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[特集] 「日本版MaaS」実現への道

各国で取り組みが始まっている「MaaS(Mobility as a Service)」。
都市空間のあり方を変え、社会課題の解決につながることが期待されている。
新しいモビリティサービスが社会や産業に与える変革とはどのようなものだろうか。

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欧州の官民連携組織MaaS Allianceは、MaaSを「さまざまな種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる1つのサービスに統合すること」と定義している。MaaS先進国であるフィンランドでは、公共交通機関をはじめさまざまな移動サービスを統合した、経路検索・予約・決済アプリケーション「Whim」が登場し、レンタカーやシェアサイクルとの連携や定額制などの画期的なサービスを提供している。

国によって公共交通政策や交通サービスの状況は異なるため、MaaSも各国で異なる形になると予想されるが、日本版MaaSはどのようなものになるのだろうか。社会・産業・技術の動向を捉えた政策立案支援や国内外のマクロ経済分析をはじめ、企業の経営戦略策定などに携わる〈みずほ〉のリサーチ&コンサルティングユニットのメンバーが、MaaS実現に向けた日本の現状や課題、展望を紐解く。

国内外で活発化するMaaSの取り組み

西脇 MaaSは、フィンランドの「Whim(ウィム)」など欧州を中心に活発な取り組みがなされ、米国やアジア地域へと広がっています。しかし、必ずしも画一的なサービスが展開されているわけではなく、各国の課題を解消するために国ごとのMaaSが展開されているという印象です。

築島 日本でもMaaSへの機運がいよいよ高まっていると感じます。2018年度には、経済産業省、国土交通省がMaaS検討に関する有識者会議(*1)をそれぞれ開催しました。これに基づき、19年度は、MaaSに取り組む地方公共団体や実証実験への支援が始まりつつあります。

安藤 自動車産業では「CASE(*2)」と呼ばれる変化が起こっていますが、完成車メーカーのビジネスモデル自体を変える可能性があるという意味でMaaSは異質であり、影響が最も大きいと見ることができます。メーカーによって取り組みの温度感はさまざまですが、消費者との新しいつながり方など、サービスの比重が大きくなり始めていることは事実です。

工藤 一方、首都圏の鉄道会社は、沿線の価値を高めるという文脈でMaaSに注目していますし、地方では、車社会が基本とされる中で公共交通のあり方が議論され、地元運輸事業者や自治体を中心にMaaSへの関心が高まっています。また、観光分野では、観光客にいろいろな場所を回遊してもらう仕掛けとして、MaaSが注目されています。

西脇 海外では観光を目的とした長距離移動型のMaaSを形成する事例が現れています。ドイツ鉄道が展開する「Qixxit(キクシット)」は、国を跨いで、エアラインや長距離バスのデータを連携していますので、たとえばドイツからオランダに行く場合、鉄道と飛行機はどちらが安価か、より速く移動できるかを1つのサイト内で比較できます。

工藤 日本でも、鉄道事業者の取り組みは活発です。小田急電鉄はエアラインや鉄道、タクシーなどと連携したMaaSへの取り組みを進めていますし、東急電鉄とJR東日本が伊豆で実証実験を行っている「Izuko」アプリは、地元のバス事業者などとも連携し、ルート検索から予約・決済までを可能にしています。

築島 Izukoは、政府が推進・支援している先行モデルの1つですね。国土交通省の有識者会議では、日本のMaaSを大都市型、大都市近郊型、地方都市型、地方郊外・過疎地型、観光地型の5つの地域類型として設定し、それぞれに合わせた支援を行おうとしています。地域によって交通の課題は異なるため、地域で解決するもの、地域横断で解決していくものなど、課題や事例を共有して取り組む動きが始まりつつあります。

安藤 完成車メーカーについては、MaaSにおけるポジションがまだ明確になっていないと感じます。昨年、トヨタ自動車が西日本鉄道と共に福岡市の公共交通やタクシー、レンタカーなどの移動手段を組み合わせたルート検索・予約・決済アプリ「my route」の実証実験を行いましたが、国内の各社は、サービス分野にどのように携わるかを模索している段階ではないでしょうか。欧米では、フォードが2015年~16年頃から世界各地でまちづくりまで含めたMaaSの実験を始めるなど、日本に先行しています。

MaaS実現の課題

工藤 見方を変えると、そもそも、日本はMaaSにおいて決して遅れている国ではないといえるのではないでしょうか。最も進んでいるフィンランドはレベル3で、日本はレベル1といわれていますが、日本は「検索」においては世界最高水準ですし、「決済」についても交通系ICカードは全国の主要都市で使え、都市圏に暮らす人はそれらを自在に使いこなしています。

築島 日本の都市圏の交通の水準は、比較的高いレベルにあります。この水準をさらに高くするというのは、それなりの労力がかかると思います。

安藤 海外の事例をそのまま適用することはやめたほうがいいでしょうね。交通機関のサブスクリプション(定額制)なども、まだ言葉が先行している気がします。海外では改札機がない国もあり、日本とは改札方式が異なる中で、事前契約する定額制がうまく機能しているという事情があります。日本の場合、自動改札が整備され、鉄道やバスの定期券もありますので、定額制との違いが不明確です。

西脇 確かに、海外のような、あらゆる交通モードを定額で利用できるという方式は、日本ではなじまないかもしれませんね。移動と観光をパッケージにして一律の値段で提供する企画乗車券のようなサービスのほうが日本にはなじみやすい気がします。定額制といっても、日本では形態が異なったものになるのでしょう。

工藤 ダイナミックプライシングも、たとえば昼間に運賃が割引かれる乗車券など、鉄道業界では以前から導入していますよね。日本はそれほど焦る必要はないと思います。

ただ、インバウンドを含めた観光客にとって、日本の交通はまだまだ改善の余地がある。たとえば、バスの路線は日本人でもよくわからない中で、外国人旅行者の移動手段としてどう担保していくのか。都市部もそうですが、地方も含めて広域でのバスの連携は必要だと感じます。

築島 そのためにはデジタル化が重要ですね。MaaSは、交通分野のさまざまな情報がデジタル化され、シームレスにつながって提供されるものです。しかし、たとえば地方のバスなどの場合、経路検索に必要な時刻表や運行情報などのデータ整備が進んでいない現状があります。デジタル化を進める取り組みがまず必要で、それができれば予約や決済サービスは付随してくるでしょう。

安藤 現金しか使えない交通機関があることも、MaaSの概念から見て不便です。地元のバスやタクシーだけでなく観光施設なども決済のデジタル化に対応していないと利便性は高くなりません。キャッシュレスなども含めた幅広いデジタル化が、MaaSの本質的なテーマだと思います。

西脇 海外では、行政が交通機関の運営を担っていることが多く、データの連携は容易です。政府がプラットフォームを整備し、そこに各交通機関のデータを集積してMaaSを実現したパターンは多くあります。しかし、日本の場合は交通事業者の多くは民間企業のため、連携はなかなか進めづらい。事業者間のデータ連携は、日本でMaaSを進める際のボトルネックの1つになるでしょう。

工藤 鉄道で考えると、都市間高速輸送はJRなどが担う一方、都市圏内の輸送は複数の民間企業がインフラ整備から運行まで担っています。また、事業者間では相互乗り入れを行い、かつ駅からはバスやタクシーが連結しています。こうした高度な連携が行われていると、MaaSのように多様な企業がつながる場合には収益分配の方法などで課題が生じます。

MaaSのレベル分類
図2
Jana Sochor, Hans Arby, Mari Anne Karlsson, Steven Sarasini : Atopological approach to Mobility as a Service: A proposed tool for understanding requirements and effects, and for aiding the integration of societal goals

日本版MaaSの姿とは

西脇 日本のMaaSとは、移動だけに留まらないサービスを提供するものになると考えています。たとえば、観光地までシームレスな移動手段を提供するだけでなく、アクティビティの利用など移動の目的もセットで提供するようなMaaSが求められているのではないでしょうか。

また、都市と地方ではニーズや課題が異なるため、それぞれに合ったMaaSが形成されていくと思います。たとえば、過疎地域ではモビリティの絶対量が少ない、自宅からバス停までの距離が遠いなどの問題がありますので、そこをつなぐ新しい移動手段の導入や採算が取れるかなども含め、慎重に議論していく必要があるでしょう。

築島 さらに付け加えるなら、高付加価値なサービスが求められるでしょう。自宅で映画や買い物を楽しみ、テレワークで仕事を行うこともできるようになった現代において、わざわざ移動しなくてはならない理由は少なくなってきています。移動そのものの意義や価値を高めていくことが必要になってきているのではないでしょうか。

安藤 日本版MaaSは、新しいビジネス機会を創出しようとする各国の取り組み方とは異なり、課題解決や公共性を目的とする社会的な側面が強いように感じます。日本の課題とは何かを、地道に考えることが重要になるでしょう。

工藤 そうですね。高齢化と人口減少が進む中、移動手段の担保は、地方はもちろん都市圏でも重要になるでしょう。また、移動はあくまで手段ですから、事業者は商業施設や病院など目的とセットでMaaSを作り上げていくことが必要です。地方では、効率的な移動手段を提供して負担を削減し、補助金で維持されている公共交通を持続可能なものにして地域を支えていくことも求められます。

築島 すでに事業者は揃っているので、地域や目的に対して提供したいサービスの軸が決まれば、どう連携すればいいかが見えてくるでしょう。今は利用者のニーズが多様化していますので、事業者側も、適したサービスを模索している段階だろうと思います。

安藤 私は昨年まで米国に駐在し、Uberの成長を間近で見てきたのですが、GPSの精度やインターフェースなど、もう少し便利になればと感じたポイントが、日々改善されていきました。利便性はさらに向上して、仕事で利用した場合、領収書を自動的に経費精算システムに転送することができたり、ドライバーからの評価が上がるとランクの高い車にマッチングされる確率が高くなるなど、サービスに対する付加価値の付け方がうまいと感じました。

築島 高付加価値なサービスの一例ですよね。課題解決というと重く受け止めてしまいますが、利用者が今まで以上に便利に、また楽しくなるようなサービスにしていくこと もMaaSの要素として大事なことだと思います。

政策支援が我々のミッションの1つですので、日本版MaaSが最適な形で軌道に乗るよう、さまざまなプレーヤーの意見を集積し、海外の事例も参考にしながら支援していきたいと考えています。

西脇 MaaSはまちづくりとセットで考えられるべきものであり、「都市の機能の1つとしてモビリティサービスがある」という発想が必要になると考えています。地方公共団体をはじめ行政に対して、まちづくりを含めたMaaS実現に向けた情報提供や支援を行っていきたいですね。

安藤 そうですね。情報の発信や提供はもちろん、銀行が持つ顧客基盤や社会的信頼性を活かし、MaaSに必要な異業種間の連携や仲間作りに一役買いたいと考えています。

工藤 〈みずほ〉も今まさにビジネスモデルの変革を目指していますので、金融サービスと非金融サービスの融合によるMaaSという新たな価値の創造にも積極的に関わっていきたいと思います。個人的には、未来の街のあり方などを踏まえて事業者をサポートしたり、本業である決済などを活かしたソリューションの提供を通じて、事業分野でのパートナーシップを発揮していきたいです。

築島 MaaSはさまざまな専門性が融合する分野。〈みずほ〉が持つ多様な専門性を活かし、協力して取り組んでいきましょう。

MaaSを構成する各要素
図3
みずほ銀行産業調査部資料を基に作成

  1. *1経済産業省「IoTやAIが可能とする新しいモビリティサービスに関する研究会」、国土交通省「都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会」
  2. *2コネクテッドカー(Connected)・自動運転(Autonomous)・カーシェアリング(Shared & Services)・電気自動車(Electric)の頭文字を取った言葉

取材・文/編集部 写真/栗原 剛、吉野 久

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