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フィナンシャルエンジニアリングレポート Vol.23

マイナス金利下における金利デリバティブ商品のプライシングモデル

2016年10月
みずほ情報総研 金融技術開発部 増田 晃弘

1. はじめに

2016年1月29日にマイナス金利政策が導入され、10年以下の円金利スワップがマイナス領域に沈んでから半年が経過した。それに伴い、金利デリバティブの評価で長年用いられてきたBlackモデルでの計算が不可能となった。このモデルは原資産が対数正規分布に従うと仮定しているため、原資産が負値となることを許容しない。したがって市場では昨年度末からマイナス金利に対応した新しい金利デリバティブのモデルが導入され始めた。

その中でも代表的なモデルとして原資産が対数正規分布に従うShifted Lognormalモデルと正規分布に従うNormal Volatilityモデルがある。円金利市場では、すでに一般的な金利デリバティブ商品である金利キャップ・フロアや金利スワップションにおいて、それぞれのモデルを前提としたボラティリティが情報端末で提示されている。特に正規分布ベースのボラティリティは米国市場でよく使われているといわれるが、マイナス金利下の円金利市場でも提示されるようになり、市場参加者の注目が集まっている。

Shifted Lognormalモデルについては以前のレポートで紹介した*1。本稿ではNormal Volatilityモデル*2の一つであるBachelierモデルを紹介し、Shifted Lognormalモデルと比較する。

2. Bachelierモデル

Bachelierモデルは原資産が正規分布に従うモデルであり、リーマンショック以降の金利低下局面で注目され始めた(櫻井2016)。

これは原資産のフォワードレートFtが以下の確率微分方程式に従うモデルである。

式1

ここでWtはブラウン運動、文字内式は正規分布のボラティリティである。
対してBlackモデルでは以下の確率微分方程式に従う。
文字内式は対数正規分布のボラティリティである。

式2

またShifted Lognormalモデルでは以下の確率微分方程式に従う。
文字内式はシフト幅hの対数正規分布のボラティリティである。

式3

Bachelierモデルでヨーロピアンタイプのオプション価値は、原資産をF、行使価格をK、割引率をDF、満期までの期間をTとすると、以下の通りとなる。ここでNは正規分布の累積分布関数、N`は正規分布の確率密度関数である。

式4

続けてグリークスと呼ばれる各パラメータの感応度、デルタ(Δ)、ガンマ(Γ)、ベガ(ν)を示す。

式5

3. BachelierモデルとShifted Lognormalモデル

BachelierモデルとShifted Lognormalモデルを、両者のグリークスで比較してみる。これらリスク値はトレーディングを実施する上で不可欠なものであり、ディーラーはこの数値を参考にポジション管理を行うからだ。対象商品には代表的な金利デリバティブ商品である金利スワップションを取り上げた。

表1に金利スワップションを対象としたBachelierモデルとShifted Lognormalモデルの計算式を記述する。文字内式はT年先スタート文字内式年の6カ月ロールのフォワードスワップレート、hはシフト幅である。BlackモデルはShifted Lognormalモデルのh=0のケースである。

表1 両モデルの金利スワップション計量式
表1

ガンマ、ベガはペイヤーズスワップションとレシーバーズスワップションで同じである。

ここで原資産が5年の金利スワップで満期が5年の金利スワップションのATMストラドルの買いポジション(ペイヤーズの買い+レシーバーズの買い)を考える。そのポジションでのフォワードスワップレート(文字内式)が0.42%、Annuity文字内式が5.05、プレミアムが300bpだとする*3
そのときの各モデルのボラティリティおよびリスク値を算出した。結果を表2に示す。
それぞれLNがBlackモデル、NがBachelierモデル、SLNがシフト幅2%のShifted Lognormalモデルである。

表2 各モデルによるストラドルポジションの計量値
表2

また両モデルのATMストラドル下でのBlackモデルとのリスク値の関係式を表3に示す。これはBachelierモデルおよびShifted Lognormalモデルのリスクと、Blackモデルのリスクの比率を表している。

表3 各モデルとBlackモデルのリスク比率
表3

さらにこの状態からプレミアムが330bp、フォワードスワップレートが0.47%に上昇した場合をシミュレートした。結果を表4に示す。

表4 プレミアムおよびフォワードスワップレートが上昇した場合の損益要因分析
表4

まずBlackモデルの結果を見てみる。表2のデルタの項を見ると相対的に大きいことが分かる。これは今回の試算のような低金利下ではBlackモデルのボラティリティが相対的に高いため、表1より、ペイヤーズとレシーバーズのデルタが乖離したためだと考えられる。結果的に表4からもデルタの変動要因が、他のモデルと比較して大きく寄与していることが分かる。

Bachelierモデルは、表1より原資産と行使価格が等しいATMであれば、ペイヤーズとレシーバーズのデルタの絶対値は等しくなり、ストラドルのデルタが0となる特徴がある。また同じくATMであればグリークスが現行水準文字内式文字内式に依存しないという特徴も分かる。表4から今回の試算ではその損益のほとんどがベガ要因であることが分かる。

Shifted Lognormalモデルは、表2のデルタの値がBlackモデルと比較して小さく、表3からその差異の要因が両モデルのボラティリティの比率だということが分かる。逆にベガの値は10倍程度大きく、表4からもその変動要因のほとんどがベガ要因であることが分かる。今回のシミュレーション結果の傾向として、BlackモデルよりBachelierモデルの結果に近いことが見て取れた。

上述の計算のようにトータルの損益が同じでもモデルによってその要因は異なったり*4、ストラドルのデルタが0となるなど各モデルで特徴があることも分かった。実際のオペレーションやポジション管理の際には注意が必要である。

4.おわりに

マイナス金利下でのオプション評価モデルとしてNormal Volatilityモデルの一つであるBachelierモデルを紹介した。前節の通りBachelierモデルとShifted Lognormalモデルではそれぞれ特徴があり、どちらを採用するかは下記のようなメリット・デメリットも踏まえながら慎重に判断する必要がある。

Shifted Lognormalモデルの場合、既存評価モデルがBlackモデルであればその拡張は比較的容易である。ただしモデル上シフト幅以上のマイナス金利は許容されず、また市場で提示されるシフト幅が変化する可能性がある*5。シフト幅が変化するとリスク値も変化し、また時系列データの連続性も失われてしまうため過去データを使うVaR計算などに影響を及ぼす。

Bachelierモデルの場合、シフト幅に気を使うこともなく、またATMストラドルであればデルタニュートラルになり、ポジション管理が容易になるだろう。だが、金利の分布が対称とするモデル上の前提条件が市場に適合的かどうかの問題もある。

こういった市場価格への適合やリスク管理の観点から、さらなるモデルの高度化も考えられるため、引き続き今後の動向に注視していきたい。


  1. *1Shifted Lognormal Volatilityモデルについては2015年度に当部より発信した「フィナンシャルエンジニアレポート Vol20」で紹介している。
  2. *2他にHull-Whiteモデルなどがある。
  3. *3LNのボラティリティを低く抑えるため、市場実勢とは異なる数値でシミュレーションを行っている。
  4. *4これらの結果はあくまでシミュレーションの一例であり、シナリオの設定により数値も変わってくることが考えられる。
  5. *5先行してマイナス金利に突入した欧州市場では金利スワップションのシフト幅も変化する。現状、円金利市場でシフト幅が変化するという話は出ていない。

参考文献

櫻井豊(2016) 『数理ファイナンスの歴史』 株式会社きんざい



  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
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