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社会動向レポート

世界の先進事例から考える、日本におけるカーボンプライシングのあり方(1/4)

環境エネルギー第1部 地球環境チーム
コンサルタント 内藤 彩  チーフコンサルタント 元木 悠子

「パリ協定」の実現に必要な抜本的な排出削減を進めるための施策として、「カーボンプライシング」が注目を集めている。本レポートでは、「カーボンプライシング」とは何かについて整理するとともに、世界の先進事例を紹介し、日本における「カーボンプライシング」のあり方について、考察を行いたい。

はじめに

2016年11月4日、国連の気候変動枠組条約の全締約国が合意する歴史的な枠組み「パリ協定」が発効した(1)。パリ協定では、産業革命以降の気温上昇を2℃以下に抑える「2℃目標」に加え、今世紀後半に温室効果ガス排出量をゼロにする「脱炭素化」という目標が策定された(2)。これらの目標は、同じく国連の、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」により、気候変動による許容しがたい影響を回避するための水準として、科学的に示された水準に基づいている(3)

今世界は、この目標をいかに達成するかを模索している。IPCCによれば(4)、気温上昇を2℃以内に抑えるシナリオでは、エネルギーシステムの大規模な変化が想定されており、抜本的かつ持続的な排出削減が必要とされている。そして、こうした抜本的な変革をいかにコスト効率的に進めていくかが問われている中で、注目を集めている手法の一つが「カーボンプライシング」である。

国際機関によれば(5)、より安価な費用で排出削減を促すこの施策は、2016年時点で世界の約40カ国および24の地域で導入され、今後もそのカバレッジは拡大していくと予想されている。他方で、日本の状況を見ると、「地球温暖化対策のための税」が導入されているものの、税率は海外諸国と比べて極めて低い水準に留まっている。また、排出量取引制度についても、東京都や埼玉県で導入されているものの、全国レベルの制度は未だ実施されていない。すなわち、日本における取組は端緒についたにすぎず、より「本格的な」カーボンプライシング導入に向けての議論が今まさに始まろうとしているところと言える。

こうした状況を踏まえ、本レポートでは、2014年から3カ年にかけて筆者らが実施してきた、のべ15ヶ国を対象とした現地ヒアリング調査を踏まえ、世界のカーボンプライシングの先進事例を紹介し、今後の日本におけるカーボンプライシングのあり方について考察したい。

1. カーボンプライシングとは

本項では、国際機関や研究機関による報告書等を踏まえ、カーボンプライシングの必要性と代表的な施策及びその特徴について整理する。

(1)カーボンプライシングの必要性

カーボンプライシングとは、CO2の排出に対して価格(「炭素価格」と呼ばれる)を付与することで、化石燃料消費などのCO2を排出する行為を抑制する施策の総称である。様々な排出削減のための施策が存在する中で、なぜカーボンプライシングが必要なのかについて、国際機関等は、図表1のように、価格インセンティブ効果や税収活用等の観点から説明している。

まず、カーボンプライシングには、価格を通じて排出削減主体に削減のインセンティブを与える機能がある。カーボンプライシングが導入されると、CO2排出量1トン当たりに追加的な価格が付与され、それまで自由に排出を行ってきた主体にとって、その活動を続けるためのコストが上昇する(A)(6)。この時、各主体は、CO2排出行為を停止し炭素価格を支払うことを回避するか、あるいは排出を続けて炭素価格を支払うかのどちらかを選択することになる。結果的に、より安く効率的に排出削減が可能なところで削減が進むため、世界全体でみればよりコスト効率的に削減目標を達成できる(B)(7)。仮に排出を続けることを選択した場合でも、技術開発により生産の省エネを進め、排出削減コストを引下げようとするインセンティブが働くため、低炭素技術のイノベーションを誘発する(C)(8)

こうした環境面での効果に加えて、経済活性化や投資の低炭素化といった、経済にとってプラスとなる効果も指摘されている。炭素税の場合は税収が、排出量取引制度の場合は排出枠をオークションによって割り当てることによる売却益が、新たに政府にもたらされ、それらを経済に還流することにより、経済全体の資源配分が効率化され、社会全体の経済的便益が高まる点が指摘されている(D)(9)。加えて、長期の炭素価格が示されることで、企業や投資家に経済的なシグナルを与え、設備投資等の投資判断をより低炭素に導くことが可能となる(E)(10)

図表1 カーボンプライシングの機能
図表1

(2)カーボンプライシング施策の種類と特徴

カーボンプライシングの代表的な施策に、炭素税と排出量取引制度がある(11)。これらはCO2排出量1トン当たりの価格が明確に表示されている仕組みで、「明示的な(Explicit)」カーボンプライシングと呼ばれている。

まず、炭素税は、CO2排出量1トン当たりに対する課税であり、CO2の排出が社会にもたらすコスト等をもとに政府が税率(炭素価格)を設定する。炭素税のメリットとしては、炭素価格が明確に定まる点に加え、エネルギー課税などの既存の税制の枠組みを活用して税を導入することができるため、政策の運用コストが低くなる点などが指摘されている。加えて、税の減免措置を効果的に活用することで、他の気候変動対策とのバッティングを回避できる点も特徴とされている。但し、削減量については、排出主体がどの程度炭素価格によるインセンティブに応じるかに依存するため、不確実性は高くなる(12)

一方の排出量取引制度は、政府が社会全体での排出削減量を設定し、排出主体に対して排出枠の割当を行い、排出枠よりも削減することができた主体と、排出が超過した主体との間で排出枠を取引することが可能な制度である。削減量が予め決まり、各国・地域の削減目標を確実に達成できる点に加え、市場をリンクすることで取引主体を増やし、経済効率を高められるというメリットがある。但し、排出枠市場の需給バランスにより炭素価格が決まるため価格は固定されない点や、固定価格買取制度(FIT)などの再エネ促進策と併用する場合に、FITによる再エネの普及が排出枠価格低迷の一因となるなど、制度間のバッティングが生じる点が課題とされている。

なお、炭素税や排出量取引制度などの明示的なカーボンプライシングのほかに、ガソリン消費量1リットル当たりや石炭消費量1トン当たりに課税されるエネルギー課税、あるいは省エネ証書取引やFIT等の再エネ促進策など、CO2排出量1トン当たりの価格が明らかでない施策がある(「暗示的な(Implicit)」カーボンプライシングと呼ばれる)(5)。これらは、明示的なカーボンプライシングを導入することが難しい場合の選択肢として提示されているが、コスト効率性の観点からは明示的なカーボンプライシングに勝るものではなく、あくまでも明示的なカーボンプライシング施策を補完するものと位置付けられている(8)

以降では、明示的なカーボンプライシングである炭素税と排出量取引制度に焦点を当て、一部のエネルギー課税についても補完的に対象としつつ、世界におけるカーボンプライシングの状況について具体的に見ていきたい。

2. カーボンプライシングをめぐる世界の先進事例

世界では現在、様々なカーボンプライシング施策が導入されている。北米のように炭素税や排出量取引制度を単独で導入するケースや、北欧諸国など双方のすみ分けが図られているケース、さらに、エネルギー課税などその他のカーボンプライシング施策を組合せて実施するケースなどである。本項では、各国・地域が構築したカーボンプライシングの先進事例を紹介する。

(1)炭素税・排出量取引制度の単独での導入

[1] カナダ(炭素税または排出量取引制度)

カナダ連邦政府は、2016年10月、2018年までに全ての州・準州で炭素税あるいは排出量取引制度を導入することを定めた「Pan-Canadian pricing for carbon pollution」を発表した(13)。炭素税を導入する場合、2018年の税率は少なくとも10CAD/tCO2(約900円)とし、そこから年率10CADずつ引き上げ、2022年には50CAD/tCO2(約4,500円)とすることを求めている。また、排出量取引制度を導入する場合でも、この税率から想定される水準以上の排出枠総量が設定されることとなっている。カナダでは既に、ブリティッシュ・コロンビア州で炭素税が、ケベック州で排出量取引制度が導入されているが、炭素税あるいは排出量取引制度どちらの制度を導入するかは、各州・準州に委ねられている。

加えて、炭素税の税収や排出量取引制度のオークション収入の活用方法は、各州・準州の裁量とされ、各々の財政需要に応じて支出できる仕組みとなっている。

[2] ブリティッシュ・コロンビア州(炭素税)

カナダのブリティッシュ・コロンビア州(BC州)は2008年に炭素税を導入した。導入当初の税率は10CAD/tCO2(約900円)であったが、その後5年間で年率5CAD/tCO2ずつ引き上げ、2012年以降の税率は30CAD/tCO2(約2,700円)となっている。

BC州の場合、導入時に2012年までの税率引上げを表明し、産業界に対して長期の価格シグナルを提示した点に特徴がある。加えて、日本を含む多くの国では、炭素税を上流(燃料の採掘や輸入段階)で課税しているのに対し、BC州では下流で課税している点が特徴的である。カナダでは、州・準州政府が直接税のみの権限を有していることや、輸入・採掘段階で域外に拠点を置く事業者には課税できないなど、法的制約を考慮し下流課税が選択されている(14)。その上で、最下流の消費者ではなく対象者数が限られる卸売業者に課税を行い、徴税コストを最小化する工夫がなされている(15)

さらに、BC州では、導入当初から3年先までの炭素税収を予め推計し、税収相当を他税(法人税・所得税)の引下げに活用した。図表2に示すように、2008年の向こう3年間の炭素税収の推計によれば、税収は全て法人税と所得税の減税に活用され、完全な税収中立となっていることが分かる。結果として、炭素税導入後の一人当たりCO2排出量とエネルギー消費量は大きく減少し、この間のGDPも他州と同程度の成長を実現し、経済成長とCO2削減の両立(デカップリング)に成功している(16)

図表2 ブリティッシュ・コロンビア州における炭素税収の使途
図表2

[3] 米国北東部州RGGI(排出量取引制度)

米国の北東部州(現在の参加州:コネチカット、デラウエア、メイン、メリーランド、マサチューセッツ、ニューハンプシャー、ニューヨーク、バーモント、ロードアイランド)(17)は、2005年に地域GHGイニシアチブ(RGGI)を設立し(18)、電力部門を対象とした排出量取引制度を2009年に開始した。RGGI排出量取引制度では、発電部門における2020年までの排出枠総量がすでに決定されており、2005年比で50%の削減水準となっている(19)

RGGIでは、2012年に実施されたプログラムレビューにおいて、初期の排出枠総量(キャップ)が過大であったことや、対象事業所のCO2排出量の削減が予想以上に進んだことなどによる排出枠の過剰供給の指摘を受け、2014年にキャップの大幅な引下げを決定した。今後2020年にかけて年率2.5%のペースでキャップの着実な引下げを行う予定であり、現在の排出枠価格(3.6USD/tCO2(約400円))(20)は上昇していくと予想される(21)

排出枠の約95%はオークションによって割当てられており、オークション収入の活用方法は各州の裁量とされている。主に、省エネや再エネ等の環境目的に活用されているが、一部の州では、各州の財政需要に応じ活用されている(22)

その結果、RGGI域内の発電部門の排出量は、2012年時点で2005年(上述の削減目標の基準年)と比較して40%以上の排出削減を達成すると同時に、GDPは8%増加しており、環境と経済のデカップリングに成功している(19)

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