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技術動向レポート
アイディアの産婆さん

わが国企業における生物規範工学に関する調査・研究・考察(1/3)

サイエンスソリューション部 コンサルタント 瀧見 知久

近年、突出した生物機能を製品開発のヒントにする「生物規範工学」がイノベーション産出法の一つとして注目されている。さらにその手法の企業活動への活用が重要視されてきており、企業に対する有効な活用支援が産業競争力強化のために役立つと思われる。こうしたことをふまえ、以下では企業活動に適合した生物規範工学の活用を支援する方法の検討のため、調査・研究を実施し、可能性のある対策について考察を行った。

はじめに

(1)生物規範工学とは?

現存する生物は地球上に誕生してからの38億年間、厳しい生存競争を生き抜いてきた。そしてその過程で各々の環境において最も適した機能を獲得してきた。よってある特定の機能に着目した場合、生物機能は非常に優れた性能を示す場合が多い。それら優れた機能を取り入れて工業製品の機能向上に役立てようとする動きが近年活発化しており、生物規範工学と呼ばれている。電子顕微鏡やマイクロCTスキャンなど生物機能解明技術の著しい進歩によりこれまで知られていなかった生物機能が次々と解明されてきたことで、その動きは近年加速されている(図表1)。

図表1 工業製品のスケールで分類したバイオミメティクスの発展の歴史
図表1

生物規範工学が工業製品に機能向上をもたらした顕著な事例としてモルフォ蝶の発色原理を応用した構造発色材料の開発が挙げられる。モルフォ蝶は南米に生息する非常に綺麗な琥珀色の翅を持つことが知られている大型蝶であり、「生きた宝石」とまで言われている(図表2)。工学応用において着目すべき点はその発色のメカニズムである。その色は色素を全く用いずに、太陽光の干渉だけで発色する「構造色」である(図表3)。モルフォ蝶の表面構造およびその発色原理は電子顕微鏡によりはじめて解明されたものである。色素を用いずに発色する製品が誕生すると、色褪せない、環境負荷が低い、省エネ性能が高いなどのメリットがあると考えられる。そのため、複数の日本企業で構造色に関連した工業製品の開発が進展し注目されている(3)

生物規範工学は材料分野において特に盛んであるが、当分野以外においても自動運転技術やインダストリー4.0等様々な分野で有効性があると着目されているる(4)。例えば、自動運転車においては、魚群の動きを参考にして障害物にぶつからないための仕組みを構築している事例があるる(4)。また、将来製造業のシステム自体を変えうるインダストリー4.0においては、「複数のロボットが自律的にコミュニケーション・協力関係を構築して共同作業するシステム」が重要となる。そこでそのような生産システムの構築のためにアリなど共同作業する昆虫のシステムを模倣し、ロボットの共同作業に取り入れる開発がドイツ企業において進められている(4)(5)

図表2 モルフォ蝶の琥珀色の翅
図表2

図表3 モルフォ蝶の翅の表面と構造発色原理の模式図
図表3

(2)生物規範工学の活用推進の動き

このようにイノベーションを生み出す考え方として生物規範工学が様々な成果を出してきている。今後わが国の産業競争力を強化するためにはその普及活動が重要と思われる。インダストリー4.0を国策として推進しているドイツ(5)では、生物規範工学の有用性は早くから着目されており、2001年には規範工学の推進団体であるBIOKON(6)が立ち上がり普及活動・国際標準化活動において他国に先行している。日本においてもその普及活動が開始されており、2012年に科学研究費新学術領域研究「生物多様性を規範とする革新的材料技術」(7)が採択され、工学者向けの生物規範工学発想支援システム・生物機能情報データベースの整備が進められている(8)。また、2015年にはナノテクノロジービジネス推進協議会(NBCI)テクノロジー委員会にバイオミメティクス分科会(9)が発足し、バイオミメティクスに関心の高い企業が参加している。

生物規範工学のわが国企業における本格的な活用推進はまだこれからという状況であり、仕組みも出来上がったばかりである。枠組みの構築以上に活用推進の上で重要かつ熟考を要することは、ユーザビリティの高い支援手法を追求することである。特に製品開発者の目的に対し生物規範工学が効率的で強力な手段となるような、開発現場の状況に適合した活用支援方法の検討が重要である。そこでその検討の一助として、本レポートでは、わが国における生物規範工学の企業活用に対し重要となる要素の調査研究を実施し、活用推進における課題を整理し有効な対策を模索する。

本レポートの構成は次の通りである。次章において生物規範工学の企業活用に対し重要となる要素の調査研究に関してレポートする。それをもとに2章において生物規範工学活用推進に向けた有効策について模索・検討する。

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