられる方が出向という形で地方企業に異動したり、中堅社員が経営感覚を学ぶため、中小企業に研修の形で異動するイメージです。現在13社と提携を結び、10名が地域企業に出向して仕事を始めています。

土屋 転職という形だと、転職する人にとっても雇う側にとってもリスクが大きいですものね。

田中 副業や兼業で地方企業に関わるスキームも作っていきます。週1日〜2日の勤務であれば、移住しなくても出張やモバイルワークで対応できます。2017年から開始し、徐々に拡大する予定です。

私は働き方改革や人材流動化など、国の雇用・労働政策の立案支援に関する業務に携わる中で、たとえば、ある会社に8割、別の会社に2割と労働力を振り分ける働き方は、人口減少時代の新しい働き方の一つだと考えています。

土屋 もともと大学院では何を専攻されたんですか。

田中 国際関係学です。ただ、修士論文では北九州市の国際環境協力をテーマに市役所や関係者へのインタビューを行いましたので、今も似たようなことをやっている気がしています。振り返れば中学生の時にも、故郷のリゾート開発をテーマにした自由研究を行って、県庁にインタビューしたんです。

土屋 すごい行動力ですね。僕なんか子供の頃は、市役所や県庁が何をやる所か全然わからなかったですし、未だにあまりわかっていないですよ(笑)。

今回の事業は、人材を通じて地方の中小企業を発展させるという、とても新しい取り組みですね。全ての経営者にオンリーワンの企業を作る能力があるわけではないですし、伝統を受け継ぐことだけを目的にしているような地方企業も多いでしょうから、新たな魅力を引き出す人の存在は必要なんじゃないかと思います。

田中 今後は、この事業を通じて構築した意欲ある経営者とのネットワークを資産として、働き方改革などさまざまな政策に活かすような取り組みも考えています。

このような社会実証の中から、初めて見えてくる気付きや課題があります。公的事業として、民間がなかなか参入できないところに先鞭をつけ、民間へとつないでいくのが我々の仕事になりつつあると思います。

土屋 賢二 (つちや けんじ) 氏
1944 年、岡山県生まれ。お茶の水女子大学名誉教授。柔らかな語り口の哲学論集・講義集のほか、数多くのユーモアあふれるエッセイ集でも知られる。趣味はジャズピアノ。
ユーモアエッセイ集には『妻と罰』『ツチヤ学部長の弁明』『紳士の言い逃れ』など多数。
ほか『ツチヤ教授の哲学講義』『哲学者にならない方法』など。

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