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技術動向レポート

都市の動きを丸ごと予測できるか?データとシミュレーションの活用(3/3)

サイエンスソリューション部 課長 小坂部 和也

4.都市の動きを丸ごと予測するために

(1)都市丸ごとを対象とした既往の研究開発の例

[1] 国内の事例

製造業における物理シミュレーションの歴史を簡単に紹介するとともに、国土交通省による最近の取り組み、製造業と建設業のデータ活用の特徴等を述べた。また、国土交通データプラットフォームを通じたデータの活用と地震シミュレーションに代表される物理シミュレーションの組み合わせた活用が期待されていることは先に述べた通りであるが、まず国内での都市丸ごとを対象とした既往の研究開発事例について紹介したい。

建設業の構造物の設計において、考慮すべき外的要因の代表的なものが地震であり、地震を対象とするシミュレーションは古くから研究が行われてきている。地震の発生を起点とした構造物の揺れに着目すると、まず地震の発生から地殻への揺れの伝搬、地表面付近での揺れの増幅、構造物そのものの揺れに大きく分けられる。この一連の過程により構造物の地震災害の評価が可能であるが、各過程を対象としたシミュレーション技術は様々開発されており、一部は構造物の設計にも活用されている。一方で、これらの各過程を繋ぐツールとして、堀ら(8)は各過程をシミュレーションするモジュールの機能、モジュール間を繋げるカーネルの機能、シミュレーション用に形状データやボーリングデータを変換する機能等を整備して、統合地震シミュレータIES(Integrated Earthquake Simulator)として各機能を統合した。解析対象領域を8.0km×7.5km、253,405棟の構造物、つまり都市丸ごとを対象に、KiK-net(9)にて工学的基盤層で観測された波形100波を使って、富岳の前身のスーパーコンピュータである京で構造物の揺れに関するシミュレーションを行った。シミュレーションに要した時間は4,088秒であり、設計や評価に利用するという観点では十分に短い時間と言える。この重要な成果は、地盤のデータ、構造物のデータ、地震波形のデータ等、異種、多数のデータを扱うとともに、都市丸ごとを対象とした大規模な物理シミュレーションを短時間で行えた点である。一方で、課題を挙げるとすると、当時は誰でもこのようなデータを作って、シミュレーションを行えるわけではなかった。また、これは地震の発生から構造物の揺れに着目した大規模な物理シミュレーションの事例であるが、地形や建物に関する様々なデータを同様に扱うという観点では、地震以外のシミュレーションへの展開の余地があると言え、風水害、津波、避難のシミュレーションへの活用が進められている。

[2] 海外の事例

次に海外の動向として、代表的な事例を2つ紹介したい。1つは前述のダッソー・システムズによるバーチャル・シンガポールである。2015年のプレスリリースで、シンガポール国立研究財団とバーチャル・シンガポールを共同開発すると発表した(10)。仮想空間上でシンガポール全体の形状のデータを登録して、現実と似た空間をコンピュータの中で構築した。単にそのまま作るのではなく、これから行う予定のビルの建設や、バスのダイヤを変更のシミュレーションを行い、どのような計画が適切かをわかりやすく検討することができる。また、携帯電話の基地局と協力して様々なデータを連携させることで、市民へのサービス向上に繋げることも今後の狙いの1つだと言われている。米国の事例では、カリフォルニア大学バークレー校のSoga ら(11)は、コンピュータの中で構築した都市を対象に、主に災害時の人の避難のシミュレーションに関する研究を行っている。これらは一部であるが、従来の建設業に関わる業種だけではなく、主に製造業で実績のあるソフトウェアベンダーや、GPU を主要製品としているNVIDIA のようなハードウェアベンダーも参画していることが興味深い。

このように、都市全体のデータを管理したり、そのデータを使って物理シミュレーションをしたりする狙いは、全世界的な流れであり、今後も加速すると考えられる。しかしながら、データ管理に重点が置かれたり、成果が一部の物理シミュレーションのみであったり、まだ研究レベルであり、産業利用がまだ進んでいない等、今後まだまだ発展が期待される技術である。

(2)データとシミュレーションを繋ぐ新たな取り組み 都市丸ごとのシミュレーション技術研究組合

「都市の動きを丸ごと予測できるか」という問いに対しては、先に紹介した都市レベルの地震シミュレーションやデータ管理に代表されるように、様々な研究開発がなされているが、正直「一部はできる部分があるが、まだできないことが多い」と言わざるを得ないだろう。しかし、データと物理シミュレーションを併せて活用すること、様々な業種のメンバーの協力がその実現に向けた重要な一歩であると言えよう。

先の統合地震シミュレータであるIES 等の社会実装、産業利用を通じ、我が国の技術レベルや競争力の向上の可能性、必要性を踏まえ、神戸大学飯塚教授らは数年の構想を経て2019年に「都市丸ごとのシミュレーション技術研究組合」(以下、技術研究組合)を立ち上げた。2020年6月時点で、大学、国研、ゼネコン、建設コンサル、ソフトウェア等様々な業種から3個人、14社、3団体が参画している。

技術研究組合の構想を図表5に示す。堀らが提案、整備したIES を略称はそのままとし、さらに大きな枠組みとして新しいIES(統合エンジニアリングシステム、Integrated EngineeringSystem)の構築と社会実装を目指し、地震のシミュレーションに留まらず、津波、風水害、避難シミュレーションを統合するだけでなく、国土交通データプラットフォームとの接続により、維持管理や積算に資するデータ連携、利活用も見据えている。前節で述べたように、一つ一つの物理現象をシミュレーションするソフトは民、学を中心に開発が進められており、また自社のためのデータ管理用にも汎用のソフトが展開されている。しかしながら、ユーザーが自分の用途に応じて多種多様なデータを検索して、取得できること、また取得したデータをユーザーの用途に応じて変換、統合して活用するための仕組み作り、さらにはそれらを実行できる人材育成についてはまだ発展の余地があり、技術研究組合としてはこれらの課題解決が特に重要と考えている。これまでは限られた専門家だけが長い時間をかけてデータを統合してようやく1ケースの地震のシミュレーションを行うことができたのだが、データ変換、統合の技術開発や人材育成を進めることができれば、相応の経験を積んだ担当者ならば短時間でデータを作成し、多数の地震シミュレーションに留まらず、その他の物理シミュレーション、データ分析が可能となる。

国土交通データプラットフォームについては今後さらなる開発が進められ、API を通じて様々なデータやソフトを繋ぐことにより、ユーザーが多くのメリットを享受できるようになるだろう。技術研究組合は東京大学i-Construction システム学寄付講座、理化学研究所他と協力をしながら研究を進めるとともに(12)、データとシミュレーションを融合させた技術開発、社会実装を目指している。


図表5 都市丸ごとのシミュレーション技術研究組合の構想
図表5

  1. (資料)神戸大学都市安全センター飯塚教授作成

5.おわりに

国土交通データプラットフォームはその構想の発表から1年でv1.0が公開され、誰もがアクセスでき、多くのデータを入手できるようになった。また、2020年6月に、理化学研究所が開発主体として開発・整備を進めているスーパーコンピュータ「富岳」が、世界のスーパーコンピュータに関するランキングで、その性能の高さで第1位を獲得した。このように、プラットフォームやハードウェアの整備が急速に進んでいる中で、今後は民間各社や研究機関において各種のデータ・物理シミュレーションのソフト等と、国土交通データプラットフォームとの接続が行われると考えられる。全体の整備されるまでにまだ数年要すると考えられるものの、データ統合に関する技術開発や人材育成を進めることにより、都市丸ごとの予測を行える未来が近くやってくるはずである。

  1. (1)https://www.mlit.go.jp/report/press/kanbo08_hh_000592.html
  2. (2)あるサービスの機能や管理するデータ等を他のサービスやアプリケーションから呼び出して利用するための接続仕様等(国土交通省資料による)。
  3. (3)https://www.mlit.go.jp/report/press/kanbo08_hh_000687.html
  4. (4)https://www.mlit-data.jp/platform/
  5. (5) ICT の全面的な活用(ICT 土工)等の施策を建設現場に導入することによって、建設生産システム全体の生産性向上を図り、もっと魅力ある建設現場を目指す取組(国土交通省HP による)。
  6. (6)Connected( コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の略。自動車の代表的な次世代技術、サービス。
  7. (7)3DEXPERIENCE は、ダッソー・システムズ(Dassault Systemes)もしくはダッソー・システムズの子会社の米国およびその他の国における登録商標です。
  8. (8)藤田,市村,堀,M. L. L. Wijerathne, 田中,“多数の地震シナリオに対する高分解能な都市震災想定のためのHPC による基礎検討”,土木学会論文集A2(応用力学),Vol.69,No.2(応用力学論文集Vol.16),I_415-I_424,2013.
  9. (9)防災科学技術研究所強震観測網(K-NET,KiK-net)
    https://www.kyoshin.bosai.go.jp/kyoshin/
  10. (10)https://www.3ds.com/ja/press-releases/single/dassault-systemes-and-national-research-foundation-collaborate-to-develop-the-virtual-singapore-pla/
  11. (11)Soga K, Casey G, Kumar K and Zhao B(2018)
    Briefing: High-performance computing for cityscale modelling and simulations. Proceedings of the Institution of Civil Engineers. Smart Infrastructure and Construction 170 (4): 80.85,
    https://doi.org/10.1680/jsmic.17.00026
  12. (12)全,小坂部,田嶋,亀田,大谷,堀,“インフラデータプラットフォームでのデータ連携効率化のための基礎的研究”,第2回「i-Construction の推進に関するシンポジウム」,2020.
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2019年7月10日
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