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技術動向レポート

宇宙開発におけるデータサイエンス・AIの利用に向けた試み(1/3)

情報通信研究部 コンサルタント 小泉 拓

現在、センサやストレージの低コスト化及び計算機の性能向上により、取り扱うデータが大規模となり、そのような大規模なデータを有効に活用するために、データサイエンス・AIといった分野が脚光を浴びている。宇宙開発においても、データサイエンス・AIの利用に関する多くの検討が行われており、本稿では筆者らの試行した事例を紹介する。

はじめに

最近、人工知能(AI)を謳った商品やサービスが急速に普及している。AIと呼ばれるものの中には様々な技術が含まれるが、深層学習や深層強化学習というデータドリブンな技術は近年のAIブームの火付け役であり、今やAIを代表する技術の一つと言える。ここで、データドリブンな技術とは、扱うデータ特有の特徴を抽出し利用する技術という意味で使っている。深層学習のみならず、このようなデータドリブンな技術はデータサイエンスと呼ばれる分野で活発に研究されている。

データサイエンスとは、実験、理論、計算科学に続く第4の科学と呼ばれており、理論や計算科学のような支配方程式を前提に議論を発展させる演繹的なアプローチに対して、実験のようにデータから何らかの有用な情報を得る帰納的なアプローチを試みる科学である。現在、センサやストレージの低コスト化及び計算機の性能向上により、取り扱うデータが非常に大規模となり、そのような大規模なデータを有効に活用するために、データサイエンスの分野が脚光を浴びている。宇宙開発においても、データサイエンス・AIの利用に関する多くの検討が行われており、本稿では筆者らの試行した事例を紹介する。

第1章では「次元削減とスパース推定によるクラスタ化ジェットの解析」、第2章では「深層学習による衛星(航空)画像の変化検知」、第3章では「深層強化学習による流体制御」について、使用している技術の概要と筆者らが適用した事例について紹介する。それぞれの章は独立しているため、順番通りに読み進める必要はない。また、紙面の都合上、不正確な表現をしている部分もあるが、適宜参考文献等を参照されたい。

1. 次元削減とスパース推定によるクラスタ化ジェットの解析

現在、2020年の試験機第一号の打ち上げに向けて、新型基幹ロケットH3の開発が着々と進められている。ロケット開発には様々な課題があり、その中の一つに打ち上げ時のジェットから生じる音響波がある。この音響波は大型旅客機のエンジン100基分のエネルギーに相当する極めて強いものであり1、ロケットに搭載された人工衛星を加振し破壊してしまう恐れがある。図表1(a)のように第一段エンジンを3基クラスタ化するH3では、排気パワー増加による音響振動の増加が懸念されるため、事前に音響波を予測・低減することが重要であり、サブスケール試験や数値シミュレーションを用いた解析が続けられている。

3基クラスタ化ジェットの数値シミュレーション結果の例を図表1(b)に示す2,3。中心のカラー部分が密度を表しており、外側のグレー部分が圧力(すなわち音)を表している。図表1(b)は、ある一瞬の状態を画像にしたものであるが、実際は動画でその様子を確認することが出来る。近年の高精度な数値シミュレーションにおいては、計算機上で図表1(b)のような一瞬の状態が数十億もの変数で表現され(空間上に数億点の観測点があり、それぞれが密度、速度などの物理量を有しているイメージ)、その変数が刻一刻と数十万~数百万回更新される。このような非常に大規模なシミュレーション結果をそのまま解析することは難しく、何らかの形で特徴的な部分を抽出して解析する必要がある。

図表1 超音速クラスタ化ジェットの数値シミュレーション結果
図表1
(資料)参考文献2,3より引用

流体解析の分野で2010年頃から発展してきた比較的新しい次元削減の一手法にDynamicMode Decomposition(DMD)がある。DMDは時系列データを周波数成分(モード)という特徴量の線形和に分解する(図表2参照)。古くからある同様の手法にフーリエ変換があるが、大きな違いがいくつかある。その違いの一つとしては、フーリエ変換ではデータの内容とは関係なく指定したサンプリング点数から決まる等間隔の周波数に演繹的に分解されるのに対し、DMDではデータの内容に応じて決まる非等間隔な周波数に帰納的に分解されるため、サンプリング点数が限られていても特徴的な周波数をピンポイントで捉えられる4、という違いがある。すなわち、DMDはデータドリブンなフーリエ変換とも解釈できる。

図表2 データを周波数成分の線形和として表現
図表2
(資料)筆者作成

図表2のように、DMDによってシミュレーション結果を特徴的なモードの線形和に分解できるが、そのモードの数は多く、全てのモードを解析することは困難なため、その中でも重要な少数のモードのみを選択する必要がある。そこで、DMDのモードの選択にスパース推定を利用したものがSparsity-Promoting DMD(DMDSP)である5。スパース推定とは、図表2のように元のデータを線形和で近似したときに、なるべく等号が成り立つように係数(βi)を調整しつつ、必要でないものの係数は真に0としてしまう手法である。すなわち、非ゼロの係数を持つモードのみが選択されるということになる。スパース推定を行うためには、LASSOと呼ばれる問題を解けばよい。LASSOは、図表3に示すように、普通の最小二乗法にスパース性を誘導するペナルティ(各成分の絶対値の和)を加えたものである。

図表3 最小二乗法とLASSOの違い
図表3
(資料)筆者作成

3基クラスタ化ジェットの数値シミュレーション結果にDMDSPを適用し、選択されたモードの一つを図表4に示す。図表4左図は、オリジナルデータを3次元表示したものであり、そのままでは解析が困難であることが見て分かる。図表4右図は、数値シミュレーション結果を音響場(ジェットから離れた部分の圧力)と流体場(ジェットの部分の密度)に分け、それぞれに対してDMDSPを適用し、その結果を可視化したものである。DMDは時間情報を有しているため、図表4は実際には動画で確認することが出来る。図表4右上の音響場ではスクリーチと呼ばれる特徴的な現象が確認でき、図表4右下の流体場ではスクリーチと同じ周波数で3基各々のジェットがフラッピングしている様子が分かる。このように、図表4左図からは詳細に見て取れなかった現象や、ジェットの構造が確認出来た。もちろん、この手法だけで現象の全てが分かるわけではないが、現象を理解するひとつの助けとなる。

図表4 DMDSPによって得られたモードの一つ
図表4
(資料)参考文献3を基に筆者作成

  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
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