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技術動向レポート

量子コンピュータの金融分野への適用の見通し(1/2)

サイエンスソリューション部 チーフコンサルタント 宇野 隼平

近年、海外のITメーカーを中心に量子コンピュータ開発への参入が相次いで発表され、量子コンピュータ業界の動向に大きな注目が集まっている。本稿では、量子コンピュータの概要、近年の動向について紹介するとともに、金融分野への適用の見通しについて紹介する。

1.はじめに

近年、従来のコンピュータとは全く異なる原理に基づいて動作する量子コンピュータの開発競争が本格化しており、大きな注目を集めている。

量子コンピュータの実現方式のひとつである「量子ゲート方式」に関しては、IBMにより2017年11月に50ビットのプロセッサーのプロトタイプの構築が発表された(1)ほか、intelにより2018年1月に49ビットプロセッサーの開発(2)、Googleにより2018年3月に72ビットのプロセッサーが相次いで発表されている(3)。図表1にIBMの量子コンピュータIBM-Qの画像を示す。

また、量子コンピュータの別の実現方式である「量子イジング方式」に関しては、D-Wave社により2011年に128ビットのD-Wave Oneが発表されたのを皮切りに、その後256ビット、512ビット、1024ビットと更新を重ね、現在の最新版として2017年1月に2048ビットのDWave2000Qが公開されている(4)

こうした開発競争の原動力となるのは、量子コンピュータを用いることにより従来の方式に基づくコンピュータの限界を超える高速化が実現され、これまで計算時間の関係で解くことが出来なかった問題を解決することが期待されているためであり、今後、開発競争が更に激しくなっていくと考えられる。

図表1 IBM-Q
図表1
(出典:https://www.flickr.com/photos/ibm_research_zurich/
(左図:量子コンピュータIBMQ の内部構造、右図:希釈冷凍機に取り組むIBM の研究者)

2.量子コンピュータの概要

従来のコンピュータは、使用する全てのデータを0または1のビット列により表現しており、ビット列に対して操作を行うことで演算を行っている。一方で量子コンピュータは、量子力学の重ね合わせの原理を使うことにより、0と1の両方の状態を同時に取るような重ね合わされたデータを表現するビットを作成することが可能であり(図表2及び図表3参照)、また重ね合わされた複数のビットを同時に操作することにより、従来のコンピュータでは達成できないような高速計算を行うことが期待されている(5)。例えば50ビットの量子コンピュータでは、250個(約1015個)の全てのデータに対して同時に演算を行うことが可能であり、従来のコンピュータが解くのに非常に多くの時間がかかっていた問題に対して、飛躍的な速度向上がなされる可能性がある。例えば、3.2節で後述する素因数分解では、図表4に示すように、従来のコンピュータでは、素因数分解する量に応じて指数関数的に計算量が増加するのに対して、量子コンピュータでは、単に多項式的に計算量が増加するだけであることが知られており、大きな数に対しては量子コンピュータのほうが高速に素因数分解することが可能であることが予想される。

現在、量子コンピュータには様々な実現方式があるが、特に「量子ゲート方式」と「量子イジング方式」という2つの方式に注目が集まっている。量子ゲート方式では、従来のコンピュータと同様に、データを収めたビットに対して操作を行うゲートを組み合わせた回路を作成し演算する。量子ゲート方式は、従来のコンピュータと同様の汎用的な計算を行うことが可能であるが、現状では、数十個という比較的少ない量子ビットまでしか扱うことが出来ない。

量子コンピュータのもう一つの方式である量子イジング方式は、組合せ最適化問題を解くことを目指した量子コンピュータであり、汎用的な目的のためには使用できない一方で、数千ビットの量子コンピュータが既に利用可能な状態となっており、近い将来、実用的なアプリケーションが出てくることが期待されている。ただし、量子イジング方式の量子コンピュータが、従来のコンピュータより速度が向上するかどうかは、現在までのところ理論的、実験的に確認されておらず、今後、更なる研究が必要である。

量子コンピュータは現在、企業毎に様々なテクノロジーにより実現されている(図表5参照)。各テクノロジーには一長一短があり、定まったものは無い(6)。例えば、量子ゲート方式では、IBM、Google、Alibaba、Rigetti等は超伝導素子、Microsoftはエニオン、IonQはイオントラップ、Xanaduは光量子のテクノロジーを用いて実現しており、また、量子イジング方式では、D-Wave、Qilimanjaroは超伝導素子、NTTは光量子により実現している。

また、量子コンピュータの開発とともに、量子コンピュータを使用するためのソフトウェアも開発が進んでおり、IBMのQiskit、MicrosoftのQDK、GoogleのCirq、RigettiのForest等が広く使用されている(7)。これらのソフトウェアにより、容易に量子コンピュータのプログラミングを行うことができる環境が整備されつつある。

量子コンピュータの産業への応用の検討も各所で始まっている。例えば、国内の動きとして、2018年5月に、慶應義塾大学に量子コンピュータ研究拠点「IBMQネットワークハブ」が設立された(8)。IBMQネットワークハブは、ゲート方式の量子コンピュータを用いた実用的なアプリケーションの研究開発を、産学連携により行うことを目的に掲げており、IBMや大学の研究者のほか、金融業界からみずほフィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、化学業界からJSR、三菱ケミカルの4社が参画している。著者もみずほフィナンシャルグループの一員として本活動に参画し、IBM-Qの実機を使用した研究活動を行っている。

また、IBMはこの他にも、「IBMResearchFrontiers Institute(RFI)」という企業とともに基礎研究を行うコンソーシアムを2016年から開始しており(9)、このコンソーシアムの中で量子コンピュータを主要な研究テーマの一つとして掲げている。国内のRFI参加企業として、JSR、本田技研、日立金属、キャノン、長瀬産業が公表されている。

この他、大阪大学には量子情報・量子生命研究部門が設置され、「資源・エネルギーや医療など社会問題解決への貢献や事業化も含めた社会実装をめざす」としている(10)。また、東北大学・東京工業大学は、イジング方式の量子コンピュータを利用して産業界とともに実社会の問題を解決することを目的とした「量子アニーリング研究開発コンソーシアム(仮称)」を2019年4月に発足することを表明し(11)参画企業を募っており、既にいくつかの国内企業が参加を発表している。

図表2 従来のコンピュータのビット(0,1)と量子ビット(0~1)の違いのイメージ
図表2
(資料)各種資料に基づきみずほ情報総研作成


図表3 従来のコンピュータと量子コンピュータのビット処理の違いのイメージ
図表3
(資料)各種資料に基づきみずほ情報総研作成


図表4 従来のコンピュータと量子コンピュータのビットの計算量の比較の例
図表4
(資料)各種資料に基づきみずほ情報総研作成


図表5 量子コンピュータの実現方式の一例
図表5
(資料)各種資料に基づきみずほ情報総研作成

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