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[特集] 多様で柔軟な働き方が会社を強くする

働き方の選択肢を増やし、多様な人材が活躍できる環境を整えることは、優秀な人材の確保や定着につながる。
企業の持続的成長に向けて、今、多様な働き方の実現が求められている。

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重視すべき指標は「時間当たり生産性」

少子高齢化により、日本の「生産年齢人口」(15~64歳の人口)は年々減少しており、2030年に6875万人になると予測されている(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」、2017年推計)。日本企業が持続的な成長を果たすためには、女性や高齢者など、これまでの労働市場では活かしきれていなかったさまざまな人材を積極的に活用することが重要だ。それには、多様な人材が活躍できる、働きやすく魅力的な職場を作る必要がある。

しかし、その障壁となるのが、長時間労働や有給休暇取得率の低さなど、日本企業が抱える課題だ。政府は2016年9月に「働き方改革実現会議」を設置。働き方の見直しを進めており、企業にも改革が求められている。

日本の労働制度と働き方の課題解決を図り、企業が成長を持続していくためにはどのような施策が必要なのか。政府の各種委員会の座長を歴任し、企業の人的資源管理や雇用問題について研究を行う今野浩一郎元教授に聞いた。

小曽根 長時間労働の削減に向けて、各社がさまざまな取り組みを始めています。人手不足も相まって、サービス業でも、百貨店の正月休業やファミリーレストランの24時間営業廃止など、労働時間の短縮につながる営業日数や営業時間の見直しが起こっています。

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今野 厚生労働省の「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」でもさまざまな課題について議論しましたが、長時間労働を是正するためにまず必要なことは、企業も消費者も、サービスの提供には人手とコストがかかるものだという認識を身につけることだと思います。たとえば百貨店の正月営業には、従業員だけでなく納入業者なども含めると何人が働きどれだけコストがかかるのか、それは本当に必要なサービスなのか考えてみる。社会全体がそのような意識改革を行う必要があります。

小曽根 宅配業者の過重労働問題では、消費者側にも同情的な声が多く、大きな負荷となっている再配達を減らす案が出ています。百貨店やレストランの営業時間短縮についても、消費者からは賛成の声が多いようです。意識の大改革が起こりつつあるのでしょうね。

今野 そのうえで重要なことは、企業は「時間当たり生産性」を重視する感覚を持つべきだということです。これまでの研究によると、ある一定の労働時間を超えて働くと、生産量は増えますが労働者の時間当たり生産性は低くなります。

工場など製造業の現場では、これまでも人件費も含んだコストが細かく計算され、時間当たり生産性が重視されてきました。しかし、ホワイトカラーの職場では、時間当たり生産性に対する意識が低い場合があります。

小曽根 ホワイトカラーの場合は、生産する成果物は何かということを、工場での「製品1個」といったように明確に定義することが難しいため、時間当たり生産性をなかなか測定できないという面があるのかもしれませんね。

今野 時間当たり生産性を考えるには、まず社員の時間当たり賃金を知っておく必要がありますが、企業の管理職にはその感覚は薄いようです。

小曽根 アルバイト社員のように賃金が時間給で支払われる場合は、本人も周囲も、業務と時給を紐付けて考え、業務内容が賃金に見合うか意識していると思います。しかし、月給制で賃金を受け取っていると、時間当たりの賃金には意識が向かない傾向があります。

今野 管理職は部下の時間当たり賃金を意識して、賃金と業務レベルが合っているかを時間当たり生産性で考えるようにすべきです。生産性の数値化は難しいにせよ、現場を見ているマネージャーであれば、付加価値の高い業務か低い業務かはわかるはずです。

小曽根 社員全員が時間当たり生産性を意識しながら日々の業務に取り組むようにするためには、経営者は何をすればいいのでしょう。

今野 社風や企業風土の改革が一つです。トップの意識が変わることで、社員の意識も変わります。

次に、仕掛けを考えることです。たとえば、無駄な残業をすると人件費が膨らむため、部門成果の評価が低下するなどの仕組みがあれば、現場マネージャーに労働時間を抑制しようというインセンティブが働きます。

個人的には、プレミアムフライデーのような一斉に休むという仕掛けは、あまりうまく機能しないのではないかと思います。人や職場によって状況は異なりますから、個々の事情に鑑みながら、それぞれに合った工夫や対策を考えることが必要です。

制約のある人も活躍できる制度へ

日本企業の人事管理の根幹には、「労働時間・勤務地・職務範囲等に限定がない働き方」を前提とした終身雇用、年功賃金といった「日本型雇用システム」がある。多様な働き方を実現するには、その抜本的な見直しが必要となる。

今野 これまで日本企業は、終身雇用や年功賃金を保証する代わりに、労働時間・勤務地・職務範囲などを限定しない働き方を社員に求めてきました。人事管理はそれを前提に設計されており、育児などの事由により「労働力の提供に制約のある社員(制約社員)」は基幹業務の担当から外してきたのです。

しかし今、男性社員も含め、介護などの事由による制約社員が増えてきています。

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小曽根 実際に、多くの職場でさまざまな制約のある社員が働くようになりつつあります。これまでは育児や介護から生じる制約のケースが多く見られましたが、最近は疾病を持つことによる制約のケース、それに伴う社員の仕事と治療の両立支援にも注目が集まっています。

今野 労働力供給は確実に減少します。そのため、このままでは労働力不足が深刻化するので、組織の効率性の観点から考えても、優秀で意欲の高い制約社員に基幹業務を担ってもらうなど、さらなる人材活用を考える必要があります。そのためには、従来の日本型雇用の仕組みを、制約社員を前提としたものへと変更すべきです。たとえば、時間に制約のある社員が増えるのであれば、長時間労働の制限や、時間当たり生産性の高い働き方の整備に取り組むべきでしょう。

課題となるのは、制約内容が人によって異なり多様であること、多様な制約に合わせて働き方や仕事配分を考える必要があることから、一律的な対応が難しくなり管理コストが上がる点です。

さらに処遇面では、制約の程度に合わせて格差をつけることを考えておく必要があります。たとえば転勤のある社員とない社員には、勤務地の範囲が異なるため賃金差を設けることが合理的です。しかし昇進・昇格については、業務経験に差が出るようなことがない限りは、働き方に限定があることを理由に差をつける必要はありません。

小曽根 働き方に限定がない社員に対する賃金は、限定なく労働力を提供できることを「プレミアム」と捉え、働き方に限定がある制約社員の賃金を基準とし、それに一定程度を上乗せした額を設定するという考え方があります。しかし、働き方に限定がない社員でも業務によっては実質的に転勤がない場合もありますし、同じ職場に、勤務地に限定がある働き方の制約社員がいたりもする。このような場合、賃金制度はどのように設計すればいいのでしょうか。

今野 そこは以前から議論になるポイントです。働き方に限定がない社員区分に属す以上は、もし転勤命令が出れば従わなくてはなりません。つまりプレミアムとは、転勤するリスクに対する「リスクプレミアム」であり、それに対して追加的に賃金を支払うことは合理的です。また、こうした仕掛けが機能するには、働き方に限定がない社員区分と働き方に限定がある社員区分の間の転換制度がきちんと用意されていることが重要です。

役割に応じた賃金・評価制度が有用

こうした大規模な改革には、企業経営者のコミットが何よりも求められる。制約社員の増える時代、経営者は何に留意して制度改革を行うべきだろうか。

今野 今後、さまざまな制約のある社員が増えると、公平な処遇を行うために、役割給などの仕事の重要度に応じて賃金を決める賃金制度を導入する傾向が強まるだろうと考えています。こうした仕事重視の賃金制度は、正規社員と非正規社員の均衡待遇の推進にも有効です。

小曽根 今野先生は、経験が浅い社員に対しては職能給にして、中堅社員以降は役割給に切り替える給与体系を提案しておられますね。

今野 そうですね。一般的に考えて、一人前への養成期間が過ぎれば役割給に切り替えてもいいのではないでしょうか。また、管理職は業務範囲がはっきりしていますので、役割給が望ましい選択です。

定年を迎えた高齢者の再雇用についても、役割に応じた賃金制度を適用すべきだと考えています。定年が延長され職業人生が長期化する中では、一貫して業務の難易度が上がり、地位が上がり、賃金も上がり続けるということはあり得ません。そこで、定年の60歳を契機にキャリア転換を行い、業務とのマッチングを改めて行うことが必要になります。その際の賃金は、雇用期間が短いことなどから、役割に基づいて決めることが合理的です。ここで重要なことは、定年を契機に賃金が下がっても、役割や貢献度に見合って賃金を支払うという合理性があれば、社員の納得感は得られやすいことです。

また高齢社員には、定年を契機にキャリア転換、役割転換が必要であることを納得してもらう必要があります。そのための意識改革を進めるために研修を定年前から実施すべきでしょう。企業で活躍できる高齢者は、この意識改革ができている、職場が喜んで受け入れる人です。私はそうした高齢者を「かわいい高齢者」と名付けていますが、研修などを通じて、かわいい高齢者が育つよう図るべきです。

小曽根 その人が望む役割を担うのであれば、職責や賃金が下がってもモチベーションの維持も可能になりますね。

今野 会社の生命線を握るコア人材の選抜や育成方法も論点となるでしょう。まず育成方法について見ると、欧米企業と異なり、日本企業は社内で若者を一人前の職業人に育成する仕組みを整備してきました。この仕組みをこれからも維持するのかどうかが重要です。これによって大学教育やインターンシップ等のあり方も決まります。

コア人材の選抜については、欧米企業のように早期にコア人材とその他を区別するのか、全員同じように育成し、時間をかけて選抜するのかが問われています。

この問題を考えるに当たっては、次のことが重要です。大卒社員を限定のない働き方を行うコア人材候補としての総合職型社員として採用し、その中からコア人材を選抜する。この現在の選抜の仕組みは、大学進学率が低い時代に作られた仕組みですが、高学歴化が進み、大卒社員が増える中でも維持されてきました。そのため、今ではコア人材候補としての総合職型社員が肥大化している、働き方に限定のない社員が肥大化しているという問題が起きています。

このようなことを踏まえると、総合職型人材の採用を抑えること、コア人材の早期選抜を強化すること、働き方に限定がある社員でもコア人材に挑戦できる道を用意することが重要になっていくと考えられます。

生産年齢人口が減少するということは、労働者の採用競争が激しくなるということです。その中で、労働者に選んでもらう企業になるためには、個々の労働者が抱える制約の問題に応えられるか、また教育の機会を十分提供できるか、良好なキャリアを提供できるかという点が重要になってくるでしょう。

小曽根 働き方に関するさまざまなことが、これからは変化せざるを得なくなりますね。その中には、経営者の意識が変わらなくては実現できない制度も多いと思います。トップダウンで取り組んだところほど改革は早く進みますから、職場のキーパーソンであるマネージャーにも率先して働き方改革に取り組んでいただきたいですね。

今野 浩一郎(いまの こういちろう)氏
元学習院大学教授

東京学芸大学教育学部助教授などを経て、1992年より2016 年3月まで学習院大学経済学部経営学科教授。中央労働委員会公益委員、厚生労働省 職業能力開発の今後の在り方に関する研究会座長などを歴任。著書に『正社員消滅時代の人事改革』(日本経済新聞社)、『マネジメント・テキスト 人事管理入門』(共著、同)など。

・インタビュアー
小曽根 由実(こそね ゆみ)
みずほ情報総研株式会社 社会政策コンサルティング部 シニアコンサルタント

2002年入社。多様な働き方(限定正社員、非正社員)、働き方改革、仕事と介護の両立、職業教育・キャリア教育など、雇用・労働分野の政策テーマに関する調査・分析、コンサルティング業務を担当。厚生労働省 仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会委員ほか。

取材・文/編集部、山﨑弥生実 写真/栗原 剛

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