ページの先頭です

技術動向レポート

ハイパフォーマンスコンピューティング技術が切り開くものづくり(1/2)

サイエンスソリューション部 マネジャー 山出 吉伸

コンピュータの性能は1年に2倍、10年に1000倍のペースで発達している。本稿ではコンピュータの性能向上の動向およびこれがものづくりに与えるインパクトに関して示すとともに、スーパーコンピュータによるハイパフォーマンスコンピューティング技術のものづくりへの適用事例を紹介する。

1. 計算機の発達

スーパーコンピュータ(以下、スパコン)は、生命科学、創薬、物質科学、防災、ものづくり等幅広い分野において活用され、各分野の研究開発をドライブする原動力になっている。後述するように、スパコンの性能は飛躍的なペースで向上するため、筆者が携わるものづくり分野においてもスパコンを活用したハイパフォーマンス技術の適用により、実験に匹敵する精度で製品性能を評価できる事例が増えつつある。本稿ではまず、スパコンの性能向上についてふれておきたい。

皆さんは「ムーアの法則」をご存知だろうか?半導体メーカインテルの創始者のひとりであるゴードン・ムーアが、50年前(1965年)に経験則に基づいて示したコンピュータの処理能力に対する法則である。これによるとコンピュータの性能は毎年およそ2倍のペースで発達する。毎年2倍(前年度比100%増)と簡単にいうがこの成長率は驚異的である。少し乱暴な比較であるが、コンピュータの処理能力の驚異的な成長を実感してもらうため、他の年次推移データと比較してみたい。我が国は戦後急激な経済発展を果たし、その間に、国民総生産(GDP)やエネルギー消費量は年々増え続けた(図表1)。国民総生産とエネルギー消費量はこの1970年から2010年の間の40年間でそれぞれ2.9倍、1.9倍に成長したが、その年平均の成長率はそれぞれ2.9%、1.6%である。一方、コンピュータの性能はムーアの法則によれば、成長率100%(GDPやエネルギー消費量の成長率の数十倍)で性能向上するので10年で1,000倍、20年で100万倍の性能向上を果たすことになる。スパコンの性能評価は、1年に2度更新され、世界最速から上位500位までのスパコンが公開されている(以下トップ500ランキングと称す。)。図表2にトップ500ランキングとして公開されているスパコン性能の推移を示す。図表2には1位(No 1)、500位(No 500)および1位から500位の合計値(sum.)の推移が示されている。縦軸のFLOPS(フロップス)はFloating Operationper secondの略であり、1秒当たりに実行できる演算回数である。FLOPSの前の頭文字はG(ギガ)、T(テラ)、P(ペタ)、E(エクサ)と読む。G(ギガ)は10億(10の9乗)を意味し、頭文字がひとつ変わるごとに1,000倍される。つまりT(テラ)は1兆、P(ペタ)は1,000兆、E(エクサ)は100京である。我が国においても、最近では、地球シミュレータが2002年6月からの2年間、京が2011年6月から1年間、世界最速コンピュータとしてランキングされている。世界で初めて10 PFLOPSの壁を超えた京が開発された2011年よりの17年前の1994年に当時の航空宇宙技術研究所のスパコンNumericalWind Tunnel(NWT)が124GFLOPSで世界最速となっているが、この17年間の間に実にスパコンの性能は8万倍に向上した。この17年間の平均成長率は94%であり、およそムーアの法則にほぼ従っていることがわかる。世界最速のコンピュータだけでなく、500位および500位までの合計値に関して同じ17年間の性能比は、500位では10万倍、合計値では4万倍と同様に大きく性能向上していることがわかる。

筆者は、スパコン等の大規模計算機を用いて工業製品のまわりの流体(空気もしくは水)の流れをシミュレーションすることにより(以下これを流体解析と称する。)、製品の性能を予測するためのソフトウエアの開発に携わってきた。上記した成長率100%の性能向上はものづくりにおける流体解析にとっても大きなインパクトを与える。流体解析では、対象となる空間(例えば、車の流れのシミュレーションであれば、車のまわりの空間)を計算格子と呼ばれる小さな小領域に分割し、ここで定義される流れの状態(速度や圧力)をシミュレーションする。スパコンの発達により、計算格子を細かくすることでより詳細な(現実に近い)流れを計算することが可能となる。年2倍の成長が10年継続するとおよそ1,000倍の性能向上となるわけだが、この結果、非常にラフな見積もりをすると計算格子数を1,000倍にすることができ、これは1方向あたりの格子幅を1/10にできることを意味している(実際はマシンアーキテクチャが変わり、このため計算の実行効率も低下する傾向にある等の影響があり、問題は単純ではなく、ここに示す見積もりは楽観的である)。例えば、10年前は1cmの解像度でシミュレーションしていた現象を、現在は1mmで、10年後は0.1mmの解像度で計算することができる。筆者が携わってきた車、船、ターボ機械等の工業製品への適用を例にとると、ピーク性能40TFLOPSの地球シミュレータを用いた場合の計算規模はおよそ1億グリッド以下であったのに対し、ピーク性能10PFLOPSの京を活用した解析では数十億~数百億グリッド規模の解析が実現可能になっている。これにより、車体空力、船舶、ターボ機械等のものづくり分野で実験(風洞試験や水槽試験)に匹敵する精度で製品性能を予測できる技術が確立されつつある。本稿では、これ以降、スパコンを用いた流体解析事例として、筆者が携わった解析事例について紹介する。

2. ものづくりへのHPCの適用事例

本節ではスパコンによる大規模な流体解析事例として、流体解析ソフトFrontFlow/blue(以下、FFBと称する)による流体解析事例を紹介する。FFBは東京大学生産技術研究所で開発されたソフトである。FFBは物体まわりあるいは機械内部の非定常な水や空気の流れを精度よく予測できる特長を有しており、筆者もFFBの開発およびこれの実証に携わってきた。

(1)車室内騒音の予測

自動車運転時の快適性という観点より、車室内騒音の低減が重要である。遮音・防音対策により車室内騒音の低減が可能であるが、これらの効果は生産コストとトレードオフの関係にあるため、量産品では限られた設計条件のなかで騒音を低減することが求められており、このために、設計段階で車室内騒音を予測することおよびこれにより音源と伝搬経路を特定することが重要であり、そのための予測技術の確立が求められている。車室内騒音の音源としては、エンジンノイズ、ロードノイズ、空力騒音等があげられるが、高速走行時には空力騒音が主音源となる。本節では、スパコンの製品への適用事例として車室内騒音の空力騒音の予測について紹介する。

空力騒音の音源は車体まわりの非定常な空気の流れであるため、これを流体解析により精度良く予測することが求められる。時速100km程度で高速走行する車の表面にはミリオーダーの小さな渦が無数に存在する。通常、自動車メーカ等では数千万グリッドから数億グリッド程度の計算格子を用いた流体解析が実行されており、この規模の計算では上記のような小さな渦の効果を車体全体にわたって全て取り込むことは困難である。一方、現在のスーパーコンピュータ京を用いれば最大数百億グリッドの計算格子での計算が実行できる。図表3に車両表面近傍の微細渦構造の可視化結果を示す。この計算では50億グリッド(この分野では世界最大規模)の計算格子を使用しており、この計算ではミリオーダーの小さい渦の挙動まで計算に取り込むに成功している。微細な渦の動きを捉えることができるということは、速い(高周波の)流体加振を精度良く計算できることを意味している。図表4(a)にサイドウインドにおける圧力の変動パワースペクトル(各周波数における圧力変動の分布)の風洞試験との比較を示す。図表4(a)の予測結果のうち、赤色で示すデータは比較的小規模の計算であり高周波側で計測結果との不一致が確認できるが、青色で示すデータでは試験結果とほぼ一致することが確認されている。このような流体加振の高精度予測は大規模な計算を実行して初めて実現できるものであり、まさにスパコンの性能向上によりもたらされた成果である。

車室内の騒音を予測するためには、流体解析で予測した車体表面の流体加振データを用いて、車体ボディの振動および車室内の音響場を計算する必要がある。この振動・音響の計算に関してもコンピュータの性能向上が重要な役割を担っている。振動・音響の計算に関しては従来では、統計的エネルギー解析手法(StatisticalEnergy Analysis Method、SEA法)が適用されてきた。SEA法は解析対象をパーツに分割し、パーツごとに入力パワー、散逸パワー、伝達パワーの平衡を仮定することにより振動・音響の計算を行う。本手法は計算コストが低いこともあり、車室内騒音の予測ツールとして有効であるが、解析対象を比較的大きなパーツに分割するため、車体表面の流体加振がどのように車室内に伝播するかを詳細に調べるには限界がある。本解析事例では、車体ボディの振動および車室内の音場を直接的に計算する振動・音響連成解析を実施した。上記の計算手法で予測した車室内騒音は風洞試験により計測データと数dBの誤差で一致することを確認している(図表5)。

図表1 国内のエネルギー消費量および実質GDPの推移
図表1
(資料)http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2013html/2-1-1.htmlより引用


図表2 スーパーコンピュータトップ500ランキングの推移
図表2
(資料)http://www.top500.org/より引用


図表3 車体表面近傍の微細渦構造の可視化結果
図表3

図表4 サイドミラーにおける圧力変動スペクトルの比較
図表4


図表5 車室内騒音の比較(SAE Technical Paper 2016-01-1617, 2016)
図表5

  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
  • レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
ページの先頭へ