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第18回 高齢者の健康寿命延伸に向けた実証現場を見に行こう

ツチヤ教授の大人の社会科見学

哲学者でありコラムニストでもあるツチヤ教授が、みずほ情報総研のさまざまな“現場”を訪問。
ソリューションやサービスが生まれる舞台裏をご紹介します。

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ウェアラブル端末とビーコンで高齢者の行動様式の変化を捉える

関山 高齢者の行動情報の収集に関する実証事業を担当している関山と申します。実証にご協力いただいている、日本老人福祉財団が運営する介護付有料老人ホーム「湯河原〈ゆうゆうの里〉」を訪問して、プロジェクトについてご紹介したいと思います。

土屋 景色がいいですね。ここに飾ってあるのが全景の写真ですか。何棟もあるんですね。

関山 この施設のあちこちにビーコンを設置して、位置情報などの各種センサー情報を収集し、ウェアラブル端末から得られる情報と組み合わせて、健康維持増進に役立つ情報を還元する実験をしています。

本日ご案内いただく藤原さんです。

藤原 湯河原〈ゆうゆうの里〉生活サービス課の藤原です。ここは、一般居室が277室、診療所やケアセンター、ジム、談話室、喫茶、売店、展示ホールなどもあります。まずは食堂をご案内します。

関山 ここに設置しているのがビーコンです。

土屋 どれですか?ああ、あの棚の上に置いてあるやつですか。

関山 ビーコンは、このような入居者がよく使う場所に設置しています。実験に同意していただいた入居者の方はリストバンド型のウェアラブル端末を装着しています。その端末がビーコンが放射する赤外線をキャッチし、その情報をシステムに送ります。

土屋 ビーコンが情報を送るわけではないんですね。

関山 はい。各ビーコンは、設置場所と紐付けてシステムに登録されています。端末を着けた入居者がその近くを通ると、ビーコンの登録情報から、その人の位置情報が把握できます。

藤原 こちらが大浴場です。どうぞ。

関山 ここでも脱衣所にビーコンを置いています。

土屋 端末はどの程度の範囲で赤外線を認識できるんですか。脱衣所のドアの外ではどうですか?

関山 認識範囲はビーコンから数メートルほどで、同じ部屋の中だけです。ですから、広い部屋や野外などでは、赤外線を強くしています。

土屋 入居者の居室にも設置しているんですか?

関山 はい。居室では、キッチンや寝室など部屋ごとに1機設置しています。施設全体では100機ほどで、この露天風呂の入口にも設置しています。

土屋 うわあ、この露天は素晴らしいですね!

藤原 温泉で、24時間入浴可能なんですよ。

写真03
施設のあちこちにビーコンを設置

写真02
スタッフの藤原さんと

“簡単に設置できるんですね” ―ツチヤ教授

土屋 こういうビーコンは赤外線を使っているものが多いんですか?

関山 いえ、Bluetoothのような電波式など、さまざまな種類があります。今回の実験では赤外線式を採用しています。電波式は広い範囲をカバーできますが、その分電力消費も大きくなるため、電源につなぐ必要がある製品もあります。このビーコンは乾電池で動き、電池は通常2〜3年は持ちます。

土屋 じゃあ、簡単に設置できるということですね。

関山 今回の実証の目的は、ビーコンと端末を使って、高齢者の生活リズムを可視化することです。

手首に着けたウェアラブル端末を通してセンシングした腕の動きと、ビーコンでつかんだ位置情報を組み合わせて、システムに搭載したAIが入居者の「食事時間」や「睡眠時間」などを推察します。そうして生活リズムを可視化できれば、睡眠時間が短くなっているといった変化も把握できるようになるというのが狙いです。

土屋 このシステムは、どこが作ったものですか?

関山 米国のベンチャー企業です。実証実験を通じて、このシステムの精度や日本での利用可能性、盛り込むべき機能などを確認しています。

もともと当社は、政府が社会福祉・社会保障の体制整備に注力を始めた1980年代から、社会保障分野に関する政策提言を行ってきました。また、長年、医療、介護の分野でも業務支援システムの開発・運用の実績があり、調査研究とITの両面で多くの知見とノウハウを持っていましたので、この分野で役立つ取り組みをしたいと考えていました。今、この分野の最大の課題は、高齢者の健康寿命の延伸と、それによる社会保障の負担軽減です。そこで、高齢者の身体機能の衰えの兆候をITを使って早期に発見し、対策を打てないかと考えたのです。

土屋 Apple Watchなども血圧や脈拍数がわかりますが、それではできないのですか。

関山 Apple WatchなどのGPSを利用した位置情報は、屋内では精度が低くなります。また、バッテリーが長く持たず、充電のために腕から外す必要があります。生活リズムを把握するには、装着し続けたまま普段どおりの暮らしを送ってもらうことが必要なんです。

土屋 なるほど。

関山 我々の仮説は、「日常生活動作(ADL)」の機能低下をいち早く発見することが、健康寿命延伸に役立つのではないかというものです。その仮説に基づいて探索し、発見したのがこのシステムでした。

土屋 この実験はどのくらいやっているんですか。

関山 6カ月の予定で、今年の3月から実験を開始しています。

これがデータ分析画面です。現在、20名ほどの方が端末を装着しています。たとえばこの方は、昨日、3食合わせた食事時間が1時間28分だったという分析が出ています。ところが4週間の平均で見ると、食事時間がだんだん短くなっています。

土屋 確かにそうですね。

関山 こうしたデータを、入居者の体調変化を推察するのに役立てるわけです。現在は、2週間に1度、私たちがモニターの皆さんにこれらのデータをお見せして、生活状況や端末の使用感についてヒアリングしています。

土屋 お話を伺っていると、このシステムは生データをそのまま示すのではなくて、データの意味までAIが評価して表示するのですよね。それを施設の職員が直接見て役立てるという方法でもいいのではないですか?ただ、そうすると、みずほ情報総研の役割がなくなってしまう…。

関山 そうですね。そこが悩ましいところです(笑)。入居者へのヒアリングは職員が行ったほうが望ましいのではないかとも考え、職員の方と一緒にヒアリングを行うなど、手法を試行錯誤しています。伝え方やタイミングも工夫が必要ですからね。

土屋 こういった情報は、人によって受け止め方が違いますものね。

関山 また、ほかに採取できると役立つデータや、日本で使用する際に必要な新機能などが見えてくれば、機能の追加開発なども検討したいと考えています。ツールをどうデザインすればよりよいものにできるかを考えることに、やりがいを感じます。

加えて、職員にも端末を装着してもらい、介護職の業務改善や負担軽減につながるデータが得られないか検証する予定です。

写真04
実証実験の概要を説明

“この分野は将来性がありますね” ―ツチヤ教授

関山 私が所属する事業戦略部は、新しい事業を作ることを命題としています。活動の中で、社会課題を起点に事業開発を行うというアプローチを行っており、今回はそれがITだったわけですが、システムの構築は一つの手段で最終目的ではありません。健康寿命延伸というテーマに対しては、異なるツールの採用や開発、組み合わせが必要だと考えています。

土屋 それでは、今回の実験は、全体の計画のほんの一部なんですね。僕としては、脈拍、血圧、血糖値や尿酸値などのデータがわかるとありがたいと思いますが、それはちょっと無理でしょうか?

関山 今回の実証でも心拍数データを採取して睡眠時間の識別などに使っていますし、新機種では血圧なども測定できるようになる予定です。今は技術がどんどん発達して、腕の端末だけでいろいろなデータが採れます。数年後には端末の装着さえ不要になるかもしれません。

土屋 顔認証技術も進歩していますから、位置情報は画像からつかめるようになるかもしれませんね。

関山 そうですね。ただ、カメラを搭載している機器は監視しているようだと嫌悪感を抱く方もいますので、丁寧な検討が必要でしょう。

土屋 なるほど。認知症の高齢者が行方不明になることを防ぐのも、ITに頼るしかない気がしています。ぜひ、それもお願いできたら。

関山 実は、認知機能の低下のモニタリングについても、並行して別の実験を進めています。今回の行動データの収集・分析システムにも、認知症の手前のうつ症状を行動から捉える機能があります。人との会話は認知症やうつ病予防に重要だと考えられていますので、人と会っている時間を計測します。同じビーコンがカバーしている範囲に端末装着者が2人いれば、「誰かと会っている」と判断するというものです。

土屋 うーん。それはどうかなあ。

関山 まあ、本当に会話しているのかはわかりませんよね(笑)。このツールではそれが限界なんです。この点は別のツールを探したいと考えています。

土屋 会話しているかを検知することになると、プライバシーの問題も出てくるんじゃないですか。

関山 はい。ですから、音声を採取せずコミュニケーションを検知する手法を考える必要があります。

土屋 難しいですね。それでも、ここのような老人ホームではうつ状態も発見しやすいと思うのですが、戸建てやマンションで暮らす高齢者については何か方法があるんでしょうか。

関山 別の実験として、電話を使う手法も研究しています。1週間に1度、被験者に電話を受けてもらい、音声を解析して、話し方や声のトーンなどで認知機能の低下傾向を検知するという技術です。

土屋 なるほどね。電話がかかってきた時に寝起きで受け答えがおぼつかなかったりして、あなた病院へ行ったほうがいいですよといわれたりしたら悲しいですけど(笑)、そういう方法があるとは知らなかった。

関山 今回のシステムも、最終的には、独居高齢者にも適用できるものにしたいと考えています。

土屋 こういうシステムが本当に必要なのはそういう方ですよ。高齢者の単身世帯は思ったより多いんですよね。子どもは遠くで案じてはいるけれど、高齢になると今の場所から動きたくない気持ちもあって、同居は難しいということがありますからね。こういうシステムがあれば安心できますよね。

社会保障分野って将来性がありますね。社会的な需要はあるでしょうし、かなり儲かるかもしれない。

関山 儲かるかはわかりませんが(笑)、社会的な意義は高いと感じています。手法を目的化せず、社会課題を本当に解決できるものであるかを主眼に置きながら、事業作りを進めていきたいです。

土屋 賢二 (つちや けんじ) 氏
1944年、岡山県生まれ。お茶の水女子大学名誉教授。柔らかな語り口の哲学論集・講義集のほか、数多くのユーモアあふれるエッセイ集でも知られる。趣味はジャズピアノ。
ユーモアエッセイ集には『妻と罰』『ツチヤ学部長の弁明』『紳士の言い逃れ』など多数。
ほか『ツチヤ教授の哲学講義』『哲学者にならない方法』など。

案内人:みずほ情報総研 関山 佑一 (せきやま ゆういち)
みずほ情報総研株式会社 事業戦略部 調査役
2008 年入社。医療保険制度を支えるシステムの開発に従事するほか、社会保障領域における課題を起点とした新規事業の企画・事業化推進を担当。

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