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社会動向レポート

人間の能力を拡張する期待の技術

人間拡張:Augmented Human(2/3)

経営・IT コンサルティング部 川瀬 将義

2.人間拡張の定義・分類(続き)

(2)人間拡張の分類(続き)

[2] 存在の拡張

存在の拡張は感覚共有・遠隔操作を行う対象に応じて分類できる。現状では1)機械の身体(ロボット)が主流であるが、将来的には2)仮想の身体(デジタル空間)、3)他人の身体も想定されている。1)機械の身体と2)仮想の身体を合わせて、テレイグジスタンスやテレプレゼンスと呼ばれている。存在の拡張では人間の五感の多くまたは全ての再現が期待されているが、現状では視聴覚、触覚が主な対象であり、嗅覚、味覚の再現は研究開発がされているものの実用化にはまだ時間がかかると思われる。

1)機械の身体

ここで言う機械の身体は、人間の分身体であるロボット(アバターロボット)のことであり、アバターロボットとの感覚共有・遠隔操作により、人間が遠隔地に存在しているかのように存在を拡張する技術である。アバターロボットは人型を中心に開発が進められているが、人型以外のロボットもあり得る。ロボット技術の進展に加え、視聴覚がAR/MR、触覚がハプティクスにより再現できるようになったほか、5G により大容量・低遅延の通信が可能となったことで、近年注目が高まっている。また、COVID-19(新型コロナウィルス感染症)の感染拡大に伴い、人間同士が接触しない活動を可能にする技術として注目がさらに高まっている。アバターロボットはテレワーク、テレショッピングなどの遠隔体験や、危険作業の代替などへの活用が期待されている。また、通常時は人間が介在せずに自動のロボットとして動作するが、必要に応じて人間が操作することで、一人で複数のアバターロボットを操作することも可能となる。これは製造現場や接客など、作業を完全にはルーチン化できない場面での活用が期待されている。期待の大きいアバターロボットであるが、現状ではコストが課題であり、普及のためには低価格化が望まれている。

2)仮想の身体

ここで言う仮想の身体は、デジタル空間における分身体(デジタルアバター)のことであり、デジタルアバターとの感覚共有(仮想の感覚を構築して体感)・操作することにより、人間が仮想空間に存在しているかのように存在を拡張する技術である。いわゆるVR の発展形であるが、現状では視聴覚に加え、一部の触覚を体感できるに留まっている。

3)他人の身体

他人の身体感覚や五感などを自身の感覚として体感できるようにする技術である。熟練者の感覚を自身が経験することで学習・訓練効率を向上させるなどの活用が期待されている。事例として、他人の視界を体感できる「JackInHead*13」がソニーコンピュータサイエンス研究所と東京大学 暦本研究室により発表されており、スポーツ選手の視点を体験できる利用法などが提案されている。

3. 人間拡張を実現する技術の現状
―デバイスとの一体感―

本章では「デバイスとの一体感」を向上する最近の取組みを紹介する。「デバイスとの一体感」は、本来の人間の能力を妨げない、あるいは人間の能力を妨げていないかのように錯覚させることで向上できる。例えば、VR では視界を全て映像に置き換えることで、映像を実際の視覚と錯覚させることで一体感を演出している。

デバイスが人間と一体化する場合、触覚はほとんど必然的に生じる感覚である。先述の例においても、VR は視覚を妨げてはいないものの、デバイス(ヘッドセット)を装着することによる違和感(触覚)は存在する。このような違和感を可能な限り解消する、もしくは触覚を再現・利用する技術として、本稿ではハプティクスに着目し、「デバイスとの一体感」を向上する研究開発事例を紹介する。

ハプティクスは振動や力などで人間の触覚を疑似的に再現する技術であり、ゲーム機のコントローラーや、ディスプレイのタッチ感覚のフィードバックなどに使われている。触覚を情報として記録・伝達することも可能となっており、動画配信に触覚情報をコンテンツとして搭載・伝達する研究も進められている。図表2は「TECHTILE toolkit*14」と呼ばれる触覚の取得・記録・編集・伝達・再現が行えるツールで、一方の紙コップで生じた玉が転がる感触を取得・記録し、もう一方の紙コップに張り付けられたアクチュエータでその感触を伝達・再現している。また、ハプティクスを応用して、ロボットが知覚した触覚を人間にそのまま伝達・再現する技術も開発されている。


図表2 「 TECHTILE toolkit」を用いた触覚の取得・記録・伝達・再現
図表2

  1. (資料)慶應義塾大学 南澤孝太教授ご提供

このように、触覚を伝達・再現する技術は研究開発が進んできているが、人間が煩わしさを感じずに装着できるデバイスとするためには、まだ課題が残っている。現在のアクチュエータはコイルと磁石を使うものが多く、デバイスがある程度の大きさになることは避けられない。

そのため、デバイスが人間にとって煩わしく感じ、ユーザー体験の妨げになる点が課題となっている。より良いユーザー体験のためには、メガネやコンタクトレンズと同程度に人間と一体化した、あるいは人間の触覚に錯覚を起こすことで、存在を感じさせないデバイスの開発が望まれる。

その解決策の1つとして、デバイスを衣類に組み込むことも考えられている。産総研と名古屋大学は「着るだけで心電図計測ができるスマートウェア*15(図表3)」を発表している。このスマートウェアは電気信号を伝達する導電性糸及びフレキシブル基板(FPC)、心電を計測するセンサ(静電植毛電極*16)、が内蔵されており、スマートフォンなどを接続することで給電・通信を行うことができる。技術的にはセンサをアクチュエータに変えさえすれば、着用者に触覚を感じさせることも可能である。


図表3 着るだけで心電図計測ができるスマートウェア
図表3

  1. (資料)産総研 竹下俊弘氏、小林健氏ご提供

また、アクチュエータをゴム、布、フィルムなどのソフトな素材で再現し、皮膚に直接貼り付ける(皮膚と一体化させる)試みもある。例えば、豊田合成株式会社と慶應義塾大学の南澤孝太教授らは共同で「e-Rubber*17」を開発している。「e-Rubber」はゴムでできたソフトアクチュエータであり、電気信号により伸縮することで触覚を再現できる。


図表4 触覚を再現するゴムのアクチュエータ
図表4

  1. (資料)豊田合成株式会社ご提供

このように、「デバイスとの一体感」を向上できるハプティクスの開発が進むことで、利用者がより使いやすいデバイスが誕生しつつある。将来的には、人間が身に着けても違和感や煩わしさが全く生じない人間拡張デバイスが実現しているかもしれない。

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