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フィナンシャルエンジニアリングレポートVol.25

SABRモデルに関する近年の話題(1/2)

2017年3月
みずほ情報総研 金融技術開発部 谷 栄佑

1. はじめに

金利デリバティブの分野において、市場で観測されるスマイル構造を捉えるモデルとしてSABRモデルが利用される。Hagan et al.[6]はSABRモデルに対する特異摂動法を用いてインプライド・ボラティリティの準解析表現を導出し、従前Dupire[5]のローカル・ボラティリティモデルを用いて対処されてきたスマイル構造に対する新たなスキームを提唱した。[6]におけるSABR モデルはインプライド・ボラティリティの解析式を得るという点でBlack公式と親和性が高くスワップションの評価にも有用であり、特殊なケースを除けばマーケットでクオートされているインプライド・ボラティリティに良くフィットすることが知られている。

一方で、このモデルが金融機関で広く利用されていると同時にその問題点も認識されている。特に低金利水準において原資産価格の確率密度関数が負となる領域が存在すること、及びそれが残存期間の長いオプションで顕著に発生することが知られている。この意味においてHagan 近似[6]を用いたSABR モデルには裁定機会が存在し、昨今の低金利環境では重大な欠点足りえる。加えて近年ではマイナス金利の建値が発生しておりSABRモデルはこのような金利水準を許容しない。そのためSABRモデルの欠点を克服するような拡張モデルが各所で発表されており著名な研究としては表1のようなものがある。

表1: 拡張SABR モデルに関する著名な研究
表1

特にFree-Boundary SABRモデルを提唱したAntonov et al.は金融実務に関する業界誌Riskの読者が選定するQuant of the Yearを2016年に受賞している。またZABRモデルについてもAndreasen & Hugeが2012年に同賞を受賞した際の主結果[1]を用いて計算を行っていることからSABRモデルに関する関心の高さが伺える。そこで本稿では本邦市場での金利環境を鑑み近年のSABRモデルに関する研究を再現し整理する。

2. SABRモデルの無裁定化

Hagan近似は短満期の商品に対して正当化される近似であるため長満期の商品に対する求値では誤った解を返すことがあり、これはHaganらの後の研究[7]でも指摘されている。具体的に同一のパラメータセットを用いて計算した残存期間1年と10年のインプライド密度をプロットすれば図1のようになる。

図1
図1: 残存期間1年と10年でのSABRモデル・インプライド密度

残存期間が1年の場合には密度関数が正値をとっているが10年の場合には低ストライクの領域で負となる箇所が存在していることが伺える。このような領域では裁定トレードが可能な取引の組み合わせが存在しており、実際にバタフライ戦略をとることでプラスのペイオフが得られることからbutterfly-arbitrageという名で知られている。マイナス金利が建値される以前はこの裁定機会の存在がとりわけ問題視されていた。尤もATMから大幅に外れた行使水準では相当程度のオファービッドコストが要求されるか、低流動性の観点から取引が成立しないといった問題もあるため理論的に裁定取引が可能であっても実際に約定できるかどうかは別問題である。

この問題に対していくつかの研究ではマイナスの確率が生起しないような改良がなされており、図2では表1で挙げた研究における確率密度関数を図示している。この図で定義域において負値を許容するモデルについてはマイナスの行使価格に対応する領域まで描画している。これを見ると短満期においてはいずれの分布も裁定領域は存在しておらず、shifted SABRモデルとArbitrage-Free shifted SABRモデルがそれぞれ同程度の確率密度を有している。その他のモデルについても概ねオリジナルのSABRモデルと分布の概形が一致している。長満期においても多くのモデルで裁定機会は存在していないが、各々のモデルで対応方法が異なるため分布の概形は様々である。まずNo-Arbitrage SABRモデルについては原資産金利が0近傍となる領域について吸収壁を導入し負の確率生起を回避している。そのため、低ストライクの水準において分布が大きく跳ね返る形状となっている。ZABRモデルやArbitrage-Free SABRモデル、Arbitrage-Free shifted SABRモデルについてはPDEを解く際にマイナスの確率が発生しないような境界値を設定して数値計算を行っている。そのため出来上がりの分布形状は非常に滑らかで特異な形状は見当たらない。Free-Boundary SABRモデルに関しては原資産価格に絶対値をつけた算式を用いていることから、原点においてスパイクを持つ分布となっている。Free-Boundary SABRモデルでのスパイク形状についてはパラメータを変更した際の形状も検証したが概ね残存期間が長いほど、またATMでの金利水準が0に近いほど顕著に観測できるようである。

図2
図2: 各種モデルの確率密度関数3

3. マイナス金利への対応

近年では欧州や本邦市場を中心にマイナス金利を建値することが珍しくないマーケット環境となっているためマイナス金利でも計算可能なモデルへの転換が求められている。最も単純なモデル改良は従来のSABRモデルをシフトさせて、これまで0フロアだった金利の定義域を更に深い領域まで拡張させたshifted SABRモデルである。ただしこのモデルはSABRモデルを単にシフトさせているだけなので長満期において裁定機会が生じるという問題点は解消されていない。このことは初期フォワード金利を負値としシフト値を2%として計算した図3でも観測できる。対してArbitrage-Free shifted SABRモデルはSABRモデルを無裁定化したArbitrage-Free SABRモデルをシフトさせたものなのでシフト後の2%境界近辺においても特異な領域は存在していない。ただし、これらのモデルの定義域はシフト値より小さくならないため、今後さらなる金利低下曲面を迎えた際にはシフト値をより深い値に変更するなどの対応を余儀なくされる。2%というシフト値は現在の金利水準から見るとモデルの定義域境界まで十分に遠いので計算不能という問題は生じにくいが依然としてシフト幅の選択には恣意性が存在する。これに対してFree-Boundary SABRモデルは全区間を定義域としているのでどのような金利曲面にも対応できる。この意味においてFree-Boundary SABRモデルは金利低下曲面に対して頑健なモデルと言えるだろう。ただし、依然として特異なスパイク形状は存在しており市場での金利水準が0近傍で停留するような環境の場合、流動性の高いATM近辺でのボラティリティの滑らかさが幾分か損なわれる懸念がある。このような0近傍でのボラティリティ挙動については後述の数値実験で具体例を示すこととする。

図3
図3: マイナス金利に対応した拡張モデルの確率密度関数(シフト値は2%)

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