ページの先頭です

[特集] 「パリ協定」以降の新しい環境経営

SBT認定を取得した先進企業の取り組み

SBT認定を取得している日本企業はどのような目標を設定し、新しい環境経営に取り組んでいるのだろうか。
気候変動に関するリスクと機会を分析し、経営戦略に基づいて取り組みを進める先進企業の活動を紹介する。


SBTをはじめとするこれからの環境活動では、原料から製造、販売、使用時に至るまで、バリューチェーン全てにおける環境負荷削減に取り組むことが求められる。また、脱炭素社会を目指すためには、化石燃料の利用をできるだけ減らし、再生可能エネルギーの導入量を拡大する必要がある。

SBT認定を取得している日本の先進企業は、これらの課題に果敢に取り組んでいる。

水力やバイオガスを工場の電力に活用
―キリンホールディングス株式会社

キリンホールディングス株式会社は、2030年までにグループ全体のScope1とScope2の合計を2015年比で30%、Scope3も同じく30%削減する温室効果ガス(GHG)の中期削減目標を掲げており、2017年3月に、日本の食品会社として初めてSBTの認定を取得した。具体的には、コージェネレーションの導入など製造工程におけるエネルギー利用効率の向上を図るとともに、CO2排出量の少ない貨物鉄道輸送へのモーダルシフトや同業他社との共同配送の推進、省エネ型の自動販売機の導入、容器の軽量化など、バリューチェーン全体でのGHG排出量削減に取り組んでいる。

また、同社は、CSV(*1)コミットメントの中で、再生可能エネルギーの導入を積極的に進めることを宣言しており、太陽光発電や風力発電の活用のほか、水力発電による電力を導入している。2017年4月に、東京電力エナジーパートナーが提供する水力発電を電源とした料金プラン「アクアプレミアム」を採用し、キリンビール取手工場とキリンビバレッジ湘南工場で使用。これにより、年間約1万5000トン規模のCO2排出量が削減できるほか、電気料金の一部が、水源涵養林(*2)の育成など水力電源の維持・拡大に活用されるという。

さらに、同社ならではの取り組みといえるのが、ビール工場の排水処理から得られるバイオガスの利用だ。製造工程で発生する排水を処理する嫌気処理設備では、嫌気性微生物によって排水の浄化を行うため、通気のためのエネルギーを必要としない。また、副生成物として、メタンを主成分とするバイオガスが回収できる。これをバイオガスボイラーやコージェネレーションシステムに活用することで、燃料燃焼に伴CO2の排出抑制に役立てている。また、同社では証書の活用を拡大しており、キリンビール神戸工場の化石燃料由来の熱消費量に相当する「グリーン熱証書」、シャトー・メルシャンの全電力使用量に相当する「グリーン電力証書」を購入し、約8000トン規模のCO2排出量削減につなげている。

バイオガスを利用したキリンのコージェネレーション設備
図1

  1. *1CSV(Creating Shared Value) 社会と共有できる価値の創造
  2. *2雨などを貯留し、地下水を作り、河川の流量を調整する森林

脱炭素をグローバルなビジネスチャンスとして捉える
―株式会社リコー

世界約60カ国に展開するグループ各社の拠点全てについて、再生可能エネルギーの利用率を高めようと取り組んでいるのが、株式会社リコーだ。

同社は、2017年4月、持続可能な開発目標(SDGs)と同社の経営理念を踏まえて、同社が取り組む5つの重要社会課題を設定した。そして、その課題の中の「脱炭素社会の実現」「循環型社会の実現」については、これを実現するための「リコーグループ環境目標」を新たに設定し、取り組みを進めている。新しい環境目標では、2030年までにScope1とScope2の温室効果ガス排出量を2015年比で30%削減、Scope3では15%削減を目指す。さらに2050年目標では、バリューチェーン全体のGHG排出ゼロを目指すという高い目標を掲げている。また同社は、「RE100」に日本企業として初めて加盟し、2050年までに使用電力を100%再エネで賄うことを目指している。こうした取り組みが認められ、2017年7月にSBTの認定を取得した。

排出ゼロに向けた同社の環境活動の基本は、徹底した省エネと再エネ利活用の2本柱だ。各拠点には、太陽光発電など自社発電設備の設置可能性や、再エネ比率の高い購入電力に切り替えるなどの方策を検討するよう要請し、欧州ではすでに、再エネ利用率100%に達している拠点が5カ国あるという。

とはいえ、再エネの調達は地域によってはまだ難しい。アジアの拠点では日本と同様に価格が高かったり、購入先を選ぶことができないエリアもある。また、中国の拠点では、全体の7割を水力発電による電力で賄っている電力会社と契約しているものの、残りが非効率な石炭火力発電による電力を使用しているため、再エネ率は高いがGHG排出量の削減ではそれほど効果がないというケースもあり、取り組みが容易ではないことがわかる。

しかし、同じアジアでもシンガポールの拠点では、入居するビルのオーナーに働きかけ、他のテナントの合意も得て、ビル内で使用する電力を再エネに切り替えたという事例もあり、変革の動きも出てきている。グローバルに再エネ導入を進めるにあたっては、国や地域の特性やエネルギー政策などを踏まえてアプローチを検討する必要があるため、同社では現在、世界各地の情報を収集して、2030年目標を達成するためのシナリオ作りを進めているという。

同社が環境活動に熱心なのは、そこにビジネスチャンスがあると考えているためだ。同社は1998年から「環境経営」を打ち出し、「環境保全活動を通じて利益を生み、経営と一体となって継続的に環境を保全する」ことに取り組んでいる。脱炭素や再エネ導入の動きが社会全体に広がれば、そこには新たな価値創造が起こると捉え、製品の省エネ・省資源を推進するとともに、2016年には、環境事業の創出に向けて、廃プラスチック油化やマイクロ水力発電など、未利用資源から有価物やエネルギーを創出する技術開発や、地元の間伐材を活用したバイオマスエネルギーの地産地消モデルの運用を行う、リコー環境事業開発センターを立ち上げた。また、同社製品の販売を行うリコージャパン株式会社では、複写機などの全国サポートのノウハウを活用して、太陽光発電設備のメンテナンス事業や電気自動車の充電器の設置・保守事業に参入している。これは、中期経営計画にも示されているように、同社の価値提供領域を、従来の一般オフィスから現場や社会へと拡大していく動きの一つだろう。

SBTやRE100についても、自社の価値観を顧客などステークホルダーにわかりやすく示すために役立つツールであり、競争優位性をもたらすものだと捉えている。同社サステナビリティ推進本部社会環境室室長の阿部哲嗣氏は、「グローバル企業との取引においては、近年は特に、ESGについて同じ価値観を持っていることが求められるようになってきている」と話す。また、パリ協定が採択された2015年のCOP21では公式スポンサーを務めており、世界の流れが「低炭素」から「脱炭素」に移行するのを肌で感じたという。そのため、「新しい環境目標を策定する際には、中長期の目標が世界の動きに合致しているか再確認し、パリ協定の理念を反映させることを強く意識した」(阿部氏)。

脱炭素社会の実現を目指すためには、再エネの利用拡大は欠かせない。コストや供給量の問題など、困難な点はあるものの、さまざまな方法を駆使することで再エネの利用を進めようとする日本企業の取り組みに期待したい。

リコーの環境目標
図2

先進ICTを駆使して環境負荷低減を目指す
―富士通グループ

富士通グループは、2050年までに気候変動対策において果たすべき役割や実現すべき未来の姿として、2017年5月に中長期環境ビジョン「FUJITSU Climate and Energy Vision」を公表した。このビジョンは、「自らのCO2ゼロエミッション」、脱炭素社会の「緩和」と「適応」への貢献の3つの柱で構成されており、CO2削減シナリオはSBTの認定を取得している。

ゼロエミッションを達成するため、同グループでは、「データセンター」「ファクトリー」「オフィス」それぞれの切り口でCO2排出量の削減に取り組んでいる。中でも重視しているのは、データセンターの省エネ対策だ。データセンターのCO2排出量は全体の約24%(2015年度実績)だが、クラウドビジネスの伸張に伴いエネルギー消費量は増加傾向にあり、2012年度からの4年間で、排出量は年間8.2%増となっている。今後、本格的なIoT社会が到来すればクラウドサービスの利用はさらに増え、データセンター事業の拡大が見込まれるため、省エネ対策は重要な課題となっている。たとえば、データセンターでは主にICT機器や空調により電力が消費されるため、機器の稼働率やファンの回転数、センターの空調制御をAIで最適化することで消費電力を大幅に削減していく予定だ。また、2016年に開発した、外気環境やサーバー内部の温度・湿度・電力データから1時間後の温度・湿度を予測 して空調設備を制御する技術なども活用していくという。

また、ビジョンに掲げた脱炭素社会への緩和や適応の貢献と合わせ、「ICTサービスによる持続可能な社会への貢献」を目指して、防災ソリューションを開発・提供するなど、SDGsに貢献する取り組みも行っている。具体的には、位置情報や交通量などのデータを活用して車の運行を最適化するソリューションの提供により、社会全体の環境負荷を減らす取り組みや、業界初の高効率冷却技術を採用したサーバー、世界最軽量のノートパソコンの開発など、エネルギー効率や資源効率の高い製品を開発することで、製品のライフサイクルにおける環境価値の向上に取り組んでいる。2016年度は、こうした環境貢献度の高いICTの提供により、顧客企業を中心とした社会全体の737万トンのGHG排出量削減に貢献した。今後は、自社の環境負荷低減のために開発したソリューションを提供することで、社会全体の環境負荷低減にさらに寄与することも考えられるだろう。

富士通グループのセクター別エネルギー使用率
(2015年度)
図3-1

データセンターの平均PUE値の推移
図3-2

  • *PUE:Power Usage Effectiveness
    データセンターの電力使用効率を示す指標。1.0に近いほど効率的とされる

「環境負荷ゼロ」を目指し着実に取り組みを推進
―ソニーグループ

ソニー株式会社は、2050年までに「環境負荷ゼロ」を達成するための環境計画「Road to Zero」を2010年に策定し、同計画に基づいて具体的な数値目標を盛り込んだ中期目標を5年ごとに策定している。SBTについても、2015年に日本企業で初めての認定を受けている。

ソニーグループの場合、Scope3の排出量が多く、たとえば製品使用時のCO2排出量は全体の65%を占めており、原材料調達や部品製造委託フェーズでの排出量も多いという。一方で、事業所からの排出量は5.2%と少ない。そこで、Scope1、Scope2の対象となる自社のオペレーションにおける環境負荷低減には引き続きしっかりと取り組みつつ、現在は、Scope3の対象に比重を置いた取り組みを始めている。2016年度から2020年度にかけての中期目標「Green Management 2020」では、サプライヤーに対して環境目標の策定を依頼し、2017年度は、製造委託先に対して1%削減目標の実現を、大手の部品・原材料サプライヤーに対しては具体的な目標作りを依頼するなど、バリューチェーンへの働きかけを行っている。

製品使用時のエネルギー消費量削減については、製品の省エネ化・省資源化に努めている。たとえば、同社のコンピュータゲーム機「プレイステーション4」では、機能を向上させつつ、内蔵するCPUなどの省電力化を図り、消費電力を大幅に低減している。2016年9月発売のモデルは初期モデルと比較して34%、前モデルと比較して28%の省エネを実現しているという。また、省電力化により発生する熱量が下がるため、設計を見直し、本体の厚みを1センチメートル以上薄くする(最大突起含まず)など小型化・軽量化を図り、省資源化につなげている。同社 品質・環境部ゼネラネジャーの鶴田健志氏は、「ゲーム機に省エネ・省資源を期待する消費者はそれほど多くないかもしれない。しかし、当社のどの製品やサービスも環境への配慮がきちんと行われていると感じられるものでなくてはならない。こうしたことが、ブランドイメージの下支えになる」と述べる。

また、各事業領域別に目標を策定し、施策を推進している。たとえば、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)では、映画キャラクターを通じた環境啓発活動を行っており、国連などと共同で、SDGsについて学ぶ「スマーフ」によるキャンペーンを実施している。同キャンペーンのアプリケーションをソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社が開発するなど、グループで連携して取り組んでおり、2020年に向けて、映像や音楽などのコンテンツを通じて、5億人以上に持続可能性の課題について啓発を行うという。これらの取り組みが環境負荷の削減に直接の効果を発揮するわけではないが、負荷削減に役立つイノベーションが世の中に起こるきっかけになるのではないかと同社は考えている。

ものづくりを事業の中心とする以上、どんなに省エネを進めてもエネルギーは必要だ。同社では、再生可能エネルギーの導入を進めており、欧州の事業所では再エネ調達100%を達成している。また、SPE本社では、屋上に太陽光発電設備を設置して約219MWhの電力を賄っており、ソニー本社ビルと大崎のオフィスビルでは、アクアプレミアム(P8参照)。の電力を使用している。国内での再エネ調達は、供給量が少なく、コストも高いため、課題となっている。そこで、電力会社や自治体に、再生可能エネルギーによる発電量の拡大を働きかけつつ、グリーンエネルギー証書などの制度を活用している。このグリーンエネルギー証書システムは、2001年に同社が電力会社と共同開発したものであり、今後も再エネ利用の拡大や省エネを促進する仕組み作りに貢献したい考えだ。

環境負荷ゼロへの挑戦という目標を掲げるにあたっては、1990年代以来省エネ活動を続けてきた工場などから、これ以上は無理ではないかという声もあったという。しかし、「世界最小の製品を作るといったような野心的な目標を掲げ、それに向かって努力することを好む社風」(鶴田氏)や、設立趣意書にも示されている「イノベーションを通じて世の中の課題を解決し、社会に貢献する」という精神が、その目標策定を後押しした。同グループでは、再生材使用率最大99%の再生プラスチック「SORPLAS」や、グループ企業であるソニーコンピュータサイエンス研究所での電力システム「オープンエネルギーシステム」の開発など、環境に寄与する新技術の開発に取り組んでいるが、こうした研究開発が進むのも、その精神の表れだろう。

先進企業の取り組みから、持続可能な社会を実現するためには、全ての事業領域において特性を活かした施策を推進するなど、目標を策定して主体的に取り組むことの重要性が見えてくる。 また、サプライヤーなどの関係者や他産業で起こるイノベーションも巻き込みながら、目標達成に向けて取り組むことが必要となっていくだろう。

図4
ソニーグループでは、17,000トンの温室効果ガス削減に相当する再生可能エネルギー関連証書、クレジットを活用(2016年度実績)

ページの先頭へ