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技術動向レポート

材料科学とデータ科学の融合:Materials Informatics

材料開発の新潮流(2/2)

サイエンスソリューション部 チーフコンサルタント 加藤 幸一郎

3. 材料データベースの構築状況

MIでは、利用可能なデータをどの様に整備するかが大きな鍵となる。MGIにおいては、カリフォルニア大学バークレー校を中心にMaterials Project(10)が進められており、7万件近い無機材料データ、50万件近いナノ多孔質材料データなどの整備に加え、結晶構造の作成・予測やLiイオン電池材料探索のためのツール郡が公開されている。計算物性データベースについては、デューク大学においてもAflowLib(11)の整備・公開が進められており、175万件近い材料についてのデータ蓄積が報告されている。欧州のNOMADにおいても、NOMAD Repository(12)として材料データの収集を進めており、世界中の研究者がデータ登録可能な仕組みを提供している。Materials ProjectやAflowLibでは、開発グループによって構築された自動計算システムによりデータが日々蓄積されているのに対し、NOMAD Repositoryでは、利用者が多い20種以上の計算プログラムに対するインターフェースを用意し、ユーザーが持つ様々な計算データを集約してデータを蓄積している点に違いがある。2018年1月時点で、NOMAD Repositoryには4億件超のデータが登録され、その中にはMaterialsProjectやAflowLibのデータも含まれており、米国・欧州が連携してデータベース整備を進めている。さらに、これらのデータベースにおいてはDOI(Digital Object Identifier)が付与されており、データ作成者の権利を守りつつ、オープンサイエンス・オープンイノベーションを進める仕組みが作られている。これらのデータベースを用いたMI研究事例の報告は、それぞれの開発グループからだけでなく外部ユーザーからも相次いでなされている。

日本においては、以前から物質・材料研究機構にてNIMS物質・材料データベース(MatNavi)の整備が進められてきており、近年のMIの流れを受けてMI2Iの中で材料データプラットフォームセンターとして更なる進化を遂げようとしている。MatNaviは計算材料物性だけではなく、高分子や金属材料などの様々なデータを揃える世界最大級のデータベースであり、今後の展開にかかる期待は大きい。

4. MI適用事例と普及への課題

ここまでMIに関わる研究開発状況やデータベース構築状況について紹介した。以下では、MIを用いた研究開発事例を紹介する。日本においてMIへの注目を集めるきっかけの1つとして知られるのが、マサチューセッツ工科大学とサムスン電子社によるLiイオン電池の固体電解質材料の発見(13)(14)(15)である。従来の電解質材料(液体やゲル)が持つ問題点(発火性、劣化、エネルギー密度など)を克服すべく、固体電解質材料の開発が精力的に進められているなかで、彼らは実験をすることなく、シミュレーションとデータ科学を用いたMI手法により新材料を発見した。実験によるトライ&エラーを繰り返していた研究者に対し、この研究成果は大きなインパクトを与えた。国内の事例としては、京都大学と株式会社シャープの産学協同研究によるMIを用いた2次電池材料の開発(16)(17)もMIの有用性を示す好事例である。彼らも、シミュレーションとデータ科学を用いたMI手法により、従来の6倍以上の寿命を持つLiイオン電池正極材料を発見した。MI手法による新材料の提案報告は増えつつあったが、実際に材料合成まで行い電池特性を評価した研究は当時まだ少なく、民間企業との共同研究であった点も含め、大きな注目を集めた。電池材料以外では、東京工業大学のグループがMI手法を用いることで希少元素を用いない赤色発光半導体の発見・合成を報告(18)(19)している。彼らは、シミュレーションにより発光に関わる電子物性を高精度に計算しただけでなく構造安定性についても同様に計算することで、583種の既知・未知化合物から赤色に発光するだけでなく安定して存在可能な材料を選択し、実際に合成した上で赤色発光を確認している。発見・合成された材料は、従来の材料開発手法では思いもよらない元素の組み合わせとなっており、先進計算科学に基づくMIで物質探索を大きく加速できることを示した。上記以外にも、機能性分子材料に対する適用事例としては、ハーバード大学とIBM社による有機太陽電池材料探索(20)や、同大学とサムスン電子社によるLED用有機分子デザイン(21)が好事例として挙げられる。

上記の事例は、いずれも電子状態計算や分子動力学法といったシミュレーションとデータ科学手法を組み合わせて成し遂げられたものである。裏を返せば、シミュレーションにより計算可能な物性値により最適化を図りたい特性を特徴づけることができたからこそ、成功した事例であると言える。一方、高分子材料などターゲットとする材料によっては、シミュレーションによって得られる物性値による目的とする特性の特徴づけが困難であることも多いのが実情である。この様な材料系へのMIの適用は今後の課題と考えられ、更なる進展が期待される。

また、実用化という観点では、データの公開可否についても考えなければならないだろう。世界中で進められているデータ整備であるが、共通する点はオープンにできる公開可能なデータの蓄積という点である。しかし、真に民間企業で実用化するためには、民間企業が持つオープンにできないものも含めたデータにMIを適用する必要がある。企業内で作成されたクローズデータに、データベースから抽出された関連オープンデータを加え、企業内でMI手法を扱えるような環境・システムを構築していくことが、今後のMIの発展・MIを用いた材料開発の加速には必要になっていくと考えられる。

5. 結び

MIは2011年以降、急速に発展を続ける材料開発の新しい流れである。今後の発展を期待させる好事例の報告も増えてきている。これまで見てきたとおり、MIの1つの有望な道筋はシミュレーションとデータ科学手法の融合であると筆者は考えている。幸いにも日本では「京」コンピュータを中心としたHPCI(HighPerformance Computing Infrastructure)が整備されており、シミュレーションを行うためのハード面でのサポートは厚い。今後は、ソフト面での強化をより一層進め、シミュレーションとデータ科学手法の融合を加速させることで、材料開発で世界をリードし続けることが可能となるのではないだろうか。

  1. (1)https://www.mgi.gov/
  2. (2)https://NOMAD-coe.eu/
  3. (3)http://nccr-marvel.ch/
  4. (4)http://www.nims.go.jp/MII-I/
  5. (5)http://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100119.html
  6. (6)https://unit.aist.go.jp/cd-fmat/
  7. (7)http://www.jst.go.jp/sip/k03/sm4i/index.html
  8. (8)http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah29-3.html
  9. (9)http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah28-3.html
  10. (10)https://materialsproject.org/
  11. (11)http://www.aflowlib.org/
  12. (12)https://repository.NOMAD-coe.eu/
  13. (13)https://www.nikkei.com/article/DGXLZO88347560R20C15A6TJM000/
  14. (14)Y. Mo, S.-P. Ong and G. Ceder, Chem. Mat., 24(1),pp15-17, (2012)
  15. (15)http://news.mit.edu/2015/solid-state-rechargeable-batteries-safer-longer-lasting-0817
  16. (16)http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/140730_1.html
  17. (17)M. Nishijima, T. Ootani, Y. Kamimura, T. Sueki, S.Esaki, S. Murai, K. Fujita, K. Tanaka, K. Ohira, Y.Koyama and I. Tanaka, Nat. Commun., 5, 5553-1-7 (2014)
  18. (18)http://www.titech.ac.jp/news/2016/035528.html
  19. (19)Y. Hinuma, T. Hatakeyama, Y. Kumagai, L.A. Burton, H. Sato, Y. Muraba, S. Iimura, H.Hiramatsu, I. Tanaka, H. Hosono and F. Oba,Nat. Commun., 7. 11962-1-10 (2016)
  20. (20)J. Hachmann, R. Olivares-Amaya, A. Jinich, A.L. Appleton, M. A. Blood-Forsythe, L. R. Seress,C. Roman-Salgado, K. Trepte, S. Atahan-Evrenk, S. Er, S. Shrestha, R. Mondal, A.Sokolov, Z. Baod and A. Aspuru-Guzik, EnergyEnviron. Sci., 7, 698?704 (2014)
  21. (21)R. Gomez-Bombarelli, J. Aguilera-Iparraguirre,T. D. Hirzel, D. Duvenaud, D. Maclaurin, M. A.Blood-Forsythe, H. S. Chae, M. Einzinger, D.-G.Ha, T. Wu, G. Markopoulos, S. Jeon, H. Kang,H. Miyazaki, M. Numata, S. Kim, W. Huang, S.I. Hong, M. Baldo, R. P. Adams and A. Aspuru-Guzik, Nat. Mat. 15, 1120-1127 (2016)
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