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社会動向レポート
現状と課題

途上国におけるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(1/4)

社会政策コンサルティング部 リサーチアナリスト 安達 光

途上国における医療提供水準の問題がしばしば指摘される中、現在の国際潮流では「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」への注目が高まっている。日本はUHCの模範国であり、政府は日本主導でUHCを推進するための取組みを進めている。本稿では、途上国におけるUHCの現状と課題、その背景について概説するとともに、UHCの達成に向けた方向性について考察する。

はじめに―ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ概説―

2013年9月、世界的な権威を持つ医学専門誌「ランセット」に、G8の首脳が初めて論文を寄稿した。「我が国の国際保健外交戦略―なぜ今重要かー」と題された論文の著者は、日本の安倍首相である。その中では、全国民が経済的困難なしに医療サービスを享受できる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(以下UHC)」という概念を実現することの重要性が述べられている。

この異例の寄稿は、同年5月に外務省が発表した「国際保健外交戦略」を受けたものである。政府は「国際保健外交戦略」で、日本ブランドとしてのUHCの主流化を図るとともに、途上国におけるUHC達成へ貢献していくことを表明した。日本は、国民皆保険制度を中心とした医療システムにより、高いレベルでUHCを実現しており、UHCの「世界の模範」と称されている(1)。今年(2015年)9月に健康・医療戦略推進本部が発表した「平和と健康のための基本方針」の中でも「世界各国におけるUHCの実現」が究極的な目標として掲げられており、現在UHCは国内外から注目を集める概念となっている。

UHCは、「医療サービス(予防、健康増進、治療、リハビリ、緩和ケア)を必要とする全ての人が、不当な経済的困難に陥ることなく、医療サービスを受けられる状態」と定義される(2)。その達成度は、「経済的リスクからの保護」「人口」「サービス」という3つの軸で判断される(図表1)。

UHCの性質上、達成度合いを示す具体的な単一の指標はない。しかし、複数の指標の比較や定性面を勘案することにより、各国のおおよその達成段階を把握することは可能である。日本と世界銀行が行った共同研究(3)では、研究対象となった11カ国をUHCの達成状態毎に区分しており(図表2)、未達成国の中でもUHC達成段階は多岐にわたる。たとえば医療保険制度が未整備の国もあれば、制度上は国民皆保険を達成していても、保険のカバー範囲や自己負担割合・医療サービスの質などに難があることからUHC達成とみなされない国も存在する。

日本が他国のUHC達成を支援するにあたっては、経済力、文化、地理的条件、医療保健の諸制度、制度の発展過程などの違いを加味して、各国毎に適切な支援を見極める必要がある。そのためには、各国の健康指標・医療提供状況や医療保険制度について現状を適切に把握することが肝要である。本稿では、複数の国を対象にケーススタディを実施することを通して、途上国における現状の把握とUHC達成に向けた方向性を議論する。


図表1 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)イメージ図
図表1


図表2 前田 et al (2014)研究対象国のグルーピング
図表2

1. ケーススタディ

本章では、途上国の実態と課題を明らかにするため、UHCを目指している国を対象にケーススタディを行う。ケーススタディの対象国は、日本政府が「国際保健外交戦略」で重要視するとしているASEAN諸国から、【1】一定規模の人口を有する【2】国民皆保険を目的とした制度が存在する という2点を満たす、タイ・インドネシア・ベトナムの3カ国を選択した。タイは既に国民皆保険を達成しているが、インドネシアとベトナムは国民皆保険を目指している状態にある。また、3カ国とも医療サービス面で何らかの問題を抱えており、完全なUHCの達成には至っていないと考えるのが一般的である。

図表3はケーススタディ対象国を含めたASEAN各国の経済状況やUHC関連の指標等をまとめたものである。全般的に高所得国ほど健康指標の値は良好である。一方で、政府の総保健支出やGDP比医療費などをみると、政府の医療・保健関連政策のスタンスは、その国の経済水準とはあまり関係がないようである。

医療施設の整備状況に関しても概説する。民間病院が全体の約8割を占める日本の現状からは想像しづらいが、3カ国とも公的病院が病院の過半数を占めている。また、公的医療保険を使用できる病院は圧倒的に公的病院が多い。いずれの国も公的病院のサービスの質(待ち時間等)が問題となっており、高品質のサービスを求める富裕層は民間病院を受診するのが一般的である。


図表3 日本・ASEAN 基本情報
図表3

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