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社会動向レポート

人口変動が入院医療需要に与える影響(1/4)

社会政策コンサルティング部 研究主幹 仁科 幸一

都道府県地域医療構想によって、2025年の病床機能別必要病床数が示され、将来の地域医療体制像を検討する場が二次医療圏単位で設置されている。今後はこれらの取り組みを軸に地域ごとに病床再編が進められていく。極めて画期的な取り組みであるが、医療施設の建てかえのような大規模投資に際しては、20~30年スパンの需要動向が重要な経営判断要素となる。

そこで本稿では、2025年以降の入院医療需要の推計を行った。その結果、都道府県単位でみる限り、人口減少によって入院医療需要が急激に減少することはなく、一部の都県では病床不足が懸念されるほど需要が増嵩する懸念があることが示唆された。しかし、地域医療体制が進んでいる中、このような動向を以て模様眺めを決め込むことは得策ではない。各医療施設にあっては、自院が地域で担うべき機能を明らかにし、それに向けた準備を着々と進める必要がある。

1.医療政策の課題としての人口変動

長年にわたる出生率低迷の帰結として、わが国の総人口は2011年から減少局面に転じ(1)、2050年代には1億人を割り込むことが予測されている。団塊の世代に次ぐボリュームゾーンである団塊ジュニア世代(2)の晩婚・非婚化による出生率低下に歯止めがかからなかったことから、人口減少は今後も進むものとみられる。近年、人口減少による離島・中山間地域集落の消滅、国内市場の縮小と労働力不足による産業の危機といったわが国の経済社会に与える負の影響が指摘されている。

人口変動は、医療政策に2つの課題をもたらす。第1は、医療保障も含めた社会保障財源確保への対応である。社会保障支出の太宗を占める年金保険と健康保険は世代間の所得再分配機能をもつため、負担者たる現役世代と受益者たる高齢世代のバランスの変化は社会保障財政に大きな影響を与える。

第2は、人口変動に伴う医療サービス需要の変化への対応である。一般に高齢者は受療率が高く、人口の高齢化は医療サービス需要の押し上げ要因となる。一方、人口減少は医療サービス需要の押し下げ要因になる。この2つの要因のせめぎ合いの結果、医療サービス需要量が変化することになるが、その規模が大きい場合は、これにどのように対応するかが政策上の課題となる。

加えて、患者の高齢化は、診療のあり方に質的変化をもたらすことは見逃せない。高齢者、特に75歳以上の後期高齢者は、若年世代と比較して侵襲性(3)の高い治療を適用しにくく、複数の疾病に罹患しているために治療が難しい場合が多く、回復のテンポが遅いといった傾向がある。こうした特性をもつ患者の増加にいかに対応していくかも医療政策の課題である。

これらは、医療サービスの提供にあたる医療施設経営者にとっての課題でもある。特に、主たる入院医療サービスの担い手である病院(4)経営者にとって、病院施設への投資や人材確保といった重要な経営判断において、地域の入院医療需要の動向は重要な意味を持つことはいうまでもない。

本稿では、医療サービスの量的課題と質的課題を、病院経営上ウエイトが大きい入院医療サービスに注目して考察する。

2.医療行政の展開過程

(1)老人医療無料化の蹉跌

現在、医療政策が直面している課題を理解するために、時計をおよそ半世紀戻すことをおゆるしいただきたい。

1960年代、わが国は年率10%超という類例のない高度経済成長をとげた。その一方で、急速な経済成長は、過疎・過密、消費者物価の高騰、公害問題などさまざまな社会的歪みを招来した。こうした社会情勢を背景に、1967年に東京都、1971年に大阪府で、いわゆる「革新知事(5)」が誕生した。東京都は、順調な経済成長を背景にした豊富な税財源を原資に、様々な分野で都独自の施策を打ち出した。その一つが、1969年の「老人医療無料化」である。これを嚆矢として他の道府県もこれに追随し、1972年には2県を除いて全国で老人医療費が無料化されるに至った。これに押されるように、国は1973年に老人医療費無料化をスタートさせた。

その結果、入院、外来のいずれも高齢者の受療者が急増し、1973年度に4,289億円だった老人医療費は、1年後には前年度比55%の増加。その後も老人医療費は増加し続け、10年後の1983年度には3.3兆円(1973年度の7.7倍)に達した。

この過程で特に注目すべきが、社会的入院の増加である。本来、入院医療は常時の医学的管理下での治療を要する患者を対象にすべきものであるが、社会的入院とは、患者の社会的事情で入院が継続されるというものである。この要因として、高齢者福祉施設の不足、地域産業の衰退(6)などがあげられる。入院医療の完全無料化によって、こうした事情を抱えた患者が一気に病院に流れ込んだ。

1971年のドルショック(7)は輸出産業に打撃を加え、さらに1973年には第1次石油危機(8)に見舞われ、円安と資源安に支えられたわが国の高度経済成長は終焉を迎えた。不況とインフレーションの同時進行という事態の下、国も地方も税収が落ち込み、1975年に戦後2度目の赤字国債の発行を余儀なくされた。

(2)老人医療費有料化と医療計画制度の導入

厳しい財政状況下で医療費の抑制は焦眉の政策課題であったが、与野党伯仲の政治情勢下で、抜本改革が困難な状況が続いた。1980年の総選挙で与党が安定多数を確保したことを背景に、1982年に老人保健法が成立。翌年から老人医療の定額負担が導入されたことで、医療需要適正化策がとられ始めた。その後の数度にわたる制度改正を経て、現在の後期高齢者医療制度では、定率負担制(9)がとられている。

あわせて、国は医療供給体制の見直しに着手する。1973年の老人医療費無料化以降、病床数が急増した一方、医療施設の地域的偏在が依然として社会問題となっていた。こうした状況をふまえ、医療法の改正で1985年から導入されたのが、都道府県医療計画制度である。

都道府県医療計画とは、適切な地域医療体制の構築を目的として、[1] 都道府県が県内に二次医療圏(10)を設定し、[2]二次医療圏ごとに必要とされる一般病床(11)数を設定し、[3]病床不足地域にあっては増床促進策をとる一方、病床過剰地域にあっては増床を制限することができるというものである。自由開業制(12)を原則としていたわが国で、民間医療施設の開業や増床に一定の制約を課したという画期的な制度改正であった。この結果、制度スタート直前に「かけ込み増床」がみられたものの、以降は病床の増加は抑制されている。しかし、一般病床の守備範囲が広いため、病床の機能の最適化を図るという点では、十分とはいえなかった。

その後、一般病床と療養病床が区分されるなどの制度改正が行われた。特に注目すべきは、2007年に施行された改正医療法で、都道府県医療計画にがん、脳卒中、急性心筋梗塞等の主要疾患の医療連携体制の記載が義務づけられたことである。これまで機能分担が判然としていなかった一般病床の機能分化と連携が医療計画の俎上に上げられたことの意義は大きい。

(3)なぜ病床機能の分化が求められるのか

ここで、病床機能の分化と連携を推進すべき背景についてふれておきたい。

医療の技術革新に伴い、高度医療において医師は専門分化(13)しており、チーム医療(14)が求められる中でコメディカルスタッフ(15)も専門分化している。また、診断・治療機器も高額化し、治療薬も多様化している。こうした中で、特定の診療に特化することによる医療スタッフのスキルの向上、高額な診断・治療機器の稼働確保、多様な治療薬を用意することが期待できる。また、回復期機能や慢性期機能にあっては、特に高齢の患者は複数の疾病を抱えている場合が多く、医師には特定の臓器の専門性ではなく、幅の広い疾病に総合的に対応できる専門性が求められる。同様に、看護師やリハビリテーションスタッフにも、患者属性に応じたスキルが求められる。

このようなことから、適切な機能分化により、効果的な治療を効率的に提供することが期待できる。なお、病床機能の分化は、現実的には病棟(16)単位で図られる。したがって、病床規模の大きい病院では、病棟ごとに機能分化を図ることで単独の病院で複数の病床機能を擁する場合もあり、病床規模の小さい病院では病院全体で単独の病床機能を担う場合もある。

病床機能の分化によって、患者の状態像に応じた最適な病床機能に患者が移動することになる。これが切れ目なく円滑に行われなければ、機能分化によって期待される治療効果を得ることができない。病床機能の分化と同時に連携強化が求められる理由はここにある。

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