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社会動向レポート

“遺伝子組換え農作物”を通して考える「科学と社会」(1/3)

環境エネルギー第1部 コンサルタント 木村 元

「遺伝子組換え農作物のリスク」をテーマに、社会における科学技術のあり方について考える。専門家と一般市民との見解の相違を超えて、ベネフィットとリスクとのトレードオフを克服した上で、豊かで安全・安心な社会を実現するために、“民主的”なリスク評価・管理が期待される。

はじめに

『GMO』というタイトルの小説がある(服部真澄,2003)(1)。GMOとはGenetically Modified Organism(遺伝子組換え生物)の略語である。小説『GMO』では、科学ジャーナリストである主人公の視点から、架空の農業ビジネス企業ジェネアグリによって開発された遺伝子組換え生物をめぐり、「食の安全」、「生物多様性への影響」、「有機農業や伝統農業への影響」、「搾取の構造」、「国家間の紛争」など、遺伝子組換え技術にまつわる様々な現実問題が描かれる。

このように小説の主題となることからも分かるように、遺伝子組換え技術は、科学と社会との関係性を象徴するテーマの1つである。私たちの日常生活において、「科学と社会との繋がり」がボンヤリと意識されるのは、先端技術を用いた新製品、大規模な災害の発生、メディアを通した科学者の発言などを通した場面であると思われる。一方、日常生活で意識されることは少ないが、後述するように(2)、科学と社会との諸関係が、具体性をもった切実なかたちで顕在化するのが、科学技術に関する“リスク評価”そして“リスク管理”の場面である。

例えば、小説『GMO』において言及された先述の論点は、「健康リスク」、「生物多様性リスク」、「社会・経済リスク」などと言い換えることができる。リスクと言うと、どうしても「危険」や「損害」といった否定的なイメージばかりが想起されるが、一方で「リスクをとる」という言葉があるように、そこには必ず、ベネフィットとなる要素も随伴している。つまり、本来的に、ある科学技術がもたらすベネフィットとリスクとを天秤にかけ、社会にとって最適な意思決定をするための舞台が「リスク評価・管理」であり、当然、そこには多様な利害関係や価値観が絡むため、人々にとって極めて切実なプロセスであると筆者は考えている。

本稿では、「遺伝子組換え農作物のリスク」をテーマに、社会における科学技術のあり方、具体的には、その1つの側面としての、科学技術に関するリスク評価・管理のあり方について考える(図表1)。第1章では、遺伝子組換え農作物のリスクに関して、「専門家」による最新の見解を紹介するとともに、「一般市民」による見解との相違について概説する。第2章では、社会心理学や社会(科)学の知見を活用して、このような専門家と一般市民との見解の相違の要因を分析する。第3章では、科学技術のベネフィットとリスクとの切実なトレードオフの構図について述べた上で、第2章で得たヒントを基に、今後のリスク評価・管理のあり方について考える。最後に、遺伝子組換え農作物の最大の生産国である米国での、遺伝子組換え食品の表示義務化に向けた最近の動きも踏まえ、今後の見通しについて述べる。

図表1 本稿で考える、科学と社会の接点としての「リスク評価・管理」
図表1

1. 専門家と一般市民

私たちは、カップラーメンやスナック菓子、第3のビールなどに含まれている遺伝子組換え食品を、そうとは知らずに口にしていることも多く、遺伝子組換え農作物にまつわるリスクと無縁ではない。本章では、まず、2016年5月に発行された米国科学アカデミー(3)の報告書を基に、遺伝子組換え農作物のリスクに関する、専門家による最新の見解を紹介する。続いて、米国のシンクタンクであるピュー研究所による意識調査の結果を基に、遺伝子組換え農作物のリスクに関する、専門家(4)と一般市民(5)との見解の相違について述べる。

(1)米国科学アカデミーの見解

1990年代に米国で遺伝子組換え農作物の商業栽培が開始されて以来、遺伝子組換え農作物による健康や環境などへの影響が懸念されてきた。米国科学アカデミーによる報告書『遺伝子組換え農作物~経験と展望~(2016)(6)』(以後、米国科学アカデミー報告書と略す)は、多様な分野にまたがる20名の専門家が、これまでに蓄積された約1,000文献を体系的にレビューした上で、遺伝子組換え農作物のリスクを総合的に判断したものである。

この『米国科学アカデミー報告書』における主な結論は、「遺伝子組換え農作物が健康や環境に与える影響を示すエビデンスはこれまでに得られていない」、言い換えると「従来の育種による品種改良と明確に区別できるものではない」というものであった(図表2(7))。

このような結論は、遺伝子組換え農作物についての“安全宣言”とも受けとれる。ただし、これまでに得られている知見は、既に商業的に導入されている“第1世代”と呼ばれる遺伝子組換え農作物(8)、すなわち、「除草剤耐性」もしくは「害虫耐性」いずれかの形質を遺伝子組換え技術で賦与された農作物に限定されており、しかも、3種類の農作物(大豆、綿、トウモロコシ)に関するデータにほぼ限られることに注意が必要である。加えて、『米国科学アカデミー報告書』には、「遺伝子組換え食品であっても、非遺伝子組換え食品であっても、また、どれだけ安全性に注意を払っていても、あらゆる食品は潜在的にリスクを有する」という文言も付されている。

図表2 遺伝子組換え農作物のリスクについての『米国科学アカデミー報告書』の結論
図表2

(2)一般市民の見解

米国科学アカデミーが専門家としてのコンセンサスを社会に向けて発信する一方、一般市民は、遺伝子組換え農作物のリスクをどのように受けとめているのだろうか。

米国のシンクタンクであるピュー研究所が2015年1月に報告した、専門家(9)と一般市民(10)の両者を対象とした意識調査(11)によると、「遺伝子組換え食品が安全である」と回答した専門家は「88%」にのぼり、先述の『米国科学アカデミー報告書』の結論とも符合する結果であった。その一方、同じく「安全である」と回答した一般市民は僅か「37%」であり、両者のあいだには「51%」もの相違があることが判明した(図表3の[1])。

このような専門家と一般市民との見解の相違は、どのような理由によるものだろうか。同研究所が、上記の結果を踏まえて2016年12月に報告した、一般市民(12)のみを対象とした意識調査(13)(以後、これら2つの報告をまとめて、米国ピュー研究所報告書と略す)によると、「専門家のあいだで、遺伝子組換え食品の安全性についてのコンセンサスが形成されている(ほぼ全ての専門家が安全と見ている)」と認識する一般市民はごく僅か(14%)であった(図表3の[2](14))。加えて、「専門家が、遺伝子組換え食品の健康リスクを十分によく解明できている」と認識する一般市民も、ほんの「19%」に限られた(図表3の[3](14))。

このことから、一般市民は、遺伝子組換え農作物のリスクを無視できないものとして捉えており、また、専門知識が不足する部分があるとしても、専門家が発信する情報を鵜呑みにせず、少なからず“懐疑的”な見方をする場合があることが示唆される。実際、『米国ピュー研究所報告書』では、「専門家による産業界への配慮や、専門家自身のキャリアに対する志向性が、遺伝子組換え食品に関する研究に影響を与える」と多数の一般市民が考えていることが報告されている。

このように、専門家への“信頼性”が、専門家と一般市民との見解の相違の理由を明らかにするための1つのキーワードであると考えられる。第2章では、このような見解の相違の要因について分析する。

図表3 遺伝子組換え農作物のリスクをめぐる一般市民の見解
図表3

2. 一般市民にとっての科学技術

第1章で述べた、専門家と一般市民との見解の相違は、その理由がいかなるものであれ、社会における、リスク評価・管理のあり方、ひいては科学技術のあり方における課題を示唆していると考えられる。そこで、今後のリスク評価・管理のあり方について考える糸口を見出すため、本章では、社会心理学における「リスク認知」に関する知見を用いて、見解の相違の要因について分析する。続いて、社会(科)学で用いられる「フレーミング(認識枠組み)(15)」の観点からも、専門家と一般市民との違いについて考察する。

(1)リスク認知の構造

科学的な知見を基に専門家が判断する、いわば「客観的リスク(16)」と、一般市民がイメージする「主観的リスク」とが一致しないことがある。このような個々人の主観的なリスクイメージ、あるいは、イメージが形成されるプロセスは「リスク認知(risk perception)」と呼ばれる。

Slovicの研究(1987)(17)により、リスク認知は、「未知性(18)」と「恐ろしさ」の2つの因子により規定されることが明らかにされている。

つまり、知らない、あるいは、解明されていない、不確実さの大きいリスクであるほど(「未知性」因子)、また、恐ろしく感じられるリスクであるほど(「恐ろしさ」因子)、“大きなリスク”として認知される傾向がある。この2つのうち「恐ろしさ」因子を構成する(サブ)因子として、「制御可能性(自発性)(19)」「破滅性(20)」「公平性(21)」などが代表的であり、これらに「信頼性」を加えた5つの因子が、リスク認知に影響を与える因子として紹介されることが多い(22,23)(図表4)。

この「リスク認知」を切り口として、先述の『米国ピュー研究所報告書』における、専門家と一般市民との見解の相違の要因について分析する。まず、第1章で紹介した、『米国ピュー研究所報告書』による意識調査の結果より、「信頼性」因子が少なからず一般市民のリスク認知に影響し、見解の相違をもたらしている構図が示唆される。また、同報告書では、「科学的知識を有するほど、遺伝子組換え食品について理解を示す傾向」が報告されているが、このことから、「未知性」因子がリスク認知に影響している可能性が読み取れる(24)。加えて、重要なことに、同報告書では、「遺伝子組換え食品に懸念をもつ一般市民ほど、政策的な意思決定への参加を望む傾向」が報告されているが、このことを、「制御可能性(自発性)」因子のリスク認知への影響と受けとることもできる(25)。このように、これら3つの因子の他にも、リスクが顕在化した際の被害規模の大きさを意味する「破滅性(20)」因子や、リスクとベネフィットの分配に関する「公平性(21)」といった因子も、少なからず一般市民のリスク認知に影響したために、「(いわば)客観的なリスク」よりも“大きなリスク”として認知された、という1つの説明が可能であるように思われる。

ところで、これら「リスク認知に影響を与える因子(図表4)」は、一般に、科学的な知見を基に専門家が判断する「(いわば)客観的なリスク」を解釈する際の“認知バイアス”として紹介されることが多いが、これは必ずしも「非合理的な判断」を意味しないことに注意が必要である。というのは、「信頼性」「制御可能性(自発性)」「公平性」などの因子には、少なからず“社会的な価値判断”も含まれているためである(26)

このように、『米国ピュー研究所報告書』における専門家と一般市民との見解の相違の1つの原因として、「認知バイアス」の影響が考えられるが、これを専門家の側から、一方的に、誤った(非合理的な)判断として捉えるのは適切ではなく、むしろ、「(いわば)客観的なリスク」の方に、遺伝子組換え技術にまつわる「社会的な価値判断」を十分に反映できていない面があることを認める必要があると思われる(27)。すなわち、専門家と一般市民との見解の相違の要因として、単に専門知識が不足する場合があることだけではなく、一般市民による「社会的な価値判断」の表明という要素があると捉えるのが適切と考えられる。

図表4 リスク認知に影響を与える因子
図表4

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